キメラ

世界会議によって戦争は終結へと迎えた。

「やっと終わりましたね。戦争が‥‥」

「これで終わったわけではない。やることは山積みだ。世界中が完全に復興を果たし国民が平和に暮らすことができたら終わったと言えるだろう」

「わかっていますよ。マハノフ大統領も少しは喜んだらどうですか?」

「喜んでいるよ。‥‥ようやくつかんだ平和だ」

ロシアの大統領府では和解のための書類に署名、作成や軍を国に戻すこと、復興のための国の申請などやることたくさんだった。

「この書類をイギリスに送ってくれ。それとこのプロジェクトを日本に申請してくれ」

「‥‥少しお休みになったらいかがですか?この数日間、休まず働いているじゃないですか」

「早く国民が安心して暮らせる環境と、世界を平和にしたいんだ。それにまだ会見を開いていない。世界会議が終わったこと、戦争終結が可決されたことを早く国民に知らせなければ‥‥」

「それはわかっていますが、あなたが倒れられてはそれこそ復興も何もかもが遅れてしまいますよ」

アキムは何も言わずに黙々と書類を片付けていった。秘書の言葉など聞いていないようだ。レターナは怒りを覚えたが仕事に火がついた兄は手が付けられないと知っているので仕方なく、早く仕事が終わるよう自分も協力をした。


レターナのおかげか2、3週間はかかる書類の署名、作成が1週間で片付くことができた。

そして世界会議の結果を国民に報告するため会見を開いた。

会場には世界会議開催前の会見時同様、多くの国民が集まってくれた。

「本日はお集まりいただきありがとうございます。会見を開かせていただいたのは他でもない世界会議についての報告です」

あたりを見渡すと国民は不安な表情を浮かべている。もしかしたら失敗したのではないか?そう思っているかもしれない。アキムはこれ以上不安をあおらないよう本題へと入る。

「世界会議は無事成功に終わり、全世界の代表による署名のもと戦争終結は可決されました」

国民の顔色は一気に変わった。不安の表情ではなく歓喜の色に変わった。

「戦争で奪われた領土は返却され、差別もなくし、貧困の国には食糧、資源を分け与え、復興なども世界中が協力し合い行います!」

「うわあぁぁぁぁぁ」

喜びの声が上がった。抱き合っている者もいれば、涙している者、感激のあまり座り込んでいる者もいる。30年耐えてきた戦争がやっと終わりを迎えたのだ。

「私、アキム・マハノフが戦争終結をここで宣言いたします!」

ようやく肩の荷が下りた気がした。ここまで長い道のりだった。戦争を終わらせることが不可能かとそう思った時もあった。しかしこうして成功をおさめ平和が訪れる。アキムは泣きそうになったが堪え、国民の歓喜を浴びていた。


もちろん新聞でも戦争終結は大きく取り上げられた。

[マハノフ大統領が考案した世界会議によって戦争終結!30年間の戦争に終止符が打たれた]

新聞には会見時のアキムの写真が大々的に飾られていた。会見会場に行けなかった者が新聞を手にし、テレビを見て一気にロシアはお祝いムードになった。

国は花火を打ち上げ、国民はお店を久しぶりに開店し、客でいっぱいだった。戦争中はこんなことはできなかった。都会はいつ空爆があるか、田舎はいつ戦場になり果てるかと恐れ飲食店などほとんどが店を閉めていた。恐れていた30年間、誰もが生活をしていた。しかしそれももうお終いだ。

「戦争終結に乾杯!」

とある飲食店では10人の大人が片手にクラフトビールが注がれたガラス製のコップが持たれていた。男たちは乾杯を合図に勢いよくコップ同士を鳴らす。ビールが少し零れたが気にせず皆、一気に飲み干した。

