第12話 過去の夢



 ――紫苑しおん、あなたは特別な存在なの。



 わずかに蝋燭の灯る本殿で、目を瞑る私に話しかけてくる人がいた。



 ――今はまだ分からないでしょうけど、あなたもいつか、きっと私たちに感謝をするときが来るわ。



 それは、私がここに閉じ込められたときから、何度も聞いている言葉だった。



 ――だから、紫苑。あなたはこれからも……。



 そして、私の眼に包帯を巻いていく彼女は、私に向かって告げる。




 ――沢山の人の、死んでいく姿を見続けるのよ。



〇 〇 〇


「…………かはっ!」


 突然、自分が呼吸をしていないことに気付いたかのように、私は肺の中の空気を全て吐き出して意識を覚醒させる。


「…………はぁはぁ。夢……だよね」


 それも、随分と昔の夢を見てしまったせいで、私の心は陰鬱なものになってしまう。


 もう、私が閉じ込められていたあの場所は、赤い炎で包まれて消えてしまったというのに……。


 ……炎?


 その単語が浮かんだ瞬間、私はつい先ほどまでの出来事を思い出す。


 確か、私たちはいきなり誰かの襲撃にあって……。


 そうだ、思い出してきた。


 なんとか避難できたと思ったら、そこに燈架とうかさんのお兄さんである燈弥とうやさんが現れて、一緒にいた狐面の男の人にスタンガンのようなものを使って襲われたのだ。


 多分、私はそのときに意識を失ってしまったんだろう。


「……あれ?」


 しかし、私はすぐに自分の異変に気が付く。


 目が覚めている筈なのに、私の視界が真っ暗だったからだ。


 だけど、異変はそれだけではない。


「動か……ない?」


 手を動かそうとしても、全く動かすことが出来なくて、その原因が後ろで手を組むような形のままロープのようなもので縛られていることが感覚で分かった。


 そして、視界が真っ暗になっているのも、どうやら私の眼が何か包帯のようなもので巻かれているらしい。


 まさか、私はまだ夢の中にいるのだろうかと危惧して、手が動かないなら足を動かそうとしたところで……。


「うわああっ!?」


 バランスを崩して、思いっきり転んでしまった。


 幸い、顔から転ぶといったようなことはなかったけど、痛いことに変わりはない。


 ただ、その痛みの引き換えに、分かったこともあった。


 私は、どうやらパイプ椅子か何かに縛られた状態だったらしい。


 そして、私が身を挺しておこなった行為は、結果的に私が一番確認したかったことが判明するキッカケとなった。


「……紫苑さん?」


 わずかに震える声で、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 そして、私はすぐにその声の主が誰なのか判断できた。


「燈架さん!」


「紫苑さん……これは、一体……」


「燈架さん! 燈架さんは大丈夫ですか!?」


「は、はい。私は大丈夫です。ですが、紫苑さんのほうが、その……凄い態勢になってますけど……」


「へっ?」


 若干言いにくそうな燈架さんだったが、伝えないほうがマズいと思ったのか、恐る恐るといった感じで、私に告げる。


「えっと……目の周りが包帯で隠されていて、椅子に縛られた状態で地面を這いつくばっているような状態です……」


 ……いや、まあ、薄々はそんな感じにはなっているんだろうなって思っていたけど。


 いざ他人から言われると、今の私って結構恥ずかしい姿になってしまっているんだね。


「……ん? ちょっと待って」


 しかし、私はここで、あることに気付く。


「燈架さんは、ちゃんと見えてるんですか?」


「はい……目隠しをされているのは、紫苑さんだけみたいで……」


 やっぱり、さっきの燈架さんの発言は私の聞き間違いではなかったみたいだ。


「私、先ほどの紫苑さんが倒れた音で目を覚ましたんです」


 成程、ということは、私が派手にコケてしまったことにもそれなりに成果があったようだ。


「ただ……椅子に縛られている状態だというのは私も同じなんです……」


 そして、燈架さんは恐怖を押し殺すような声で、私に告げる。


「これって……私たち、監禁されてしまったってことですよね?」


 燈架さんの予想は、おそらく当たっているだろう。


「でも、どうして私たちを監禁なんて……」


「それは……私のせいだと思います。私が、燈弥を捜していたから……」


 そう言った燈架さんの声は、今までで一番弱々しい声になっていた。


「きっと、燈弥は私が捜していることに気付いたんです。だから、私を監禁なんて……」


 顔は見えなかったけれど、きっと今の燈架さんは涙を流さないように顔を歪めているに違いない。


「本当に、申し訳ありません。私のせいで、紫苑さんまで巻き込んで――」


「そんなことはありません」


 私は、食い入るように燈架さんの台詞を中断させた。


「私が今こうなっているのは燈架さんのせいなんかじゃありません」


 今の私に、どれだけの説得力があるなんて分からない。


 だけど、これだけははっきりと言える。



「燈架さん、私は必ず、あなたを守ってみせます」



 既に拉致監禁をされてしまっている時点で、私は探偵失格なのかもしれないし、そもそも私は零さんからだって探偵として認められているわけじゃない。


 それでも、どんなことがあっても、依頼人からの仕事をこなすのが探偵だ。


「だから、私に力を貸してください、燈架さん」


 今の私は、相手にまんまと監禁されてしまっている最悪の状況と言っていいだろう。



 だけど、こんなことで諦めてしまうほど、私は弱い女じゃない。


 まずは、探偵の基本である状況整理から始めてみることにした。

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