第7話 『能力者(クリミネイト)』



【能力者(クリミネイト)】



 のことをそう呼ぶことを知ったのは、私がれいさんと出会ってからのことだった。


「クリミ……ネイト……?」


 そして、燈架とうかさんの反応から察するに、彼女も当時の私と同じように、その名称を知らなかったようだ。


「その様子だと、『能力者』についての知識は殆どないようだな」


 とりあえず座りな、と零さんは燈架さんにソファへ腰を下ろすように促す。


 まだ、何か言いたそうに顔をしかめる燈架さんだったが、最終的には話を聞くほうが得策だと思ったのか、零さんの指示に従った。


「ふん、ただのワガママお嬢様かと思ったら、案外そうでもないようだな」


「……あなたが私をどう評価しているかなど興味はありません。それより、早くその『能力者クリミネイト』とやらのことを話してください」


「分かったよ。そんじゃあ、宗司そうし、頼んだ」


「ええ、畏まりました」


 突然の零さんからバトンタッチの指名にも関わらず、宗司さんはまるで初めから準備していたかのように、滔々と話し出す。


「まず、先ほども零さんが仰った通り、我々もあなたと同じ『能力者クリミネイト』です。但し『能力者クリミネイト』にも個性があり、それぞれ種類が違います。例えば、私たちはあなたのように手から火を出せるわけではありません。それを我々は『能力者クリミネイト』と同じように、『異能クリミネーションと呼んでおります」


「……では、あなたたちにはどんな『異能クリミネーション』があるのですか?」


「それは、残念ながら今ここで話すわけにはいきません。一応、企業秘密ですから」


 人差し指を立てて、自分の唇の前へと持っていく宗司さん。


「ただ、『能力者』の数は少ないとはいっても、この東京という街だけでも100人程はいるかと思います。正確な数は分かりませんが、皆、あなたと同じように普通の生活を送っています。まぁ、例外はありますがね……」


 そう言った瞬間、宗司さんが一瞬だけ私のことを見たような気がした。


 ただ、本当にそれは一瞬で、すぐに宗司さんの視線は燈架さんへ戻る。


「ところで、あなたの『能力者クリミネイト』としての素質はなかなかのものです。恐らく、血縁的なものでもあるのでしょう。ご両親から、何か説明は?」


「それは……」


 すると、燈架さんは言葉に詰まり、唇を噛む。


「一緒に生活してんだ。親が知らないわけがない。そのときに、お前は何て説明された?」


「……呪われた力」


 零さんに促され、燈架さんは震える声で答えた。


「お父様とお母様からは、そう伝えられました……」


「呪われた力か。そりゃ大袈裟に言ったものだな」


「……決して大袈裟ではありません。実際、私もずっと、この力が呪われたものなのだと痛感しております」


 燈架さんは、まるで自分の左手を恨むように、右手で強く握りしめる。


桐壺きりつぼ家は、平安の頃から続く貴族の家系だと云われています。ただ、その中で妖魔退治を担う武士の家系と子を為した方がいたそうです。ですが、その武士が退治した妖魔の中に、『火』の力を宿す妖魔がいたそうですが……その妖魔の『呪い』が我が桐壺家に今でも伝わっているそうです」


 但し、桐壺家の人間すべてが『火』を扱うことができるというわけではないらしく、今では殆どの人間が『能力者クリミネイト』ではないらしい。


「だからこそ、私は桐壺家の中では異質の存在として、お父様たちから、この力を隠すようにと、ずっと教えられ続けたのです」


「やはり、あなたも隔世遺伝で『能力者クリミネイト』としての資質が顕著に出たようですね」


「まあ、僕たちも基本、お父さんもお母さんも普通の人だしね。僕の場合、家系とかも別に偉くないはずだし」


能力者クリミネイト』としての血は、脈々と受け継がれているものの、その子どもたち全員が『異能クリミネーション』を発現できるわけではない。


 逆に、とある家系では、その力を発現させるように訓練させられるところもあるが、現代となってしまっては、そういった家柄も随分となくなってしまったと聞く。


「妖魔の呪いか……。お伽噺としては上出来だな」


「……違うというのですか?」


「さあな。本当のことなんて誰も分かってねえよ。唯一分かってることは、俺たちが普通の人間じゃないってことだ」


 面倒くさそうにそう答えた零さんだったが、零さんは燈架さんと対面するようにソファに座る。


「だが、この力が強力なことは確かだ。中には、その力を過信している奴もいる」



 ――零さんの言葉が、私の胸の内に響く。



「そうですね。報道などでは規制されていますが、日本の犯罪でも『能力者クリミネイト』が関わっている事件も数多くあります。その為の特別な警察組織があるくらいです」


「では、あなたたちが……」


「残念。僕たちはそういう組織とは無関係……って、訳でもないけど、普段は普通に探偵業をやってるよ。だけど、不思議なことに、燈架ちゃんみたいな子が来るのも珍しくないんだよね。類は友を呼ぶってやつかな?」


