第4話 探偵・柏木宗司、登場①


 次なる目的地は、高級住宅街とはまた違う、大きなビルが立ち並ぶ都会の中心と呼べる場所だった。


「僕、こういう街苦手なんだよねー。なんだか、人がごった返して酔っちゃうっていうか」


「うん、そうだよね……」


 そう愚痴をこぼすつなくんの意見には、私も思わず同意してしまう。


 やっぱり、私は澪標みおつくし探偵事務所がある、あののどかな商店街があるような場所が好きだ。


「ごめんね、結局、綱くんまで一緒に来てもらうことになっちゃって」


「気にしないで。さっきは僕の仕事を手伝ってくれたんだから、そのお返しだよ」


 笑顔でそう言ってくれる綱くんを見ると、私もついつい甘えてしまいそうになる。


 だけど、キャリアは上とはいえ、私は綱くんよりも年齢的には年上だ。


 なので、ちゃんとお姉ちゃんらしいところも見せないと。


「よし、綱くん。零さんの話だと、宗司さんは駅ビル近くの喫茶店で依頼人と打ち合わせしてるみたい」


 ここで私が捜す人は、綱くんと同じく澪標探偵事務所に所属している探偵の一人、柏木かしわぎ宗司そうしさんを見つけ出すことだった。


 ただ、綱くんのときと違って、今回は会える場所も時間帯も把握していたので、走り回って捜すという事態は避けられそうだ。


「うわぁ……依頼人と会ってるところなんだ……宗司さん……」


 しかし、私が宗司さんの居場所を伝えると、綱くんはあからさまに顔を歪ませた。


「……紫苑しおんちゃん。それ、相手が女の人かどうかって聞いてたりする?」


「えっ? いや、そこまでは……」


「ああ、うん……。そっかそっか。もしかしたら、僕が付いてきて正解だったかも」


 すると、腕を組みながら、渋い顔になる綱くん。


「ねえ、紫苑ちゃん。一応忠告しておくんだけど、宗司さんやその依頼人の人に何かあっても、紫苑ちゃんは無視しておいてね」


 えっと、どういうことだろう?


 綱くんが謎の忠告をしてきたので、思わず首を傾げてしまう私。


「まぁ、宗司さんは全然気にしないんだろうけどさ」


 そう言うと、綱くんは肩を落としてすっかり元気がなくなってしまった。


 なんだろう……まるでこれから起こることに辟易しているような……。


 でも、なんとなく聞いちゃいけないような気がするので、私から質問をすることは止めておいた。


「あっ、綱くん。この建物の2階だよ」


 そして、2人で談笑しながら歩いている内に、目的地へ到着する。


 時間も丁度、宗司さんもここを訪れている時間帯のはずだ。


「はぁ……相手の人が男……もしくは何事もないことを僕は祈るよ」


「?」


 謎の言葉を残しつつエレベーターに乗り込んだ私と綱くん。


 そのまま、2階まで私たちを連れて行ってくれたエレベーターの扉が開く。


 どうやら、エレベーターとお店の入り口が直接繋がっているタイプらしい。


 少しモダンチックな感じで、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐり、控えめなジャズの音楽が私たちを出迎えてくれで、こういう大人な雰囲気の喫茶店を選ぶあたり、宗司さんらしいなと素直に感心してしまう。


「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」


 すると、丁度店内から私たちの姿を確認したウェイトレスさんが、こちらに来て声を掛けてくれた。


「あっ、はい。えっと……ただ……」


 咄嗟に対応しようとした私だったけれど、この場合、何といえばいいのだろうか?


 別に、宗司さんとは待ち合わせをしていたわけじゃないし、かといって、現在もまだ依頼人と話し合い中だったら、お仕事の邪魔をしちゃうし……。



「ひどいッッ!! 私は本気だったのにッッ!!」



 すると、店内から女性の叫び声が聞こえて来て、私もウェイトレスさんも驚いてビクッと肩を震わせた。


「……あーあ、やっぱり」


 しかし、綱くんだけは頭を抱えながら、そんなことをぼやいた。


 そして、ヒールの音がこちらに近づいてきたかと思うと、俯きながら速足でこちらに歩いてくる女性が私たちの横を通り過ぎていき、そのままエレベーターに乗って立ち去ってしまった。


 そんな一瞬の出来事に、私は口をポカンと開けたまま、しばらく動けなくなってしまっていた。


「ごめんなさい、お姉さん。多分、僕たちの知り合いが迷惑をかけちゃったと思うんで、後は任せてください」


「えっ? あ、あの……?」


 しかし、綱くんは至って冷静な様子でウェイトレスさんにそう言ったが、そのウェイトレスさんも状況が理解できていないようで、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが、ありありと伝わってきた。


「まぁ、僕たちとしては丁度良かったのかな? 行こう、紫苑ちゃん」


「あっ、ちょっと綱くん!」


 しかし、綱くんは特に気にする素振りも見せることなく、店内へと入っていく。


 そして、ざわざわとした雰囲気が残ったままの店内を見ると、丁度真ん中あたりにお客さんたちの視線が集中していて、そこにいたのは……。



「そ、宗司さん!?」



 なんと、びしょ濡れになった宗司さんの姿があった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る