「くはぁ。これで心置きなく酒が飲めるな」

「ああ。戦争中は禁酒だったからな」

「久々にうまい」

店員に全員もう1杯ビールを頼み会話を楽しむ。戦争で会うこともできなかった友人とまたこうして会話を交えながら酒をかわすことができる喜んでいた。

「お待たせしました。クラフトビールです」

10杯のビールがテーブルに置かれる。

「さて、もう一度やるか」

コップを手に取り上に掲げる。

「世界平和に乾杯!」

この店だけではない。他の場所でも酒の解禁により戦争終結を祝っていた。



婚約者。もう少しで戻ってこれるんでしょ?」

「そうなの。でも全員が一度には戻ってこれないから来週あたりに帰ってくるんだって」

ケーキと紅茶やコーヒーなど飲み物と一緒に女子会が行われていた。

「よかったじゃない」

「本当に良かったぁ。手紙を出しても返事が返ってこなかったし」

1人の女性が涙を流し他3人が背中をなぜて励ましていた。どうやら泣いている彼女は戦争に行っている婚約者がいたようだ。

結婚を控えていた2人だったが、戦争の状況は悪化し彼は戦場に赴かなくてはならなかった。手紙のやり取りも戦場が厳しい状態だったため難しかったのだ。

「よかったわね。‥‥でも彼の前では泣いてはだめよ。再会の時は笑顔でね」

「わかってる。最高の笑顔で迎えなくちゃ!」



「パパ。おかえり!」

軍の制服を着た父親が3歳の息子を抱きかかえた。戦争中に負傷をしてしまい頭に包帯がまかれているが、それ以外は問題がないと家へ帰ることができた。

「ただいま」

妻も笑顔でいおうとするが涙が止まらずにいた。2年間音信不通でいた。もう帰ってこないかもしれないとあきらめかけていた。しかしアキムにより世界会議が開催され、戦争が終結した。帰ってくる。喜びで涙が止まらなかった。

そして今、夫は目の前にいる。早く「おかえりなさい」と言わなくてはいけない。そう思っていても声が出ない。涙があふれるばかりだ。そうすると夫がハグをしてきた。

「ただいま」

長い間感じていなかった夫のぬくもり。涙はおさまるどころか増えていく一方だ。

「おがえりなざい」

やっと出た言葉。妻は強く‥‥強く抱きしめる。聞こえる鼓動、生きている証でありこれが現実であることを教えてくれる。夢ではない。現実だ。

戦争を終わられてくれたマハノフ大統領には感謝しかない。だって戦争を終わらせただけではなく夫を、またこうして迎え入れられたことを‥‥。



戦争終結を歓喜しているのはロシアだけではない。他の国だってそうだ。

「これを向こうに持っていけ」

「わかりました!」

こちらの国では戦争で全壊した家を建て直していた。足りない材料は他国に要請をして軍が運んでくれる。始めは敵国であった軍を迎え入れるのはことに国民は少々警戒をしていた。しかしそれも最初の内だ。協力して建物を建て、戦争以前の環境になってきた。

飢餓で苦しんでいた国では少し食糧に余裕のある国が分け与え平等に食糧が行き渡り飢餓で苦しむ者は減少していった。

戦場と化してしまった畑の再建は中々難しいものだった。始めは何度も畑を耕しても、何度作物を植えても枯れてしまい、うまく育つことがなかった。

しかし数か月経つとやっと作物が育ちだし少量ではあるが野菜が収穫できるまでに至った。

こうして敵国関係であったのが次第に和解し、平和な世の中が出来上がりつつあった。



——アメリカ——

「戦争が終わり、国は和解していき平等な世界へ‥‥戻る‥‥か‥‥」

「くだらない話だ」

そういったのはクーパーだ。クーパーは人を操って戦争をやりたい戦闘狂、戦勝終結してしまっては人を拷問することもできない。だから不満を大統領であるコリーにぶつけているのだ。コリーは戦争終結の同意書にサインをした1人なのだから。

「クーパー。これは次の戦争に向けての準備期間だ。どうせまたしびれを切らしたバカな国が戦争を始める」

「‥‥‥それならよいのですが‥‥‥」

言葉でそういってもまだ納得していない表情だ。

「そういえば他の国の動きはどうだ?わざわざ他の国に軍を派遣していると思っているのだ。これは軍を使って偵察を行うためだ」

「部下の話では表ではどの国も復興を目的に軍を他国に派遣しているそうです」

そうどの国も復興に勤しんでいる。では裏ではどうだろうか?

