能力者
50年前の横島紘平とその妻、横島友梨恵の会話を覚えているだろうか?
そう紘平のキメラ製造の研究所を義典が去っていた後のことだ。
『紘平さん。森総理に言わなくてよかったの?』
『うん?例の実験か‥‥まだいいだろう。研究段階でしかないし、そもそも成功するとも限らない。それと数も少ないからな。実験は限られる』
この例の実験というのが能力者の研究をしているものだった。
紘平は、まだ研究段階だったために、能力者の研究は義典に報告をしなかった。研究段階だったのもあるが、義典を驚かせたいという気持ちもあったからだ。前の研究所では変わり者と忌み嫌われていた。しかし偶然、キメラの研究を義典が聞き、面白いとスカウトしてくれ新しい設備の研究所と多額の援助金まで用意してくれた。それだけではない妻の友梨恵と出会ったのも義典のおかげで、そのため紘平にとって義典は恩人ともいえるのだ。
なぜ能力者という研究を始めたのか。能力者と言っても初めは物を自在に変化できたり、手を使わずに物を宙に浮かせたり、体内に毒を製造できるなどといったものではなかった‥‥これも偶然‥‥いや、運命的だったのかもしれない。紘平たち研究者はいつも通りキメラの製造、研究を行い、完成したキメラの診察をしていた時だった。
診察もバイタル、血液検査、排泄物のチェックなどを行う。そしてキメラとしての力をそぐわないように毎日配合の違う注射をする。配合の違うものばかりだったためかどうやらキメラの体の中で新しい能力が出来上があったようだ。
「No.257のバイタルはどうだ?」
「正常です」
その時だった。
「‥‥せ‥‥せ‥‥正常‥‥‥‥正常‥‥‥‥で‥‥で‥‥す‥‥‥‥」
なんと研究者の言葉をまねしたのだった。低く人間とは思えない声だが相手はキメラだ。霊長類を使ったキメラは人並みの脳があったが、今回は霊長類ではなくライオンを主としたキメラだった。
言葉を発したことに驚愕した研究者は、すぐさま所長である紘平に報告をした。
「‥‥所長‥‥横島所長!」
紘平は廊下で部下と話をしていた。
「なんだ。そんな大声出して、実験物に何かあったのか?」
話をしながら部下の持っている書類にサインをしている。
「そ、それがNo.257が急に言葉を発したのです!」
「何!?見せろ」
紘平はNo.257の所へ行き自分の目で確認した。
「‥‥せ‥‥せ‥‥正常‥‥‥‥正常‥‥‥‥で‥‥で‥‥す‥‥‥‥」
何度も同じ言葉を繰り返すキメラ。紘平も驚愕し、そして歓喜した。
「素晴らしい。すぐにデータを集めろ」
注射の配合や血液検査の結果を見て、バラバラだった細胞が新たな細胞を生み、それが能力をしてうまれた。
紘平は新しいキメラを製造してNo.257の注射の配合を同じにして試してみた。しかし微妙にキメラの細胞が違うのか同じような能力は生まれなかった。
そして‥‥2日後‥‥。
言葉を発していたNo.257が衰弱死したのだ。バイタルも安定していたのに突然、死んでしまった。
紘平の予想では体が能力に合わなかったのと薬の成分の効きすぎによるものと考えた。正解なのか同じ配合の注射をし、能力は生まれなかったがNo.257のように2日後には衰弱死した。これを改善するべく、紘平も友梨恵も研究に没頭した。
「能力を植え付けることは可能になったが、すべて2日後には衰弱死してしまう。何かもっと良い材料がないものか‥‥」
何度同じ実験をしても、何度繰り返しても結果は変わらないものとなった。今はキメラの製造を他の者に任せ、紘平と友梨恵は能力に耐えきれる物を探した。
毎日、寝ずに実験体を探していた。ふと、紘平がロシアのスパイを収監している檻に近づいていた。
「ここから出せ!」
「‥‥毎日、拷問を繰り返されているのに元気なものだな‥‥」
ロシアが送り込んできたスパイ10名を日本は捕らえていた。義典はロシアの秘密をはかせるため拷問を部下に行わらせていた。しかし義典は全員はいらないと5人を紘平の研究室に送った。拷問は続けているがこの5人はすでにロシアの思惑、秘密をすでに話しているからだ。
義典が「こいつらは不要だから、何か実験に使ってくれ」と言った。しかしどのように使おうか考えていたため今の今までここの研究所に収監されているのだ。
「そうか!」
義典は戦争が終結して4、50年経てば人口爆発で再び戦争はおこると言っていた。それを利用すればよいのではないかと紘平は考えた。
まだ人間での実験、研究は行ってこなかった。良い考えだと紘平は笑みを浮かべる。
「喜べ。お前らの良い使い道を見つけだぞ」
早速、研究を始めなければ‥‥。紘平はこれまでの疲労が嘘のように体が軽くなった。
「友梨恵。喜べ、能力を持たせる実験体を思いついた!」
「本当?紘平さん」
友梨恵を含め、周りにいた研究者が歓喜しているのがわかる。実験体を探すのに3年の月日が流れてしまった。人間を能力の実験体にして成功するかを研究しなくてはならない。急がなければ成功するかもわからない実験だ。しかし5人で足りるだろうか?
