第20話 夜が明ける


 ――対象者の死の瞬間を、視ることができる。


 それが、私が先天的に持って生まれた『異能クリミネーション』の力だった。


 更級さらしな家では、この『異能クリミネーション』を持つ者は神から授けられた巫女として、崇め奉られることになっている。


 だが、実際のところは生まれてからずっと、山奥の神社の本殿で殆ど監禁のような生活を15年間も続けることを強制させられただけだ。


 だが、そんな私に向かって、私の母親は、ずっとこう言い続けて来た。



 ――あなたは、特別な存在なの。


 ――だから、沢山の人の死を見続けなさい。



 その言葉が、私の全てで、私の生きる為の呪いだった。


 だから、言われた通りのことをずっとしてきた。


 私の前に現れた人の顔は、今でもはっきりと覚えている。


 そして、その人たちが、どんな最後を迎えてしまうのかも。


 まるで自分の事のように、私は何度も死に触れたのだ。


 その出来事がいつ起こるのか、私は寸分違わずに明確に分かってしまって。


 そんな私の力を頼りにする人は大勢存在していた。


 どうして、そんなことを知りたがるのだろう?


 そんな疑問を抱く思考すら、あのときの私には備わっていなかった。


 死の瞬間を知ることができるということは、一種の未来予知だ。


 そして、その未来は事前に知ることによって、死を回避できる可能性が高まることになる。


 だからこそ、私は価値のある存在として、生かされた。


 勿論、そんな『異能クリミネーション』にだって、リスクはある。


 相手の死を視るということは、それを自らが経験したような感覚に襲われることと同義で。


 そんなものを、まだ年端もいかない子供に視せて、心が壊れないわけがない。


 気が付いたときには、私は自分が一体何者なのか、分からなくなってしまっていた。



 何度も何度も何度も何度も。



 私は死んだはずなのに。



 何故か私は、生きている。



 もう、嫌だ。



 人が死ぬところなんて、もう視たくない。



 そう願い続けていたところに、彼は現れた。


 真っ黒なコートを羽織り、不敵な笑みを浮かべる男の人。


 初めて視たときは、私はその人のことを死神のようだと思った。


 だけど、違った。



 澪標みおつくしれい


 私にとって、零さんは、希望だった。



 たった一筋の、希望の光。


 私に本当の世界を視せてくれた人。



 だから私は、彼の傍にいることを願った。


 これからも、ずっと一緒に――。



 それなのに、私は。



 零さんの『死』を、視てしまったのだ。



「零さんッッ!!」


 赤い炎に包まれて、零さんの身体が燃えていく。


「う……そ……」


 燈架とうかさんが、膝を曲げて崩れ落ちる。


「う、うわあああああああああああああああああああっっっっ!!」


 そして、暴走を続ける燈弥さんの叫び声だけが響き続ける。


 一方、上空で旋回するヘリからは、梯子が垂れ下がっており、そこには先ほどまで燈弥さんの近くにいたはずの狐面の男たちがいた。


 最初から、あの人たちは燈弥さんを助けるつもりなんてなかったのだ。


 その間にも、燈弥さんの右腕には火柱が上がり、その炎は彼自身をも燃やす勢いで、大きくなっていく。


 このままでは、燈弥とうやさんの身体も燃え尽きてしまう。


「お兄ちゃんッ!!」


 それが本能的に分かったのだろう。


 燈架さんが立ち上がり、今にも駆けだそうとする瞬間に、


「駄目ですっ!」


 私は、燈架の腕を咄嗟に握って、彼女を引き留めた。


「……今近づいたら、燈架さんも危険です」


「そんな……そんなこと言っている場合ではありません!! このままでは……燈弥が……」


「大丈夫です」


 私は、しっかりと彼女の目を見ながら、告げる。



「零さんが、助けてくれます」



 そう私が言った瞬間、まるで信じられないといわんばかりに、息を呑む燈架さん。


紫苑しおんさん……何を、言ってるんですか。あの人は……」


 そして、彼女がそう呟いた瞬間だった。



「あちぃな……ったく」



 今もなお、自らの身体が燃え続ける零さんが、平然とした様子で立ち上がった。


「ううあああああっ!!」


 しかし、正気を失っている燈弥さんは、零さんの様子には全く気が付いた様子はない。


「俺のことは無視かよ……まあ、そっちのほうが好都合だ」


 そして、零さんが一歩一歩、燈弥さんに近づいていき、自分の拳を大きく振りかざす。



「少し痛ぇが、ちゃんと我慢しろよ!!」



 そんな怒声と共に、零さんの鉄拳制裁が、燈弥さんの腹部に襲い掛かる。


「かはっ!!」


 鳩尾にクリーンヒットした打撃は、相手の意識を失わせるには十分な威力だったようで、燈弥さんは膝を落とし、ゆっくりとコンクリートの地面へ倒れ込む。


 そして、意識を失ったことで『異能』の力は解除され、右腕に纏っていた炎と零さんの身体を燃やしていた炎が、消えていく。


「はぁ、どうしてこう、俺は世話のかかる子供に当たっちまうんだろうな」


 そう呟いた零さんが、少しだけ私のことを見たような気がするけれど、それと同時に、宗司そうしさんとつなくん、さらには特殊部隊だと思われる警察組織の人たちまでやってきて、その真偽を確かめることは出来なかった。



 こうして、燈架さんからの依頼で始まった長い一日が、ようやく終わりを迎えたのだった。


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