「フランスは復興目的で、兵器の残骸を回収しているそうです。それに気づいたドイツと少々衝突しているそうですが、戦争終結を結んだ手前大きくは動いていませんね。バカが残骸の取り合いをしているだけです」

「それだけ、資源が足りないんだろう。他の国はどうだ?」

「メキシコでは深夜、何やら大きな荷物を製造所に運び込んでいるようです。中身は復興のためと申請してきた鉄や部品などのようです」

「兵器製造に使うためか‥‥復興の支援要請は慎重に選んだほうがいいな」

他国でも思っていることは同じだということだ。戦争終結を結んではいるがこれは単なる戦争準備期間なのだと。

「‥‥ロシアは本当に戦争が終わったのだと思っているようで、復興に一生懸命のようです。全く平和ボケの連中ですよ」

笑い交じりにクーパーは言う。

「まぁ。最初に話を持ち掛けてきたのはロシアだからな。ロシアはしばらく放っておいても良いだろう。‥‥一番警戒すべき国は日本だな」

「あの小規模国家がですか?」

クーパーはまさかコリーから日本という言葉が出たことに驚いていた。戦争中アメリカは日本をあまり警戒していなかったからだ。なぜ日本を一番に警戒するのかクーパーにはわからなかった。

「日本の様子はどうだ?」

「残念ながら日本からの援助要請がないので軍を送っての偵察ができません」

「やはりか‥‥あの会話のせいでこちら側の動きを読まれているかもしれないな」

「あの会話とは?」

コリーはクーパーに世界会議で起こったことを話した。アメリカが行った少年兵洗脳計画をクーパー大将が考え行ったのを見破ったこと、裏社会では義典も残酷非道と呼ばれていること、銃を持ちだし発砲寸前までいったことなどを話した。

「そんなことがあったのですか」

「ああ。日本の内閣総理大臣である義典は何かを隠している。それを探りたいんだがむやみに軍を送っても帰って警戒されかねない。どうすれば良いか‥‥」

「スパイでも送り込みますか?」

「やめておこう。5日間という短い間ではあったが、あの男は恐ろしいものだ。何を考えているかわからない」

クーパーはなぜそこまで日本を恐れなければならないのかわからなかった。

「(あんな島国、アメリカの軍と兵器を用いれば簡単に滅ぼせるのに‥‥なぜ恐れる必要がある!?)」

じわじわと怒りがわいてきた。コリーもクーパーが憤怒しているのに気づいたのだろう。

「お前の言いたいこともわかる。小規模国家ごときがおごりたかぶっていることが許せないのだろ?私だってあの男にあの国に負けたくはない。だが、奴は何かを隠しているのは間違いないのだ。日本に敗北しないため、他国に敗北しないために戦争の準備を進めねばならない」

コリーの言いたいことがわかったのが、憤怒していたクーパーは落ち着きを取り戻していた。

「それではどう戦争の準備をいたしますか?」

「洗脳した少年兵はどうなっている?」

「約70%生き残っています‥‥」

少年兵の言葉を聞いてクーパーは悪い笑みを浮かべた。何やら悪いたくらみを思いつたのだろう。

「それです!少年兵です。少年兵をもっと強化するのはどうでしょうか?」

「ほう、強化とは?」

コリーも乗り気でいる。クーパーが出してくる案はどれも残虐性ではあるがこの2人の案を誰も止めることができない。

「今後の戦争はこの30年とは違ってくるでしょう。月日がたてばたつほど兵器も最新化、テクノロジーも精密化になっていきます。人間も強くならなければなりません。ですが、今は人間も少ない。そこで少年兵の出番というわけです‥‥強化兵を作るのはいかがでしょう」

。クーパーの残酷性がここで発揮されている。ただでさえ少年兵を洗脳することなど人間の倫理を超えているのになぜこんな案が簡単に出てくるのであろう。

「薬漬けにしても良し、洗脳を強くして人間以上のパワーを手に入れさせることも良し、バラバラにして良い部分だけを使うのも良し、なんでもありです。70%も残っているのです。お釣りがきます」