 つなくんがそう言うと、零さんが少しだけ苦い顔をした。


 私は、その理由をなんとなく察することができたけど、綱くんがわざとらしく零さんにウィンクをすると、零さんはおそらく喉まで出かかっていたであろう言葉を飲み込んだ。


「では、やはり私のような依頼人は、初めてではなかったのですね」


 そう呟いた燈架さんは、心なしか先ほどよりも落ち着いているような気がする。


 もしかしたら、自分の『異能クリミネーション』を隠さなくてもいいという環境が、初めてのことなのかもしれない。


 その気持ちは、私も少しは分かってしまう。


「俺は、最初からそれも計算で依頼に来たのかと思ってたんだが、違うのか?」


「ええ。私はただ……ここを訪ねろとある人から言われただけです」


「……クソっ、あのおっさん。やっぱ言ってることと違うじゃねえか」


 零さんは、この場にいない人物の悪態を吐く。


 そうか、零さんが会いに行ってた人って……。


梅ヶ枝うめがえ警部ですね。仕事を斡旋してくださるのは、本来なら有難いことなのでしょうが……」


「こっちには一切連絡なしだもんね。本当、いいように扱われてるよね、僕たち」


「全くだ」


 私と同じように、宗司さんも綱くんも、その人物のことが頭に過ぎったようだ。


「あ、あの……梅ヶ枝警部へのクレームはそれくらいにして……そろそろ本題に入りませんか?」


 私だって、本当は梅ヶ枝警部と燈架さんがどういう関係なのかちょっと気になったけれど、そこはグッと堪えて、話を進めるようみんなに促した。


「そもそも、燈架さんが『能力者クリミネイト』であるということと、今回の事件は関係がないんじゃ……」


 そうだ、燈架さん自身が行方不明になってしまったのならともかく、今回はお兄さんが行方不明になってしまったのだ。


 だから、燈架さんが『能力者』であることが今回は無関係なのでは……。


紫苑しおん、お前、さっきまでのこのお嬢様の話を聞いてなかったのか?」


 しかし、零さんは呆れるような声を漏らした。


 燈架さんの、話?


「そ、そんなの、勿論聞いていましたよ。燈架さんが『能力者』で、家族の中でも『火』の力を扱える人は、殆どいないって」


 だから、燈架さんは私たちにも『能力者』であることを隠していたのだ。


「その通りだ。なんだよ、ちゃんと覚えてるじゃねえか」


 そして、零さんは私の疑問に答えるように、言った。


「だったら、もう分かるだろ? お嬢様は『殆どいない』って言ったんだ。となると、一人くらいは、身内で同じ力を持っている奴がいたんじゃねえか?」


「!?」


 私と燈架さんは、同時に反応してしまった。


 だけど、これでどうして、零さんが無理やりにでも、燈架さんが『能力者』であることを認めさせようとしたのか、勘が鈍い私でも分かってしまった。


 そして、零さんはゆっくりと、宣言する。


桐壺きりつぼ燈弥とうや。おそらく、そいつも同じ『能力者クリミネイト』だ」


 そのまま、零さんは追い詰めるように、彼女に問いかけた。


「そうだろ、桐壺燈架? そして、お前はもう、ある可能性に気が付いてる」


 すると、零さんはコートの内ポケットから、何枚かの写真を取りだし、机の上に置いた。


 私もその写真を眺めるが、学生だったり、成人した女性だったり、特徴的にはバラバラな人物が写っている写真だった。


「……この人、たちは?」


 しかし、その写真を見ても、燈架さんは全くピンと来ていないようだった。


 だが、次に放った零さんの一言で、顔色が豹変する。


「そいつらは全員、焼身死体で見つかった連中だ。この1ヶ月の間でな」


「!! この人、たちが……!!」


「報道じゃあ、規制がかかって大々的な事件にはなってないが、それでも、こんな世の中だ。調べりゃ火事や火災が近くの地域であったことくらいは、学生のお前でも調べることはできるだろ」


 そう言った零さんは、写真を持ったまま震えている燈架さんに向かって告げる。


「もう一度聞くぞ、桐壺燈火」


 今までの、不機嫌で仏頂面をしている零さんではなく、彼女を本気で問い詰めるような口調で、言った。



「桐壺燈弥は、お前と同じ『能力者』だな?」



 すると、燈架さんは持っていた写真を強く握りしめ、震える声で嗚咽も漏らす。


「おねがい……します……」


 そして、目の前の零さんに救いを求めるように、顔を上げる。


「兄を……燈弥を、止めてください……!」


 そう告げた燈架さんの声は、すぐにでも消えてしまいそうなくらい、か細い声だった。


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