第16話 地下駐車場にて


 こうして、宗司そうしさんの運転する車に揺られること数十分。


 私たちは高層ビルが並ぶ大都会へと降り立っていた。


 但し、宗司さんが車を停めたのは、今は人気もない薄暗い地下の駐車場だった。


「私たちがれいさんと共に調べた敵のアジト、と呼ぶべき場所でしょうか? ダミーはいくつかありましたが、おそらくここが本物で間違いはないでしょう」


「そうそう。僕たち、その偽のアジトを調べているときに、紫苑ちゃんたちが攫われちゃったのに気づいたんだよね」


 車中で教えて貰ったことだが、零さんたちが作戦会議で言っていた『心当たりのある場所』を捜索中に、私の子供ケータイからSOSの連絡が届いたらしい。


 当然、そんな機転の利くことを私自身がやった覚えはないし、てっきりケータイなんて、あの狐面の人たちに没収か破壊でもされているものだと思っていたけれど、どうやら私の子供ケータイは、壊れるか私から一定数の距離が離れてしまうと、零さんのスマホに連絡が行くようになっていたらしい。


 まさか、そんな高度な技術が今の子供ケータイの機能に搭載されているのかと驚いたものだけれど、当然のようにそんな機能は従来の子供ケータイには搭載されておらず、完全な私専用のオプション設定だった。


 我ながら、心配もお金も掛かる子だなと自虐の一つでも言いたくなってしまいそうだ。


 だけど、そのお陰で零さんは異変に気付き、梅ヶ枝うめがえ警部の協力もあったりして私たちの攫った車の経路を辿った結果、私たちが監禁された場所まで辿り着いたらしい。


 梅ヶ枝警部にはまた借りが出来てしまったことに零さんは不満そうにしていたけれど、今度会った時には、私からもちゃんとお礼を言っておこう。



 さて、そんなわけで、零さんたちが見つけ出した敵のアジトというのが、この駐車場が併設されている高層ビルという説明を、私と燈架さんは先ほど聞いたのだけど……。


「……あの、零さん?」


「なんだ?」


「……私はどうして、またこんな格好をさせられているのでしょうか?」


 そう疑問を口にする私の眼には、ぐるぐると包帯が巻かれており、両手もしっかりと縄で縛られてしまっていた。


「はぁ?」


 すると、あからさまに嫌な声を出す零さん。


 今のは絶対「こいつは馬鹿なのか?」って感じの言い方だった。


紫苑しおんさん、申し訳ありませんが、少しの間、我慢してください。一応、あなたたちを連行して、ここに連れて来たという設定ですので」


 すると、私が全然状況を理解していないことを悟ってくれたのか、丁寧な口調で説明をしてくれる声が聞こえて来た。


 全然声質は違うかったけれど、おそらく宗司さんだろう。また『異能クリミネーション』で姿を変えているっぽい。


「でも、こういう潜入って、僕は基本的にはやらないからドキドキするなぁ。僕の場合、大体困ったら強行突破するし」


「そうならない為にも、あまり騒がしくしないようにしてくださいね、つなくん」


「はーい」


 そんなやりとりをしている綱くんと宗司さんだったけれど、今の綱くんは、私が目隠しをされる前に、何やら着替えをしている様子だった。


 それに、声もどことなく籠っているような感じがしたので、先ほどの会話から判断するに、綱くんも狐面の男に成りすましているっぽい。


 つまりは、これから私たちが行うのは、潜入捜査ということだ。


「なんだ……そういうことだったんですね。でも、零さん。それならそうと説明してくださいよ」


「説明しなくても大体分かるだろ。俺は無駄なことはしたくねえんだよ」


 私がクレームを入れても、全然反省した感じのない零さん。


 しかし、今回ばかりはただ私が鈍感だからという理由で抗議しているわけではないのだ。


「わっ、私はともかく、燈架とうかさんには説明した方が良かったと思いますけど! 女の子の手を説明もなく縛り上げられたら怖いと思いますっ!」


「あ、あの……紫苑さん。その……私は大体予想がついていたので、別に怖くなかったというか……」


 ……へえ、そうなんだー。


「良かったですね、零さん! 燈架さんが賢い人でっ!」


「なんでまだ怒ってんだよ、お前……」


 なんとか、自分の失態をあやふやにできた私に(できたのかな?)、零さんは面倒くさそうな声を隠すことなく、私に告げる。


「縄は力いっぱい引っ張れば簡単に解けるように結んである。何かあった場合や、俺の合図があったら、すぐに自分で縄を解け」


 そして、零さんは続けて私たちに説明をする。


「それと、お前たちに巻いている『封陰具』は当然偽物だ。いつだって『異能』を使うことができる。だが……」


 すると、目を隠しているにも関わらず、私は零さんの視線をしっかりと感じた。


「紫苑。お前は『異能』を出来るだけ使わないように制御しろ」


 わかったな? と、念押しをしてくる零さんに、私は首を縦に動かした。


「よし、そんじゃあ行くか」


 零さんの言葉が合図となって、みんなの足音が駐車場の中に響く。


「紫苑ちゃん。紫苑ちゃんのエスコートは、僕がするね」


 そう言って、私の手を握った綱くんに、私は「ありがとう」とお礼を告げて、一緒に歩き出す。



 ――目を隠しながら歩くのなんて、慣れっこだから必要ないよ。



 そんな言葉が喉まで出かかったけれど、私はそれをぐっと飲み込んだのだった。


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