第11話 襲撃
「――ん――し――さんっ!」
……誰かが、私の耳元で話しかけてくる。
「――
「とうか……さん?」
視線を上げると、顔に
だが、そんな彼女の背景は、オレンジ色の光が灯り、今も尚、パチパチと何かが爆ぜる音が聞こえてくる。
――私は、以前も今と同じ光景を、見たことがある。
ただ、少しだけあの時の光景と違うものがあるとするならば、部屋に設置されているスプリンクラーから消火用の水が降り注ぎ、近くに女の子がいることだった。
「良かった……! 大丈夫ですか!?」
そして、目には涙を浮かべてしまっている燈架さんが、今にも泣きそうな声で私に尋ねてくる。
「……う、うん。だいじょ……ううっ!」
手を突いたところで、全身に電気が走ったかのような痛みが流れて、思わず声を上げてしまう。
「やっぱり、どこか怪我をしてるんですね。私なんかを庇ったから……」
「庇った……?」
「はい……爆発が起こった瞬間、紫苑さんが異変に気が付いて私を庇ってくれたんです。でも、そのせいで紫苑さんが……」
……そうだ、思い出して来た。
燈架さんが私の部屋に尋ねてきて、色々と話をしていたところに急に爆発が起こったのだ。
ただ、爆発が起こったのは、明らかに偶発的に起こったわけじゃない。
「……燈架さんは、大丈夫でしたか?」
「は、はい……私は、紫苑さんが守ってくださいましたから」
「そっか、良かった……」
なんとか無理やり笑って、自分も無事であることをアピールしたけど、燈架さんの表情が晴れることはなかった。
その間も、パチパチと炎が広がる音が聞こえる。
「……燈架さん。早くここから脱出しましょう。幸い、出口のほうには火が広がっていないみたいです」
そう言って、私はなんとか立ち上がって周りの様子を窺う。
少し意識が飛んでいたようだけど、火の広がり方を見ると時間的には数秒しか経っていないはずだ。
「わかりました。紫苑さん、私の肩を使ってください」
「ありがとう、燈架さん……」
私は、燈架さんの言われた通り肩を組む形にして、出口のドアがある場所まで歩いて行く。
少し足に違和感があったけれど、歩けないほどじゃない。
それに燈架さんが力を貸してくれたおかげで、私たちは火事が起こる部屋から脱出することができ、そのままビルの外まで避難することができた。
私と燈架さんも荒い呼吸を整えながら、燃え上がるビルを見上げる。
「一体、何が……」
「…………」
私がそう呟くが、燈架さんはただじっと、炎に包まれていくビルを呆然と見つめていた。
そんな燈架さんの姿を、最初は爆発に巻き込まれたショックで立ちすくんでいるのかと思っていた。
だけど、燈架さんから放たれた一言が、私を驚愕させる。
「……お兄ちゃん」
――お兄ちゃん。
その言葉をキッカケに、私の思考が動き出す。
突如、私たちを襲った爆発。
そして、目の前には燃え上がる
バラバラに切られた一本の糸が、繋がっていく。
何より、今のこの状況は、明らかにおかしい。
いくら夜だからといって、ビルが燃えているというのに、現場に野次馬の一人も集まらないのは、いくらなんでも異常ではないか?
だけど、そこまで考えがたどり着くのが、遅すぎた。
ギュルルルル、と猛スピードでこちらに近づいてくる車の音がしたかと思うと、迷いなく私たちの目の前に黒く塗装されたバンが急停車する。
「燈架さんッ!」
私は、燈架さんの手を握ってその場から逃げようとするが、それより早く、バンの扉が開いて、作業着を着た男たちが飛び出してくる。
その人物たちは、素早い動きで私たちを包囲すると、肩から掛けていたマシンガンの銃口をこちらに向ける。
全員、狐のお面が付いていた。
「
警戒する私たちに、目の前の狐目のお面をつけた男が言った。
「(……紫苑さん)」
すると、私だけにしか聞こえないくらいの小さな声で、燈架さんが呟く。
「(私の力を使います。その間に、あなたは逃げてください)」
そう言った燈架さんの目は、覚悟が決まったように鋭くなる。
彼女は自分の『異能』を使って、私を逃がそうとしているのだ。
だけど、そんなことを許していいはずがない。
逆ならばともかく、燈架さんを置いていくなんて選択肢はあり得なかった。
だが、それを伝えるよりも先に、燈架さんが左手を上げようとしたところで――。
「やめときなよ、燈架」
停まったバンの影から、一人の男が現れる。
一体、いつからそこにいたのか分からない。
だけど、その男は他の人たちと違って、作業服でもなければ、狐のお面も付けてはいなかった。
「おにい……ちゃん……」
そして、その男の顔は……燈架さんと瓜二つだった。
「燈架、悪いけどお兄ちゃんの言うことを聞いてもらうよ」
そう発言した彼の顔は、確かに燈架さんの兄だと証明するには、十分すぎるほどにそっくりだった。
だけど、髪をオールバックに固めて、黒いパーカーでブカブカのズボン姿だということ以外に、燈架さんとは決定的に違うところがあった。
今の彼……燈弥さんからは、全く人間の感情が伝わってこない。
「お兄ちゃん! 私の話を……!」
しかし、燈架さんが彼に話しかけようとした瞬間、『バチンッ!』という音が聞こえたかと思うと、ゆっくりと前へ倒れてしまう。
「燈架さんッ! きゃああッ!」
そんな燈架さんの姿を見て声を上げた私も、痺れるような全身の痛みに襲われて、意識が遠くなっていく。
「燈架、ボクたちはお父さんたちから散々言われただろ? 言うことを聞かなかったら、お仕置きするって」
薄れゆく意識の中、燈弥さんの声だけが、私の耳に残る。
「でも、今回はお父さんたちの代わりに、ボクが燈架にお仕置きするね」
――だって、ボクは燈架のお兄ちゃんなんだから。
最後にそんな声が聞こえたところで、私は完全に意識を失ってしまうのだった。
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