こんなことを考える者がいるのだろうか?いや、そんな狂った者が目の前にいる。

「(全く恐ろしい男だ)‥‥面白そうだな。では私のツテを使って研究者を集めるとしよう」

「ありがとうございます」

「しかし、よく思いつくな。流石、残酷非道の大将と呼ばれているだけあるな」

「たまたまですよ」

コリーは心配事が1つあった。それはこの間のような少年兵洗脳計画をマスコミにリークされた一見だ。

コリーはウォリックがマスコミに流したことは知らない。しかしクーパーは何か知っているようだった。

「お前はこの間の一見、誰がリークしたかわかっているのか?」

「この間の‥‥ああ少年兵洗脳計画がマスコミに漏洩した件ですか。ええ犯人の目星は立っています」

やはりクーパーはウォリックがやったことだとわかっているようだ。あの時反論をしなかったらアレス基地の指揮官8人の中しかわからなかったかもしれない。

「誰だね?」

「俺と同じアレス基地の指揮官です」

「その男、消すことは可能か?」

消す。つまり殺すということだ。コリーはまたリークされることを恐れ、消してしまえばよいと考えたのだ。

「俺は、その意見に反対です」

コリーは驚愕した。まさかクーパーから反対の意見を聞くとは思っていなかったのだ。

「なぜだ?」

「まだ利用価値があると思ったからです」

「利用価値?」

「はい。利用価値です。まぁ価値がなくなり次第ますよ」

「なら良いが‥‥なぜそこまでそいつにこだわる?」

なぜだろうか?クーパーにもよくわからなかった。自分に反論をして今生き残っているのがバード大佐しかいないから?反論し、自分を陥れようとしたのがバード大佐しかいなかったから?陥れようとしてもなお、自分の部下として居続けるから?それとも面白いから?

そうだ面白いからだ。自分に歯向かったあかつきとしてどう楽しむか考えるのが楽しいのだ。

「そうですね。言うならば面白いからです」

「‥‥そうか。楽しみにしているよ。お前がどうその部下を料理するか‥‥私にも見せてくれるのだろ?」

「ええ。楽しみにしていてください」



——日本——

「どうだ。研究の方は?」

義典は1の研究所を訪れた。

「これは、義典さん‥‥いえ、森総理、あなたが資金援助をしてくださったおかげで予定より順調に研究が進んでいます。本当にありがとうございます」

義典に頭を下げたのは、黒髪のミディアムであろう髪がぼさぼさで長さがよくわからない。少しつり目で野望高いブラウンアイの瞳。ジーンズに黒のTシャツ、しわだらけの白衣を着ている。この男はここの研究所の所長、横島紘平よこしまこうへいだ。

「忙しそうだな」

髪がぼさぼさで目の下にクマがあり、寝ていないということがわかる。いつもはこんな格好ではない。しっかり髪を整え、白衣もしわだらけではないからだ。

「先日、新しいキメラの製造に成功しまして」

「それは本当か!」

「はい。よかったらお見えになりますか?」

「ぜひともお願いしたいね」

「ではこちらに」

研究所は広く、道も入り組んでいる。毎日出入りしていなければ迷ってしまうほど。義典がここの研究所を援助してくれたおかげで増築が可能となった。そのために入り組んだ構造となってしまったのだ。

「しかし、研究所ここも変わったな。以前、俺が来た時より人が増えたそうな気がするが‥‥」

「やはり気づきましたか?森総理のおかげでここも大きくなりましたし、勝手ながら人員を増やさせていただきました」

「構わないよ。ここは君のものだ。好きに使ってくれ」

「ありがとうございます。本当に森総理には感謝してもしきれません」

研究所は義典のおかげで回っていると言っても過言ではない。それだけ義典の権力が大きいということだ。

「まぁ、礼と言ってもこの研究を成功させ戦争に使用できるようしてくれればこの程度の投資など安いものだ。何か必要なものがあれば言ってくれできる限り用意させよう」

「はい」

歩いて行くと、動物が何頭も檻に入れられている。ここはキメラを製造、研究をする研究所。実験のための動物がこの部屋で飼育されている。

「今回、完成したキメラは大型かい?小型かい?」

「実を言うと両方なのです。同日に実験を開始していたのですが、2匹同時に完成したのは初めてです」

「さすが、紘平くんだ。素晴らしいな」

「いいえ、僕なんてまだまだですよ」

廊下を歩いていると、次々と研究者たちは頭を下げた。目の前を通っているのは日本を代表する内閣総理大臣とここの研究所長、頭を下げるのは当然の行為ということだ。

「到着しました。こちらです」

この部屋は兵器として完成したキメラを管理する場所だ。そこで完成したキメラの調子をカルテに書き込んでいる女性がいた。

友梨恵ゆりえ、キメラたちの様子はどうだ?」

「紘平さん。バイタルともに正常よ‥‥‥‥森総理がいらっしゃっていたんですね。出迎えもせず申し訳ありません」

「構わないとも。俺の視察は不定期だから‥‥それとあまりかしこまらなくても良いのだぞ?」

「ありがとうございます。しかし森総理は私たちに楽園の場を作っていただいた恩人でもあります。このくらいさせてください」

黒髪のロングストレートにたれ目のブラウンアイ、優しそうであるが執念にも似た瞳をしており、メガネをかけている。白のYシャツ、ネイビー色のタイトスカート、黒のパンプス、白衣を着ている。彼女の名は横島友梨恵よこしまゆりえ。横島紘平の妻であり、ここの研究所の副所長である。