そんなことより今は能力者の実験を最優先に行わなくては‥‥。
「それで実験体は?」
「義典さんは4、50年後には人口爆発が起こると言っていたよな?」
「え、ええ」
「人間だよ。これから増えてくる人間を使えばよいんじゃないか?」
友梨恵は驚愕していた。成功するかもわからない実験に人間を実験体にする。確かに人間では実験を行ったことがない。もしかすると成功するかもしれない。
「‥‥‥‥」
そんな非人道的なことができるだろうか?友梨恵は少し考えた。もしかしたら動物で成功するのもいるかもしれない。しかし時間がないのも事実。能力を目覚めさせるためにいろんな実験を動物に行ってきた。義典に期待させといて戦争再戦の時、使い物にならなかったら自分たちに待っているのは“死”だ。それならこの実験に賭けてみるのもありかもしれない。
「でも、実験に必要な人間はどう集めるの?」
「最初は現在、収容しているロシアのスパイを使う。ひとまずやってみないと結果はわからない。今は賭けてみるしかないだろう」
「そうね‥‥。私は賛成よ」
「さすが、僕の妻だ。他の者も賛成だな?」
「「はい!」」
さすがは研究者といったところか。人間を実験体にするといっても怯むことはなかった。ここにいるもの全員が命がけで研究を行っているんだ。覚悟が違う。
そしてここにいる者は想像より狂人だ。
しかし人間を使っても成功には至らなかった。
——2102年——
人間を使っても能力を目覚めさせるのは、やはり簡単ではなかった。
5人という最少の数では慎重に使っても限度があった。3人には紘平たち研究者が作り出したオリジナルの薬物を何日も投与し、残り2人は薬物を投与しつつ、麻酔もかけず体と体を縫合し実験を行った。しかし紘平が満足するような結果にはならず5人全員が薬物中毒で死亡した。
「くっそ‥‥実験体が全然足りない」
5人ではさすがに足りなかった。キメラだって1体を製造するのに十数匹の動物が必要なのに‥‥。
「どうすればいいんだ?」
「‥‥紘平さん。このことを義典さんに提案するべきよ。そうしたら実験体を調達してくれると思うわ」
紘平は少し考える。確かに義典に頼めば何でも調達はしてくれるだろう。紘平は別のことで心配していた。キメラ製造には順調と言ってはいるが3年間大きな成果の報告はできていない。そのため
背筋に冷たいものが走る。ここまで義典に可愛がれてきた紘平。義典に飽きられつぶれた研究所はいくつもある。紘平は他の研究所がなくなるたび無能と思ってきた。しかし自分が次の無能になるかもしれない。しかしここは賭けるしかない。
「‥‥そうするしかないな‥‥私は義典さんに提出する書類を作成する。
「はい」
義典に人間を調達するように頼むのにはメリットを話さなくてはない。危険の生じる人間の誘拐などもってのほかだ。しかし紘平が思っているより義典は狂人で残酷非道、そして何人もの駒を持っている。
紘平は自室に行き、義典に提出する書類を製作させる。自失と言ってもシンプルなつくりだ。紘平があまり部屋に物を置かない性格もあるかもしれない。自分が使用する机と椅子、壁には自分で集めた蝶など昆虫の標本がいくつも飾られている。そして端には最初に作り上げたキメラのはく製がガラスケースに収められていた。
「まずはNo.257が話した映像を‥‥」
これはまだ義典に見せていなかった。能力が目覚める確率がわからなかったことと、No.257は衰弱死してしまったことで伝えられなかったのだ。
キメラの話した映像ともう1つ人間を実験に行った際に撮った映像も用意をした。薬物投与の映像だけでなく麻酔なしで手術を行った映像もだ。
こんなものを用意するなんてよほど必死で狂っている。この世界には狂った人間しかいないようだ。
人を平気で殺し、実験し、物のように扱う‥‥なぜこのような世界になってしまったのだろうか?その理由を知る者はいない。
そういう世界になってしまったから‥‥。
紘平はこれまで投与した薬物の種類、人間に能力を目覚めさせるメリット、能力が目覚める確率などを文字におこし書類を完成させる。
「あとは、義典さんと会うアポを取らなくては‥‥」
