第6話 探偵教訓、其の一『依頼人は嘘を吐く』


 宗司そうしさんとも無事(?)、合流できた私たちは、澪標みおつくし探偵事務所の最寄り駅まで戻って来ていた。


 いつの間にか日が沈みかけ、周りの街灯がチカチカとつき始める時間帯になっている。


「行方不明事件、ですか。あまり穏やかではありませんね」


 事務所へ向かう道中で、周りの人がいないことを確認して、今回、れいさんに寄せられた依頼内容を私なりに2人に説明すると、宗司さんがそんな感想を呟く。


 ちなみに、宗司さんのジャケットはすっかり乾いていた。


「でも、まだ高校生なんでしょ? 案外、友達の家に泊めて貰ってたりするんじゃない?」


 一方、宗司さんとは逆に少し楽観的なつなくん。


 同じ高校生らしい彼の意見だったが、宗司さんはあまり納得はしていないのか、否定的な意見を述べる。


「それならそれで良いのですが、未成年となると物事の判断が曖昧なまま、時には無茶をしてしまうものです。ご両親ともあまり上手くいってないという話もありますし、本人の意志とは関係なく、事件に巻き込まれている可能性だってありますから」


「うーん、僕は考えすぎだと思うけどなー」


「とにかく、零さんが我々を呼ぶということは、早急に事件を解決しておきたいことには間違いありません」


「だね。じゃあ、僕も久々に頑張っちゃおう」


 そんな2人の真剣な会話を聞いていると、無意識に私は、少しだけ寂しい気持ちになっていることに気付く。


「ん? どうしましたか、紫苑しおんさん?」


「えっ? い、いやー、なんでもないですよ、なんでも」


「そうですか。ですが、私には少し顔色が優れないように見えましたので」


 私の顔を覗き込むようにして、そう尋ねてくる宗司さん。


 私は誤魔化そうと必死に目を合わせないようにするが、それでも宗司さんはじっ、と私のことを見つめる。


「あー、宗司さん。まさか、紫苑ちゃんにまで色香を使おうとしてる? 紫苑ちゃん、絶対に騙されちゃ駄目だよ。宗司さんを好きになった女性は、みんな不幸になるんだから」


「心外ですよ、綱くん。私がいつ、女性を不幸にしたのですか?」


 綱くんの指摘に不満そうに反論した宗司さんだったが、そのまま私から顔を逸らした。


 私は、ほっと息を吐いて、胸に手を当てる。


 別に、隠すようなことじゃないかもしれない。


 だけど、お世話になっている澪標探偵事務所のみんなには、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


 自分のことは、自分で何とかすると、ここに来るときに決めたんだ。


 その為には、今の自分ができることを考えて行動しなきゃ。


 そう決意したところで、澪標探偵事務所のあるビルの前へと到着し、2階の窓からは光が漏れていた。


 私は零さんが事務所を出てから、自分で戸締りして出て来た。


 ということは、零さんのほうが先に帰ってきたようだ。


「だったら都合がいいじゃん。そのまま零さんからも話を聞こうよ」


 綱くんの言う通り、2人も私の拙い説明よりは零さん本人から事情を聞いたほうが今後の仕事の相談とかもしやすいだろう。


 私たちは、うっすらと蛍光灯に照らされた階段を上り、澪標探偵事務所のドアを開ける。


「よぉ、遅かったな」


 すると、案の定、自分のデスクに腰掛けていた零さんが私たちを出迎えてくれる。


 トレードマークの黒いロングコートは羽織ったままだったので、もしかしたら外から帰って来て、まだそれほど時間が経っていないのかもしれない。


 しかし、事務所の中にいたのは、零さんだけではなかった。


燈架とうか……さん?」


 ソファに座っていたのは、今日のお昼にこの事務所に訪れたばかりの、桐壺燈架さんだった。


「燈架さん? あなた、先ほどは私のことを『桐壺さん』と仰っていませんでしたか?」


 すると、私に名前を呼ばれて不機嫌そうな声を出す。


 えっと、私、何か悪いことをしてしまったのだろうかと不安になったのだが、すぐにその原因に気付く。