「森総理に先日完成したキメラを見せに来た」

「そうだったんですね。では、目の前に檻を運びますね」

「そうしてくれ」

「実験番号No.50とNo.51をおろしてちょうだい」

「了解です」と研究員の1人がコンピュータを操作し、縦に積まれていた檻2台が義典たちの目の前におろされた。

「こちらが先日完成したキメラNo.50とNo.51です」

No.50の方を見ると大型動物で主体はゴリラだが足は鰐のような鱗と水かきがあり、お尻にはないはずの尻尾がある。尻尾も先の方はとげのようなものが何本もあった。一方、No.51は小型動物には本来ない翼がついており、口には大きな牙があった。本来の姿はウサギだったと思うが異形すぎて原形をとどめていない。

「No.50は尻尾での攻撃が主流で、10mまで延び、水の中にも潜れるよう鰐の足をつけ、ここでは見られませんがちゃんと鰓もあります。No.51は空の偵察が可能です。牙には猛毒が出ており一噛みを受ければ数秒で死に至ります。体には爆弾が仕込まれ、戦車ぐらいでしたら完全大破できる威力を持っています」

「素晴らしいな。視察で新型を見るたび圧倒されるな」

「「ありがとうございます」」

紘平と友梨恵は感謝と共に頭を下げた。

「君たちは有能だよ。つくづく思うよ。我々のと」

「よしてください。僕たちは森総理だからこそ研究を続けるんですよ」

「そう言ってくれると嬉しいね」

義典が紘平を見つけたのは偶然の出来事だった。



それは戦争のために使われていた毒物を開発していた研究所を訪れた時だ。

「よくいらしてくださいました。森総理」

「順調に進んでいるようだと聞いたからね。資金援助の額を上げてもいいか視察に来たんだよ」

「ありがとうございます。ではこの私が張り切って研究所内を案内させていただきましょう!」

所長が順調に実験室を案内する。開発物は危険な毒物のため廊下からでしか案内できない。それでも研究者の説明を聞きながら視察を進める。

視察を進めている中、廊下で男性3人が話をしているのが見えた。

「おい。見たか?あいつまた変な実験をしていたぞ」

「キメラ何だか知らないが、好き勝手に実験しやがって、戦争には無意味だろう?」

「いかれてるよ。あいつは‥‥」

近くに義典がいることに気づいていないのだろう。誰だかはわからないが悪口を言っているようだ。

「(キメラ?)」

「おい。何をしている。森総理の視察中だぞ。さっさと仕事に戻れ!」

ようやく気付いたようで頭を下げ急いで自分の持ち場に戻っていった。

「すいません。森総理、お見苦しいところを見せてしまって‥‥」

「構わないとも‥‥さっきの話は?」

キメラなんとも面白そうな話だ。ここで聞かないバカはいない。

所長に聞こうとするがあまり言いたくないのか、彼は苦い顔をしている。もしかしたら援助の額を上げてもらえないかもしれない、とでも思っているのだろう。しかし言わないほうがもっといけないと思うが‥‥。

「なんだね?さっさと言え」

「‥‥実を言うと、ここで毒物とは違う研究をしている男がいるのです」

「続けたまえ」

「‥‥その男はキメラの研究をしていまして‥‥」

「キメラ?‥‥確か、ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾をもつ、ギリシア神話だったか」

なぜこんな面白そうな人物をこの所長は隠そうとする意味がかわからなかった。

「はい。その‥‥その男は‥‥一言で表すと狂っているんです」

「狂っている?」

何故だ?なぜ狂っているというんだ?こんな命令にしか従わないバカよりよっぽど正常だ。そう、なぜ義典が実費で兵器開発に投資いているのかというと新しいを作ってほしいからだ。「戦争に使う毒物兵器を作ってくれ」と言えば毒物だけを作るなど面白味がない。そこから効率的に言いものを作ってほしかった。しかしここは一向に進歩しなかった。