義典は戦争を終結させたことで任期満了とみなされ内閣総理大臣を退任していた。退任してからは自宅で隠居生活をしていると聞いていたが、義典は裏社会を仕切る者でもある。常に忙しい人なのだ。
早速、義典の自宅に電話をかける。
『‥‥‥はい。森邸宅です』
電話に出たのは女性だ。確か、退任しても部下たちと連絡や仕事の管理をしてくれる秘書を雇っていると聞いた。きっと秘書の人なのだろう。
「キメラ研究所の所長、横島紘平です。義典さんに直接お話したいことがあるのですが‥‥」
『わかりました。横島紘平様ですね?少々お待ちください』
「義典様。横島紘平様という人物からお電話です」
「紘平君が‥‥要件は?」
義典は現総理大臣と裏社会の重鎮である石塚組組長と話し合いを行っていた。
「それが直接お話したいことがあると‥‥」
「構わない。しかし今日は予定でいっぱいか‥‥空いている日はないか?」
秘書である女性は端末を取り出し、義典の予定を確認する。
「明日の15時からは予定が入っておりません」
「では明日の15時にこちらに来てもらうように伝えてくれ」
「かしこまりました」
秘書の女性は義典に一礼をして応接間から出る。
「横島紘平というとあのキメラを製造している研究者ですか?」
裏社会の重鎮と言っても森組が裏社会のトップだ。石塚組組長は森組の傘下、つまり義典の部下だ。今回の話し合いは日本の復興含め、他国との交流を考えるものだ。
しかしこの会議は誰にも知られてはいけない‥‥つまり密談である。元総理大臣と現総理大臣、裏社会の者が会っていると知られると問題になりかねないからだ。
「ああ。最近はあまり良い話を聞いていないから良い報告ならいいんだが‥‥」
「最近、研究所も減らしましたからね‥‥」
研究所が解体されている理由は2つある。1つ目は戦争終結による解体。2つ目は単純に義典が飽きてしまったからだ。飽きたから解体‥‥つまり処分だが、戦争で良い結果を残せなかった研究所を解体しているともいえる。もちろん義典が期待している、紘平のキメラ研究所は例外だ。
「キメラには期待しているんだ‥‥あの研究所には他より金をかけているからな‥‥」
期待しているのはただ面白いから、例外なのは他より金をかけているから、義典はそんな程度しか思っていないのだ。
「次の戦争では必要ですからね」
「義典さんが目にかけた物には間違いないですから、きっと良い報告ですよ」
「楽しみにしているんだ。次の戦争を‥‥な‥‥」
現総理大臣と石塚組組長は義典に同意してうなずいている。3年前に30年間の戦争がようやく終わり、復興もまだ完全ではないのにもう次の戦争をしている。
確かアメリカにも同じ戦争屋がいたな‥‥。
数分すると再び女性の声がした。
『お待たせしました。横島様、明日の15時にこちらにおいで願えますか?』
「わかりました。明日15時ですね?」
『はい。お待ちしております』
通話はそこで切れた。急ぎでお願いするはずが明日に会うことができるなんて幸運だ。
「‥‥うまくいけばいいが‥‥」
3年というのは短いような長いような感じがするが、紘平にとって3年は長い。結果を出せていない3年。もし明日、義典が処分又は解体と言ったら‥‥。
紘平はつばを飲み込む。
「大丈夫だ。大丈夫」
明日は我が身というやつだ‥‥‥まったく‥‥‥。
今日の紘平は髪をきちんと整え、ジーンズに、Tシャツではなく紺色のスーツ姿だ。もちろん白衣は着ていない。
15時ちょうどに森邸宅に訪れた紘平。秘書に応接間まで案内され数分後義典が姿を現した。
「紘平くん、久しぶりだね」
「お忙し中、申し訳ありません」
「いいんだよ。君の研究所には期待しているのだから‥‥」
期待していると言われるとこの3年間何の成果もあげられていない罪悪感が生まれる。
「義典さん。3年間も成果を上げられず申し訳ありません」
深々と頭を下げる。これで許されるはずはないが義典の一言で人生すべてが変わってしまう。今はキメラの研究、能力、次回の戦争のために、日本のために尽くしたいのだ。
「フフフ‥‥ハハハハハ‥‥なんだそのことか‥‥まだ3年ではないか。次回の戦争予定は約4、50年後だぞ?そう心配しなくてもキメラ製造が簡単ではないことは知っている」
