第9話 傷心


 3Fにある居住スペースに戻った私は、枕を胸に抱いたままベッドの隅で縮こまってしまっていた。


 多分、部屋に戻ってから1時間ぐらいは経過しているはずだ。


 それなのに、私はずっと、こうして無駄な時間を過ごしているだけだった。


「……はぁ、何やってんだろ、私」


 こんな風にいじけたところで、何かが変わるわけじゃない。


 むしろ、こんなことをしているから、私はいつまで経っても零さんから子供扱いされてしまうのだ。


 やっぱり私は、れいさんにとっては『守る側』の人間なのだと痛感させられる。


「私だって……みんなの力になりたいのに……」


 この半年間、私がやったことといえば、せいぜい零さんの生活習慣の改善を試みたくらいだ。


 おかげで、買い物は1人で出来るようになったし、料理だってそれなりに作れるようになったけれど、私が修得したかったのは決して家事スキルなどではない。


「それに……燈架とうかさんのことだって……」


 今まで、澪標みおつくし探偵事務所を頼りにしてきた『能力者』の人たちも、私が知っているだけでも何人かいる。


 だけど、その人たちはみんな、私なんかよりずっと大人だった。


 でも、燈架さんは私と歳も近い女の子で……。


 何より、自分が『能力者』であるということを忌み嫌っていた。


 だから私は、燈架さんと自分のことを、いつの間にか重ねて考えるようになってしまっていたのだろう。


 彼女の力になってあげられない自分が、悔しくてたまらない。


「……はぁ~、本当に駄目だな、私」


 このままだと、明日の朝までくよくよするのが目に見えていたところで、「コンコンッ」というノックがされる音が聞こえて来た。


 この部屋には、いわゆるインターフォンというものが設置されていないから、外から呼ぶ為には、玄関の扉をノックするしかない。


「零さん……じゃない、よね?」


 生憎、零さんはそんな律儀なことをする人ではなく、私がどんな状況だろうが、勝手に鍵を開けて部屋へと入ってくる人だ。


 いや、元々ここは零さんが使っていた部屋だから、そんな文句を言ってしまうのはお門違いかもしれないけど……。


 そんなことを考えている間に、もう一度、コンコンッと扉をノックする音が響く。


 零さんじゃないとなると、綱くんか宗司さんだろうか?


 だけど、彼らは現在も事務所の中で今後の捜査について相談しているだろうし、もしかしたら、既に事務所から出てしまっているかもしれない。


 となると、一体誰がこんな時間に尋ねてくることがあるのだろう?


 私は、おそるおそる玄関の扉まで近づいて、魚眼レンズを覗いて確認してみると……。



「えっ? 燈架……さん?」



 そこには、先ほどまで事務所にいたはずの燈架さんの姿があった。


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