「(やはり、ここもそのキメラを作っている男以外は‥‥ここの投資も終わりだな)」

投資の終わり。研究所がただ壊されるわけではない。秘密を知る者は少ないほうがいい。そうここにいる研究者に待ち受けているのは“死”だ。

「そのキメラを作っている男のもとに案内してもらえるか?」

「な、何故です!?ここは毒物を専門とした兵器を作る研究所。そんな男がいてもだ」

無意味?義典が一番嫌いな言葉だ。怒りで研究所長を睨みつけた。

「無意味と言ったかね?何が無意味なんだ。我々は今戦争をしている。勝利を収めるにはなんだってやる。無意味なんてことはないんだよ」

これまで見たことのない義典の姿、所長はおびえる。さらに畳みかけるように義典は腰に隠していた銃を取り出し、安全器を解除しスライドを滑らせトリガーに指をかける。そしてなんと、所長の額に銃を突きつけたのだ。

「も、森総理?」

「君、いらないかもね。確かに俺は毒を使う兵器を作れとは言ったよ。だがなにも、毒を使う兵器作るなとは言ってないんだ。俺は新しいものが欲しい。最初に言った言葉だよね‥‥ここには目をかけてやったのに無駄だったな。俺も見る目がないようだ」

所長からは大量の汗が流れていく。殺されるという“死”の恐怖。そして初めて知った義典の恐ろしさ。義典は笑いながらトリガーを引こうとしている。

「‥‥さて、ここで時間をつぶすのも無駄だ。キメラを製造している男のところに案内してくれるかい?」

「‥‥わかりました」

素直に案内をすれば殺されることはないと思ったのだろう。所長はゆっくりと進み始めた。


「ここです」

廊下の窓からのぞくとたった1人の男が顕微鏡をのぞいている。周りにはウサギや犬、両生類などがたくさんいた。

そして男がのぞいている顕微鏡の隣にはウサギの尻尾に蛇を縫合した死骸があった。

「す、素晴らしい」

生きていないのが残念だが、義典はキメラを見て感動していた。このような方法もあるのだと‥‥歓喜に震えていた。

「彼と話がしてみたい。呼んできてくれるか?」

銃を突きつけられた所長は義典の命令に従うしかなかった。

「‥‥わかりました」

カードキーで所長は中に入っていった。中にいた研究者は所長が入ってきて不機嫌な表情をした。どちらも嫌い、嫌われなのだろう。

会話は聞こえないがもめているように見える。そして所長は義典のほうを見て何か言っているようだ。研究者も気づいたのか。急いで研究室から出てきた。

「失礼しました。森総理がいらしていたなんて知らずに‥‥」

研究者は頭を下げた。狂っていると聞いたがどう見ても所長よりまともそうに見える。

「構わないさ。ところで君の名前は?」

「申し遅れました。横島紘平といいます。森総理に直々に会えて光栄です」

「俺も君に会えて光栄だよ。単刀直入なんだが紘平君、新しい研究所で研究所長としてキメラの研究をしてみないか?」

この言葉に紘平と所長は驚愕していた。

「ぼ、僕が‥‥ですか?」

「もちろんだよ。で研究するよりも専門の研究所を用意する。現在新しい研究所を建設中なんだ。そこをキメラ専門の研究所にしようと思う。君の研究に俺は歓喜を受けたよ」

「森総理にそうおっしゃっていただけるなんて‥‥」

「待ってください!」

紘平と義典の会話に入ってきたのは所長だ。紘平が新たな研究所でしかも、研究所長としてキメラの製造を行う。許せなかったのだろう。自分たちが否定してきたキメラの研究が義典に気に入られるなんて‥‥。