突然笑い出したので驚いている紘平。義典がまだキメラ計画に興味を持っていることが知れて安堵した。
「そのキメラ計画のことなんですが‥‥少し相談に乗っていただきたくて‥‥」
「構わんさ。教えてくれ」
「はい。まずはこれをご覧ください」
早速、紘平は端末を取り出しキメラが話した映像を義典に見せた。
『‥‥せ‥‥せ‥‥正常‥‥‥‥正常‥‥‥‥で‥‥で‥‥す‥‥‥‥』
「こ、これは?」
「本当は実験が成功してからお見せしたかったのですが‥‥通常通りの体調をチェックしているときに突然キメラが話し始めたのです」
「素晴らしい」と小さな声だが義典から聞こえた。紘平はその言葉を聞き逃さず、うっすらと笑みを浮かべてさらに話をつづけた。
「残念ながらこのキメラは言葉を発した2日後に衰弱死してしまいました。同じ薬物の配合を試してみても同じキメラを生み出すことができず限界があるようです‥‥それで我々はこの能力を目覚めさせることができる実験体を探しました‥‥そして見つけることができました‥‥まだ成功段階にはありませんが‥‥次はこちらをご覧ください」
次に見せたのはロシアのスパイ5人が人体実験を行われている映像だ。
「ほぉ、人間か‥‥」
「はい。こちらは義典さんにいただいた5人の人間です。好きに使ってよいと聞いたので実験体に使わせていただきました」
まずは2人を使った実験だ。
「こちらは2人の人間を縫合してキメラのように使用できるかを試す実験です」
2人の
『は、離して!』
もちろん実験体だ‥‥予想もつくかもしれないが麻酔など一切行わない。
『では始めよう』
もちろん執刀医は紘平、記録係兼補助は友梨恵だ。
紘平は中途なく背中にメスを入れる。
『いやあああああぁぁぁぁぁぁぁ!』
普通の人ではこんな残虐見ていられないだろう。しかし義典は感心しながら普通にみている。そして2人を縫合して1つにした。
「キメラのようにしようと人間だけではなく動物の良い部分だけを付け足しました。もちろん薬物注射も行っております。しかし血液の拒絶反応なのか発狂して死んでしまいました」
やはり血液型が違うとこうも簡単にダメになってしまう。薬物注射でどうにかなると予想していたので紘平は残念がっていた。
「これは失敗で終わってしまいましたがこちらは違います」
3人が映され椅子に両手両足、首、腹を固定され、服は着ておらず目隠しをされている。目隠しのせいか何をされるかわからず恐怖しているのか震えているように見える。バイタルなどをチェックされた後に、注射器で腕に薬物が注入された。
『やめろぉぉぉ』
『離せぇ!』
『いやぁぁぁ』
「‥‥ちなみに薬物注射は毎回同じなのかい?」
「いいえ。体調や細胞の変化で毎回変えています。薬物の種類、配合をまとめて書いた書類を持ってきました」
カバンから紙の書類を取り出し義典に渡した。研究者でもない義典が薬物の種類、配合を見てもわからないと思うだろう。しかし違う。義典は紘平の研究を聞いているうちに覚えてしまったのだ。興味を持ったものはいろんなことを知らなくてはならない。そのため紘平の研究内容を度々義典に提出しているのだ。
「なるほど。それで変化はあったのかい?」
「待っていました」と言わんばかりに紘平は笑みを浮かべ自信満々に答え始めた。
「はい!‥‥残念ながら能力が目覚めることはありませんでしたが、体や細胞に大きな変化がありました」
映像を早送りして最も変化があった日にちに変える。
「こちらをご覧ください」
真ん中の椅子に固定されていた男に薬物が注射される。
『がががあああぁぁぁ』
何分か苦しみ、そして体に変化が見えた。左胸に前にはなかった黒いあざが出てきたのだ。
「これは?」
「この黒いあざが出た実験体の細胞を調べたところ言葉を発したキメラの細胞に似た、未発見の細胞を発見いたしました。これが能力を目覚める気象なのではないかと思います!」
続けて真ん中にいた実験体の細胞の写真を見せた。確かにこの変化のあった前と後では細胞の種類が違っていた。
「能力者を生み出すことができればキメラより50倍の力が発揮できます」