「あっ、ご、ごめんなさい……! その、お兄さんの話もあったので、つい名前で呼んでしまって……」


「……そういうことでしたら、別に、構いません。昔から、そういう方は多かったので」


 ブロンドの髪を指先で摘まみながら、あっさりとそう告げる燈架さん。


 良かった。別に怒らせてしまったというわけではないようだ。


「では、この方が今回の依頼人である桐壺燈架さんですね」


 すると、宗司さんが燈架さんの前で、右手を胸に当てながら深々とお辞儀をする。


「私は、この澪標探偵事務所の探偵の一人、柏木かしわぎ宗司そうしです」


「あっ、僕が須磨ノ浦すまのうらつなで、僕も探偵だよ。宜しくね、燈架ちゃん」


 2人は、私が初めて彼らと出会った時と同じように自己紹介をした。


 当時は、宗司さんの大人で慇懃な態度と、綱くんの友好的な態度のギャップに私も困惑したことを思い出す。


「どうも」


 しかし、燈架さんは私のときと同じように、全く興味がないとでも言わんばかりに冷たい反応をしただけだった。


「では、これでやっと話してくれるのですね。どうして、また私をここに呼び出したのか」


「ああ、勿論だ」


 不機嫌を隠さない燈架さんとは対照的に、どこか含みのある笑みを浮かべている零さん。


「まさか、もう燈弥を見つけた、なんて言わないでしょう?」


「ああ、残念ながらな。だが、大体の目星は付いてるぜ」


「!?」


 零さんがそう告げると、ソファに座っていた燈架さんが勢いよくソファから立ち上がる。


「どこですか!? 兄は……燈弥はどこにいるんですか!?」


 今まで物静かな印象しか受けなかった燈架さんが、明らかに動揺して零さんを問い詰めていく。


「まあ、待てよ。それを話す前にな、ちょっと確認しておきたいことがあるんだわ」


「確認したいこと? 今さら何を……」


「ああ、それはな……」


 すると、零さんは自分のデスクに置いていたマグカップを手に取る。


 だが、次の瞬間、零さんはとんでもない行動に出た。


「ほらよっ!」


「なっ!?」


 なんと、零さんはそのマグカップを燈架さん目掛けて思いっきり投げたのだった。


「燈架さ……!?」


 咄嗟に彼女の名前を呼んだ私だったが、それと同時に、目の前でとんでもないことが起こった。



 ――火の渦が、燈架さんの手から発生したのだ。



「なに……今の……」


 本当に、一瞬の出来事だった。


 突然のことで驚いてしまった私は、まだ頭の整理がついていない。


 だけど、私は何故、零さんが綱くんも宗司くんも呼び戻した理由だけは、理解できてしまった。


「ほう……成程」


「あーあ、やっぱりそういうことだったんだね」


 それは、勿論私の隣にいる2人も同じだったようで、どこか納得したような顔を浮かべていた。


「……はぁはぁ」


 そして、火の渦が消えてしまうと、手をかざしていた燈架さんが息を切らして苦しそうな声を漏らしていた。


「へぇ、その年で上手く使えているようだな。反射的とはいえ、対象物だけを排除できているなら上出来だ。それに、消火用の防災センサーは弄っておいて正解だったぜ」


 そう言いながら、零さんは屈んで黒い何かの欠片を拾い上げる。


 それは、つい先ほどまでマグカップだったはずのものが、さっきの一瞬で黒く焼け焦げた破片になってしまったのだ。


「……燈架さん」


「こっ、これは……!」


 私が燈架さんに声をかけようとすると、彼女は怯えたような顔をして、自分の左手を隠すようにした。


「安心しろよ。ここにいる全員、お前の力の正体は知ってる」


「……えっ?」


 そう、私たちは知っている。


 彼女みたいな人間が、決して一人ではないということを。



「ここにいる全員が、お前と同じ『能力者(クリミネイト)』だよ」



 それを証明するように、零さんは彼女に向かって、そう告げたのだった。


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