第15話 私の決意


「私の『異能クリミネーション』は『変装』です。いえ、正確に表現するならば『変態』と言ったほうが正しいのでしょうが……」


 やや言い淀むようにしながら、ハンドルを握る宗司そうしさんが後部座席に座る私たちに、そう切り出した。


 ただ、バックミラーから見える宗司さんの顔は、既に燈弥とうやさんのものではなく、銀色の長髪を後ろで括ったいつもの宗司さんの顔だ。


「……つまり、あなたは他人に成りすますことができる、ということでしょうか?」


 そして、私の隣に座る燈架とうかさんが、真剣な面持ちで彼に質問をする。


「はい、大まかに言ってしまえば、その認識で問題ありません」


「ほんと、便利な能力だよね。ルパン三世みたい」


つなくん、私は泥棒ではなく探偵ですよ」


 やや皮肉めいたツッコミにも、冷静に対応した宗司さん。


「ただ、今回は些か情報不足でしたからね。写真だけでは、あの程度の擬態しかできませんでした」


 そう恥じるように言った宗司さんは、本当に残念そうにため息をはく。


 いつも、完璧な仕事をこなす宗司さんらしい反省点だ。


 実際、最初から宗司さんの『異能』を知っているならばともかく、何も知らない燈架さんにすぐ指摘されてしまったので、彼の言う通り完璧に燈弥さんに成りすますには、まだ情報不足なところがあったのだろう。


「ですが、彼らも桐壺燈弥さんとそれほど親密に関わっていなかったのでしょう。私が偽物であることなど考えにも及ばなかったようです」


 運転を続けながら、そう涼しい顔で話す宗司さんだったが、今度は助手席に座っていた綱くんが私たちのほうへと顔を乗り出してきて、笑顔を見せる。


「ちなみに、僕の『異能』は『雷』だよ。多分、性質的には燈架ちゃんたちに似てるのかな?」


 そう告げると、彼は自分の手を合わせるような形をする。


 しかし、その両手が触れ合う前に、その空間に小さな光の線が走ると共に『バチバチ!』という音が鳴る。


「今は静電気くらいの電流しか流れてないけど、実際はもっと力を強くしたら、さっきみたいに相手を感電させることもできるんだよ」


 でも、あれって自分も痺れちゃうからあんまりやりたくないんだよねー、と不満を口にする綱くんだった。


 宗司さんの『異能』が潜入といった行為に長けているのだとしたら、綱くんはかなり実践向きの『異能』だと思う。


 そして、綱くんは説明を省いたけれど、彼の『異能』は制御がかなり難しい類のものだ。


 先ほど、綱くんはいとも容易く「相手を感電させた」というけれど、あの場には私たちもいて、彼の『異能』の巻き添えになっていても可笑しくない距離にいたはずなのだ。


 だけど、綱くんは私たちに被害が出ることなく『異能』を調整して、標的を絞って攻撃をした。


「……そう、だったんですね」


 そして、同じ類の『異能』だと言われた燈架さんも、綱くんの凄さには既に気付いているようだった。


 しかし、いつもは何事も得意げに話す綱くんなのだけど、今回は自分の話をすぐに切り上げて、話題を変えた。


「だけど、2人とも無事で本当に良かったよ。ね、れいさん」


「…………」


 しかし、私たちの後ろに席に乗り込み、一人だけでシートを独占している零さんは、何も答えずに黙ったままだ。


「もう、零さんってば、素直に心配してたって言えないのかなぁ?」


 不満そうに呟く綱くんの言葉が功を奏したのか、零さんは少しだけ喉をつっかえる様にしながらも口を開く。


「……お前たちが狙われたのは、俺の判断ミスだ」


 それは、零さんらしくない、かなり弱々しい台詞だった。


「いえ、零さんだけのせいではありません。私も、まさか事務所ごと狙われるとは思っていませんでしたから」


「そうだね。あそこって、オンボロビルに見えるけど、それなりにセキュリティーはちゃんとしてるし、第一、僕たちが関わっていることを知られるのも、こんなに速いとも思わなかったし」


 宗司さんも綱くんも、零さん一人が責任を負わないように発言するが、


「いや、俺のミスだ」


 零さんは意見を変えるようなことはなく、車内の空気が少し重たくなってしまう。


 いつもは私に対しても適当な態度を取る零さんだけど、今回は命にも関わってしまう事案だったかもしれないと考えると、私も迂闊なことは言えない状況だった。


「でも……」


 それでも、私は零さんに向かって告げる。


「でも、零さんたちは、ちゃんと私たちを助けてくれました」


 確かに、結果的に私と燈架さんは敵に攫われてしまったけれど、最終的には零さんたちが私たちを助けてくれた。


「私は……結局何もできませんでした……」


「紫苑さん……そんなことは……」


 私を庇おうとする燈架さんだったけれど、私は首を横に振る。


「いえ、私にはやっぱり、誰かを助けるようなことは出来なかったんです」


「……紫苑」


 珍しく、零さんからも私を心配するような声が発せられる。


 きっと、私がいつものようにネガティブ発言をすると思われてしまっているのだろう。


 だけど、それは大きな間違いだった。


「……それでも、私は燈架さんを守りたいと思って、燈架さんの為に何かをしたいって、心の底からそう思うんです」


 きっかけは、本当に些細なことだったと思う。


 燈架さんから、彼女のお兄さんである燈弥さんのことを聞いたからかもしれないし、私自身が燈架さんと距離を縮めたからかもしれない。


 だけど、そんなものは、後からいくらでも考えればいいことだ。


「零さん、私からもお願いです。燈架さんの依頼を……燈弥さんを助けてあげてください!」


 助ける、という言葉を使ってしまったのは、自分でも意識をしていなかったことだった。


 だけど、この場で熟考したとしても、私は多分、同じ言葉を使っていたと思う。




 どれだけ私たちに酷い事をしても。


 どれだけ罪を重ねているのだとしても。


 燈架さんにとっては、たった一人のお兄さんなのだ。



「……ああ、当然だ」


 すると、私の期待に応えるかのように、いつものような得意げな調子で頷いてくれた。


「なんだか、紫苑ちゃんらしいね」


「ええ、同感です」


 同じように、前の席にいる宗司さんや綱くんも返事をしてくれる。


「じゃあ、丁度良かったんじゃない?」


「丁度?」


 しかし、今度は私が綱くんの台詞で首を傾げることになったのだが、私の理解が追い付く前に、綱くんは零さんに向かって告げる。


「零さん。こんな風に言われちゃったら、2人も連れて行くしかないよね?」


「そうですね。彼の説得には、燈架さんや紫苑さんの声が必要でしょう。我々だけでは、先ほどのように強行突破になってしまう可能性が大いにありますからね」


 どうやら、綱くんと宗司さんの間では話はまとまっているようで、それを聞いた零さんも大きく息を吐き出したのち、私たちに言った。


「紫苑。それに桐壺燈架。お前たちの安全は俺たちが死んでも保証する。だから、これは俺たちからの正式ない依頼だと思って受け取ってくれ」


 そして、零さんは真剣な目つきで私たちを見つめたまま、宣言する。


「これから、桐壺燈弥のところに向かう。お前たちも、一緒に来てくれ」


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