「素晴らしい!紘平くん。君はキメラだけではなく能力者まで生み出そうというのか!?」
義典は歓喜していた。自分が期待していた研究者がここまで優秀だったとは、そして新たな戦力になりえる“能力者”とても楽しみでいられないのだ。
「それで義典さんに頼みたいことがあるのです」
「なんでも頼ってくれたまえ」
キメラの進展に能力者研究、新しいことに義典はご機嫌だ。
「実験体である人間の調達をお願いしたいんです」
「そうだな。確かに実験体がなければこの研究は続けられない。どれくらい必要だ?」
「人数はお任せします。わがままではありますが6歳~100歳の人間を‥‥どの年齢が能力を生み出すことができるか実験したいのです」
まだ成功はしていないが、能力者製造の完成率を書いた書類を見せる。
「わかった。揃い次第君の研究所に送ろう」
「ありがとうございます」
「そうだ。新しい実験をするのなら必要なものも多いだろう」
そういって義典の後ろに控えていた秘書が大きいアタッシュケース2つをテーブルの上に置き、中身を紘平に見せた。そこにはなんと札束が入っていた。
「よ、義典さんこれは?」
「何って、君の研究所の資金を上げようと思ってね。通常の資金の5倍出す。こんな素晴らしいものを見せてもらったんだ。そしてこれからもっと素晴らしいものが見ることができる。これは前金だよ」
前金と言って渡されたのは何と4億円。これには紘平も驚愕している。
「受け取ってくれるね?」
「も、もちろんです。ありがとうございます!」
数少なくなっていく研究所に研究者。4、50年後に戦争が再戦されると義典は言っていたにもかかわらず、研究所、研究者を解体していった。次は自分たちなのではないかとおびえる研究者を多くいた。戦争、日本のために研究を行ってきた研究者はこうなることは予想していたはずだ。紘平も興味を失って廃止されるのではないかと恐れていた。しかし待っていたのは資金上昇と人間の調達を簡単に引き受けてくれた。
紘平にとってこの上ない話だ。
「‥‥期待しているよ。そうだ部下に君を研究所まで送らせよう」
「大丈夫です。義典さんにはいろいろとしてもらっているんですから‥‥」
「ハハハ。こんな大きいアタッシュケース2つも歩きでもって行こうって言うのか?」
確かに4億の入ったアタッシュケースを研究所まで持っていくのは困難だ。そして他の者に盗まれてはもってのほかだ。まだ戦争終結して3年、日本は大きな打撃はなくとも貧富の差は大きい。この差は義典が計画的に行っていることは誰も知らない。
「‥‥そうですね。ではお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。おい」
小走りで応接間に入ってきた男がいた。
「紹介するよ。新しく組に入った子でね。今いろいろと教え込んでいるところなんだよ。紘平くんを研究所まで送ってくれ」
「わかりました」
「こちらへ」と新人にアタッシュケース2つを持たせ案内される。
「義典さん。本当にありがとうございます。絶対に能力者を作り出しますから楽しみにしていてください!」
「もちろんだ。たまに部下が視察に来るかもしれないが伝達役と思ってくれて構わないから‥‥俺は政府から離れてしまってそっちに行けないんだ。許してくれ」
「いいえ。実験の成果をお待ちください!」
紘平は一礼をして応接間を出た。
「‥‥能力者か‥‥面白い‥‥やはり俺の目利きに間違いはないな‥‥ククク‥‥ハハハハハ」
多額の金を払ってまでも能力者という物を作り出し戦争に使いたい。示したいのだ。日本は小規模国家ではない‥‥最強の国であると‥‥。
「しかしまだ戦争終結して3年か‥‥後4、50年‥‥長いもんだな‥‥」
義典の仕事は早かった。部下に命令を下し人間集めをしてくれたのだ。なんと1週間で500人の人間を集め紘平の研究所に送られた。中身がわからないように大型トラック2台に積まれていた。
「す、すごい‥‥」
紘平の注文通り6~100歳の人間を集めた。集め方は戦争で両親失った孤児、難民、戦争の負傷者、裏で暗躍する人身売買、誘拐、拉致様々な方法だ。
