第18話 決裂


 私たちの登場は奇襲に近い形だったにも関わらず、まだ幼さを残す燈弥とうやさんの顔は特に驚いた様子をみせなかった。


「ふーん、なるほどね。この人たちが燈架とうかを助けてくれた探偵さんたちなんだ」


「……燈弥」


 一方、燈架さんの声には、まだ若干の震えが混じっているようだった。


「どうしたの、燈架? いつもお母さんたちと話しているように、堂々としたらどうだい?」


「…………ッ」


 そう指摘されると、燈架さんは彼から視線を背ける。


「やっぱり、ボクのことが怖くなったみたいだね」


「違うッ!」


 だけど、それは決して恐怖から視線を外したのではないことを、彼女自身が否定した。


「違うよ……! 私はただ……お兄ちゃんのことが……!」


 ぐっと胸に手を当てた燈架さんは、そのまま喉まで出かかった言葉を飲み込んでしまう。


「……お前が、桐壺きりつぼ燈弥とうやで間違いねえな?」


 すると、睨みを利かせたれいさんが会話に割って入り、彼にそう問いかける。


 零さんの視線は、普通の人ならそれだけで一歩後ずさるくらいの気迫があるのだが、


「そうだけど、何?」


 燈弥さんは、全く臆することなく呆気らかんとした態度でそう答えた。


 それでも、零さんは不機嫌そうな態度のまま話を続ける。


「ウチのやつと依頼人にちょっかいかけてくれたらしいじゃねえか。おまけに事務所まで吹き飛ばしやがって、一体お前は俺たちに何の恨みがあるんだ?」


「恨み……? 別に、そんなのはないけど……うーん、そうだな……」


 燈弥さんは、天井に吊るされているシャンデリアの光を見ながら、答える。


「せっかくボクにも使命ができたのに、キミたちがそれを邪魔するからだよ」


 そう言って、燈弥さんは得意げに笑みを作る。


「使命、ねえ……。随分と大層なこと言うじゃねえか」


 しかし、そんな燈弥さんとは対照的に、零さんは少し声を鋭くさせる。


 そして、零さんは核心的なことを、彼から確かめる。


「で、その使命ってのが『異能クリミネーション』を使って人を殺すことか?」


 一瞬、我慢ができなかった燈架さんが、わずかに喉を鳴らした。


「うん、そうだよ」


 しかし、やはりそこでも、燈弥さんは顔色を変えないまま平然と答える。


 名前を聞かれて答えたときのように、それがなんでもないことのように返事をする燈弥さんの姿が、私には不気味でならなかった。


「っていうか、あなたたちって探偵なんでしょ? それくらい、調べてるからここに来たんだと思っていたけど」


 今も尚、私たちの前で堂々とそう語る燈弥さん。


 まるで挑発をするような態度だったけど、零さんは眉一つ動かさずに、彼と対峙する。


「ああ、お前のやったことは全部調査済みだ。けどな、俺たちは『結果』を調べることができるが『理由』までは調べてねえんだよ。というか、興味がねえ」


 そう告げると、少し驚いたように目を見開く燈弥さん。


「へえ、そうなんだ。ボク、結構小説とか読むんだけど、探偵っていうのは、相手のプライベートにずけずけと勝手に這入って行ったかと思うと、わざわざ聴衆の前で饒舌に聞いてもいないことを堂々と喋るものだと思っていたんだけど」


「それは偏見ですね。またはフィクションというべきでしょうか。あくまでも、私たちが探偵として行うのは、依頼された業務までです」


 すると、今まで黙っていた宗司そうしさんが間に入る。


「ふーん、だったら、あなたたちの業務って、ボクを捕まえること?」


「そうですね、本人の口からも証言してもらいましたし、私たちも被害に遭っているので、そうしたいのは山々なのですが……」


「ただそれだけの目的だったら、とっくに僕と零さんが君に攻撃を仕掛けてるよ」


 そう言ったのは、綱くんだ。


 実際、奇襲攻撃が得意な綱くんなら、わざわざ燈弥さんの話なんて聞かなくても良かったはずだ。


 だけど、彼らはそうしなかった。


 多分、そうしなかったのは――。


「お前はちゃんと話したかったんだろ、桐壺燈架」


「えっ……」


 いきなり話を振られて、戸惑う燈架さん。


「それくらいの時間は作ってやる。子供とはいえ『能力者クリミネイト』と戦うことになったら、無事じゃすまねえかもしれねえからな」


 神妙な面持ちでそう語る零さんの顔を見て、燈架さんも覚悟を決めたように一歩前に出る。


「お兄ちゃん……!」


 そして、目に涙を溜めながら、燈弥さんに告げる。


「お願い……一緒に帰ろう……今ならまだ……」


「『間に合うよ』なんて言うんじゃないだろうね?」


 しかし、燈弥さんは彼女の言葉を最後まで聞くことはなかった。


「ふふっ……あはは! 燈架は本当に優しい子だなぁ。本当に……一体、誰に似たのかな」


 そう言った燈弥さんの表情が、私にはどこか諦観しているように見えた。


「……やっと、僕にも生きる価値を与えて貰ったんだ。それを……それを手放すわけにはいかないんだよッッ!!」


 そんな燈弥さんの叫びと同時に、私たちの視界に赤い炎が燃え上がる。


「……チッ!!」


 零さんは、すぐに危険を察知して私と燈架さんを抱えて炎の渦から逃れた。


 同じく、危険を察知した宗司さんと綱くんも、燈弥さんの『異能』を使った奇襲をかわしていた。


「……燈弥」


「お別れだよ、燈架。いつものようにボクなんて無視していれば、お前だってこんなことに巻き込まれずに済んだんだ……」


 まるで、その言葉が引き金だったかのように、部屋の中で警報音が鳴り響く。



 ――ガシャアアン!!



 しかも、そんな音と共に燈弥さんの後ろにあるガラス張りだった窓が勢いよく割れた。


 その原因は、突如現れた黒いジャケットで全身を覆った、あの狐面の男たちがロープのようなもので降りて来て、窓ガラスを破壊したからだ。


「ったく、派手なお仲間の登場だな。お前の組織は特殊部隊かよ」


 そんな悪態をつく零さんだったが、燈弥さんはそれを無視して、現れた軍隊のような人たちの一人に連れられて、割れた窓ガラスのところまで近づいていく。


「待って! 燈弥!!」


 しかし、燈架さんの叫び声にも反応せず、燈弥さんは吊るされた紐に捕まり、そのまま上へとひっぱりあげられた。


「屋上へ向かったのでしょうか? 確か、このビルにはヘリポートもあったかと思いますが」


 そう分析する宗司さんだったが、その間にも、私たちは武装した男たちに囲まれてしまっていた。


「零さん、ここは僕たちがなんとかするよ。だから、零さんたちは先に行って」


「はい。それと、私も少々手荒な真似をすることになると思うので、お二人のことはお任せします」


「分かった……紫苑! それに、桐壺燈架!」


 私たちの名前を呼んだ零さんは、そのまま早口になって命令を下す。


「お前たちは俺について来い! あの分からず屋のお坊ちゃまを追うぞ!」


 そう言われて、私は零さんだけでなく、宗司さんや綱くんの姿も確認する。


 すると、彼らは示し合わせたかのように、私に向かって微笑みかけ、力強く頷いてくれた。


「燈架さんっ!」


 そして、私も燈架さんの手を握って、彼女に向かって告げる。


「行きましょう!」


 彼女の手は震えていて、こちらまで彼女の不安が伝わってくるようだった。


「……はい!」


 だけど、彼女はしっかりと、私の眼を見て頷いたのだった。

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