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寒い朝だったような気がする。キャット・スティーヴンスの「モーニング・ハズ・ブロークン」が流れていた。
「ティーザーとプシー・キャット」
「父と子」も好きだけど、ぼくはこのアルバムのほうが好きだった。セコハンで買った、かなりくたびれたジャケットの英国盤。ずっとターンテーブルにのせたまま、朝になるとその上に針を落とした。擦り切れてしまいそうなレコードから流れるやさしいメロディ。
他に何もなかった。
リサイクルショップで買ったこたつに入って体をまるめたまま、何日か前に仕入れた、干からびた味気ない食パンをかじり、水を飲んでいる。
そう、ミチコが子どもを抱えて、突然僕の部屋をノックしたのはそんな朝だった。連絡が取れなくなってから何年たっていただろう。僕はすっかり忘れていた。
いや、そんなことはない。
それとも忘れたかったのかなあ。
寒くて凍てつきそうな僕の生活を支えていたのは、いつのまにか姿を消してしまったミチコだったんじゃないのか。ミチコは僕の前に、生まれてからそう経ってもいないだろう赤ん坊を置いて、すぐに僕の部屋から出て行った。
少しのお金と、ミルクの入った哺乳ビンといっしょに。
「こんな部屋にいたら凍えちゃうよ」
「ほんの少しだから」
僕はあったかだった日々を思い出している。冬の陽だまりのような日々だった。アサミは夜になると泣いてばかりいてずっと寝不足だったけれど、すごく充実していた。心の中が暖かいもので満たされていた。泣きやんだ後のスヤスヤと眠るアサミの顔を見ているのが好きだった。おしめとか、アサミのために買い物に行くのが楽しかった。ミチコが置いて行ってくれたお金のおかげで僕も少しだけいいものを食べることができた。
そう言えばあの頃、隣に住んでいたユカリ姉さんは今どうしているんだろう。ずいぶん世話になったよなあ。いろいろ教えてもらった。ユカリ姉さんはアサミが僕の子でないことはわかっていた。
「タッちゃん優しすぎるから」
ユカリ姉さんがポツリとこう言ったことを覚えている。
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