「横島様、注文いただいた6~100歳の人間500人です。こちらが名前、年齢。健康状態が書かれた資料です」
「あ、ありがとうございます」
紘平の想像以上に人間が集まった。本当に義典には感謝しかない。
「よし、運び込め」
紘平は部下たちに実験体を檻に運びこむように言った。トラックの中は防音だったためか後ろの扉を開けた途端大声を出して逃げ出そうとした物もいた。
「た、助けてくれ!」
トラックが突然止まり、後ろの扉が開いたため警察が助けてくれたと勘違いした人間が飛び出してきた。しかしすでにトラックは建物の中で周りを見ると白衣を着た者ばかり。出口はどこかと走り去ろうとした途端、体が急に痺れ激痛が走った。後ろを振り返ると研究者にスタンガンで逃げられないようにされてしまい、2人がかりでどこかへと連れていかれた。
「こうなりたくなければおとなしくしていることだ」
誘拐や拉致、不要と捨てられてしまった戦争の負傷兵たちはここがどこだとわからないようで、それ以外はこの状況を理解できずにいる。
「所長。組分けはどういたしますか?」
「ひとまず10代未満、10代、20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代、90代、100代と分けてくれ。檻はいくらでもあるんだ。そこから研究内容でわける」
「わかりました」
まだ研究は始まったばかり、キメラの研究も進め、そして能力者の研究も進めなくてはならない。ここは大忙しだ。
しかし紘平は心躍っていた。自分の手で誰も手を出していなかった更なる高みへと挑戦する様を想像しただけで興奮が抑えられない。
「しょ、所長?」
「‥‥すまんな。新たな研究に高ぶってしまった」
「それは我々だってそうです。私たちは所長や副所長、義典さんにスカウトされここに配属されました。こんな素晴らしい研究を共にできることこの上ない喜びです!」
皆がそうなのだろう。顔を見ると誰もが好奇心あふれた表情をしている。
「確かにそうだな。では、更なる高みへ挑戦しようではないか!」
「はい!」
ここにいる者の思いは同じなのだろう。今後必ず行われる戦争のために実験を成功させ、日本という脅威的な国と知らしめるために‥‥。
実験体を統一するためにここに来る前の服を処分し全員が白の半袖半ズボンを着させられた。
すでにあきらめている物は檻で静かにしているが、往生際が悪い物は大声で叫んでいた。
「おい、ここから出せ!」
ここに来た時、抵抗して1人別の場所に連れていかれたのを忘れてしまったのだろうか?実験体の中では殺されてしまったや、これよりもっとひどいところにいるなどと噂が立ってもいる。
「静かにしないか!お前の番を早くしてもいいんだぞ」
「言わせとけ‥‥そのうち自分の置かれている立場が分かるはずだ」
「それもそうだな」
研究者は抵抗している男を見て笑っている。元気なのは今のうち、この後待ち受けているものを見れば誰もがおとなしくなるだろう。
「貴様ら、これは重罪だぞ!今に見ていろよ。あと少しで警察が俺たちのことを見つけ出してくれるさ。その時貴様らは終わりだ!」
警察の言葉を聞いて少し明るみを取り戻した物もいた。誘拐、拉致された物はいずれ家族や友人が自分が失踪したことを警察に届け出を出してくれるだろうと思ったのだろう。
「ハハハハハハ」
研究者たちは顔を合わせて大笑いした。
「な、なにがおかしい!?当たり前のことを言ったんだぞ」
「バカだな。警察なんて来るわけないだろ。いい加減諦めたらどうだ?あと周りを見てみろ‥‥お前のように拉致されて連れてこられた人間だけではないのを理解しろ」
そう言われ男はあたりを見渡す。自分が「警察がここを突き止める」と言って希望を持った物もいるがすでにあきらめ順番を待っている物もいた。
「‥‥」
「理解できたか?中には難民や人身売買で連れてこられた物もいる。それにここに来たからにはお前らは一生我々の実験体、モルモットだ。ここでは人間として扱われると思わないほうが良いぞ。ハハハ」
救いはないのだと大声を出していた男は絶望して膝をついた。
「‥‥なんで‥‥なんで‥‥俺‥‥が‥‥」