義典に見捨てられ、飽きられたら最後に待っているのは死なのは研究者である皆がそれを知っている。それを承知で研究を続けているのだ。

「なんだね?」

「わ、我々はいったいどうなるんですか。ここまで、ここまで日本のために研究を続けていた私たちを見捨てるのですか!?」

「見捨てる?まったくふざけたことを言うのもいい加減にしてもらいたい。ここの研究所最近、俺に報告したことがあったか?研究が成功したことがあったか」

ここの研究所は多額に支援をしていたのにもかかわらず、今まで研究を一度も成功させたことがないのだ。

だから義典は今日、資金援助の額検討と言いつつここを処分するべきか検討しに訪れたのだ。

「‥‥」

「無言ということはここの状況を分かっているということだね‥‥まぁ、言わなくてもわかるだろうけど‥‥ここは処分だな」

「そ、そんな!‥‥これからもっと精進して‥‥」

「すでに遅いんだよ」

右手に持っていた銃を所長の額に突き付けトリガーを引く。血が飛び散り、義典の顔に少し血が付いた。

「汚いな」

スーツの袖で血をぬぐう。スマホを取り出しどこかに連絡をし始めた。

「ああ。俺だ。今俺が来ている研究所を解体してほしい‥‥研究者か?もちろん全員処分だ。あ、面白い人物の彼以外は‥‥。よろしく頼む」

部下に連絡をとり、ここの研究者全員を処分するように命令をした。今日中にこの研究所には誰もいなくなるだろう。

「さて、話がだいぶ脱線したな」

所長が目の前で殺されたのにも関わらず紘平は平然とし、所長を見下していた。

義典はもう使わない銃を腰のホルスターに戻した。再び紘平をスカウトし始めた。

「もう一度きちんとスカウトさせてくれ‥‥新たな研究所で研究所長としてキメラの製造をしてみないか?」

義典は右手を差し伸べた。

「もちろんです。最高のキメラをお見せできればと思います!」

紘平は義典と握手を交わした。


そしてその翌日、横島紘平以外の研究者は処分が下され墓場行きとなった。

研究所が閉鎖され、研究者が処分されることは日本では珍しくない。結果を出さなければ殺される。だから研究者は成果を出すために死ぬ気で頑張っているのだ。

そしてキメラの研究を新しい研究所で行った。義典の判断は正しくまだ初期段階であったにもかかわらずキメラを完成させることができた。

1人で研究を行うのは少々無理があると思い、義典が優秀だと思った研究者を紘平の研究所に移した。

そして横島紘平は日本では有名なマッドサイエンティストとなった。友里恵とは研究者増員のため他の研究所を訪れていた時、紘平が一目ぼれをして結婚したのだ。

そしてここの研究所で紘平は所長、友里恵は副所長となっている。



「そういえば世界会議はいかがでしたか?」

世界会議を思い出して、義典は大きなため息をついた。

「つまらない会議だった。まるで茶番劇だったな」

「その感じでは驚異的になりそうな国はなかったようですね」

「そうだな。‥‥少し警戒するのはアメリカぐらいだろう」

「アメリカが‥‥ですか?」

義典はここに来ると紘平と友里恵の3人で少し話をする。戦争中忙しい中もここによく足を運んだ。

戦争状況をよく聞くが義典いわく驚異的な国はいないとしていた。キメラの製造を行っているがまだ戦場で使われたことはない。

それはなぜか?まだ研究中というのもある。それ以前にまだ使うような境地に陥っていないということもふくまれるが‥‥。簡単に手の内を明かしてもよいことなどない。

しかし今回義典は、少しではあるが驚異的な国があった。警戒を行いつついつでも使えるようにキメラを万全な状態にしなければならない。

「隠していたつもりだったのだが、少しの雰囲気で感づかれてな。何か、隠しているんじゃないか。と言われた」

「キメラ計画を知っていた?」

「いや。そうではないだろう。日本にスパイを送り込んできたのはロシアだけ、そのスパイは今収監中‥‥復興中であるがアメリアには支援要請もしていないしな。まずキメラ計画を知ることはないだろう」

アメリカがスパイを送ってきたとの情報はない。そう簡単に情報を漏洩するほど義典も愚かではない。

「森総理。今後はどうしていくのですか?」

「今後か‥‥君たちは引き続きキメラの研究を行ってくれ‥‥再び行われる戦争のために‥‥」

「どのくらい持ちますかね?」

紘平もわかっているようだ。30年も行われた戦争がたった5日間の話し合いで終結した。そんなうまい話はないと‥‥。

「4、50年もすれば人口爆発による争いがおこるだろう。それまでの辛抱だ。我々人間の寿命も少しずつ延びている‥‥争いごとがなくなるはずはないのだ」

「わかりました。我々は引き続き研究を続けます」

「キメラの強化もいいが私はもっと寿命が延びたほうがいいかな?」

「やはりお気づきでしたか。寿命を延ばすことが今の我々の課題となっています」

「早いな。スカウトした甲斐があったということだ。2人とも頑張ってくれ」

「「はい」」

2人は頭を下げ、義典は研究所を去っていった。

「紘平さん。森総理に言わなくてよかったの?」

「うん?例の実験か‥‥まだいいだろう。研究段階でしかないし、そもそも成功するとも限らない。それと数も少ないからな。実験は限られる」

紘平は笑みを浮かべこういった。

「さて、今後はどうなるのか‥‥楽しみだ。ああ、今から楽しみだ」

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