ようやく現実を受け止めたようだ。
ここで待ち受けているのは“苦痛”、そして“死”‥‥実験が成功しなければ生きることはできないだろう。
所長である紘平はもちろん副所長の友梨恵、各部門のリーダーを会議室に集め、義典が用意してくれた500人の実験体を、どのように研究を進めていくか会議をしていた。
「我々の目標は能力者を生み出すことだ。義典さんからは追加の人間要請、そして支援金の5倍というアシストをしてくれる。何としても期待にこたえなければならない!」
「「はい!」」
思いは一緒、部下たちにやる気が満ちているのがわかる。それは紘平だって同じことだ。
「では、どう研究を進めていくか‥‥意見のある者はいるか?」
「やはり薬物投与を行い、あの黒いあざがでる細胞を作り出すことからではないですかね?」
黒いあざはロシアのスパイだった実験体が最後に黒いあざを見せ死んでいった。しかしそのあざは能力者になる兆候であることがあらなる研究で分かった。
「しかしあざが出るのは全年齢とは限らない‥‥それにあの細胞は不規則だ。あの実験体を解剖したが死亡しているのにもかかわらず細胞は生き、さらに複雑に構成されていた。同じ薬物投与を行っても同じ物ができるとは限らない‥‥」
「500人もいるんだ。少し試す形でもよいと思うが‥‥試すのならばあの工作員の男は確か20代だったから20代の物を使って調べてみるのもどうだろう?」
紘平の方を向くと丁度話していることを考えていたようだ。実験体はたくさんいる。しかし量は
有限だ。
例え、義典が人間を再び調達してくれると言ってはいるが何度も甘えるばかりにはいかない。
「確かに20代の男に黒いあざが出た。しかしそれは偶然かもしれない。500人の年齢打ち分けはどうなっている?」
「はい。10代未満30人、10代~90代までが50人ずつ、100代が20人です」
「それなら10代未満から100代までの各10人を集めまず薬物投与を行い、様子を見るのはどうだろうか?」
10人ずつを集め、まずロシアの工作員に行った実験を同じように行おうということだ。ただ黒いあざが出たというだけで実際に能力者が生まれたわけではない。
「私は横島所長の意見に賛同です。まずはどのような結果になるかを調べるべきです。完璧な能力者を生み出さなければなりませんから‥‥」
「そうだな。ではまず10人で実験を始めてみよう。残りは薬物投与、改造手術、細胞移植を中心とした実験で振り分けを‥‥人数配分は僕と友梨恵で相談して決める」
「わかりました」
実験が開始されるまで実験体は丁寧に——丁寧というより実験以外で死なれては困るので慎重になっているだけ——扱われていた。これから起こりえることが嫌で実験が始まる前に自殺を試みようとする物もいた。しかし死ぬことは許されず研究者に別の場所に収監された。そこはさっきいたところの方が天国かのように思える場所だ。そこは拷問に近いことをされ、それだけではなく研究者がストレス発散のために殴る蹴るの暴行をする。この行為は自殺をしようものなら死より恐ろしいことをするといった一種の警告だ。
自殺を試みた物は1週間、拷問、暴行をうけ再び年齢でわけられた檻に収監される。研修者たちは「(死にたいのならやってみろ。しかし待っているのはこれだぞ)」という他の物への警告でもあるのだ。
食事も高カロリーのものだ。高カロリーといっても1品、ドロドロとした味気ないスープだけだがこれにはいろいろな栄養成分がはいっている。研究者が人間の健康のために開発したものだ。健康的なのは折り紙付きだ。食べない物には無理やりスプーンを口に押し込む。それか栄養剤を点滴する。
しかし20代未満は違う。高カロリーな食事だが‥‥普通の人間が食べているものを食べさせている。子供のためにおやつもある。子供だから特別、この年頃は体つくりが基本だからだ。もちろん丈夫な体になったら味気ないスープになる。子供と言っても実験体‥‥これは実験のためだから。
戦争の負傷で捨てられた負傷兵はまず治療だ。健康な体になってもらわなければ同じ結果にならない。しかし紘平は負傷兵には他の使い道があるという。どういったものなのだろうか?
想像すると恐ろしいことしか思い浮かばないのだが‥‥。
早速研究者が動き始めた。10代未満~100代の健康な人間50人を同じ檻に収監し実験を開始した。黒いあざができた実験体と同じ薬物を投与した。いろんな薬物をブレンドしたものは人間にとって毒だ。大麻やドラッグと同じように人間の体をむしばむ。そんな毒物を体に直接投与される‥‥実験体は激痛で叫ぶ。
「い、いだい!‥‥いだい‥‥」
「がああぁぁぁぁ」
苦しみもがき。まだ1回目の投与だがすでに100代の実験体は胸を押さえ、口から泡を吹きながら全員死亡した。どうやら薬物に心臓が持たなかったようだ。寿命が123歳になっても100代は能力者になりえるのは低いと考えても良いだろう。まだ決定というわけではないが‥‥。
順調ともいえる走り出しだ。まだ能力者‥‥黒いあざも出ては来ないが研究は進んでいる。
紘平と友梨恵は、紘平の部屋所長室で実験の話をしていた。
「‥‥まだ、能力者おろか黒いあざも出ずにいるか‥‥」
「まだ実験は始まったばかり、そう簡単にはいかないわよ」
「そうだな」
まだ実験を始めて間もない。黒いあざが出るようになってもその実験結果が出るのに3年かかっているのだ。そう簡単に結果が出るはずがない。
「それに、そう簡単に能力者ができては面白くないからな‥‥楽しみがなくて研究ははかどらない」
「フフフ。紘平さんらしいわね」
キメラや能力者の実験で忙しくこういった2人の時間は持てなかった。こうして2人だけでいるなんていつぶりだろうか。
「‥‥落ち着いたら2人の時間も増やしたいな‥‥」
「フフ。そうね」
少し照れ臭くなる紘平。こうして言葉に出すことは初めてだ。紘平が一目惚れをして友梨恵を妻にして副所長にした。仕事、仕事ばかりだが文句ひとつ言わずにともについてきてくれる。
「‥‥さて、仕事をしなくては‥‥薬物投与実験、改造手術実験、細胞移植実験の人数振り分けをするか」
「はい」
「残りの実験体は390人か‥‥友梨恵ならどうわける?」
準備をしてきたのか手元に持っていたファイルを紘平に見せる。
「今の薬物投与で100代は体がもたないと報告を受けているわ。だから100代の10人は細胞移植実験に使う方が良いと私は思うわ」
「確かにそうだな」
結果がわかっていて殺しても意味がない。薬物投与実験や改造手術実験の体力を削られる実験より細胞移植実験の方が幾分かマシだろう。
「それと一応だけど保険のために実験体を少し残すの」
「なるほど、少し残しといて必要な実験に追加するということか‥‥」
友梨恵が用意した資料のうちわけでは平等に分けられている。薬物投与実験95人、改造手術実験95人、細胞移植実験105人、保険95人となっていた。
保険は結果次第や不足の時に使用するということ、そしてその保険の中には負傷兵も含まれている。怪我の治療を優先的に行われているからだ。
「いいじゃないか。保険もあった方がなにぶん都合がいい」
「そういってくれると嬉しいわ」
「では、これの通りに指示して檻を分けるか」
紘平は笑みを浮かべる。自分も部下が実験を行っているのを見ているだけではない。この手で実験を行うのだ。それが楽しみで仕方ないのだ。
「ああ。楽しみで仕方ないな」
翌日部下に指示をして、実験用途で檻を分けた。
初めに行っていた薬物投与実験ではまだ能力者が完成できず、黒いあざも出現しない。しかし初めの実験結果を見てから他の実験を行う予定だったがなぜ実験を始めるのか?
それは友梨恵の言っていた保険があるからだ。もし薬物投与で能力者が生み出せたのなら保険で残している95人、全員を薬物投与実験に使用すれば良いことだから。それと紘平や研究者たちが他の実験を待てなかったのも事実。それほどに皆が早く新たな実験をしたくてうずうずしているのだ。
紘平は3つの実験場所の様子を見ながら改造手術実験を行い。友梨恵はもともと細胞を研究する研究者だった。だから得意分野である細胞移植実験は友梨恵に任せることにしたのだ。
「さて始めるか」
こうして能力者製造計画が始まった。
能力者戦争〜我が部隊の最強兵器〜 永井佑暉 @yuukiNagai
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