世界会議(World Congress)

世界会議(World Congress)が考案され、行われるまで長い時間ときだった。


しかし今後、更なる波乱が待っていると立案者は思っていなかっただろう。




現在ロシア軍は資源維持のため国境まで後退をしていた。


ロシアもアメリカと同じように資源、人員、食糧が不足している。少しでも温存できるようにと大統領からの指示だった。


「全軍。後退せよ」


上官からの命令は前線で戦っていた兵士にとって、信じられないことだった。


「なぜ?俺たちが後退しなくてはいけないのだ!」


「まだ戦えるというのに‥‥。大統領は他国にロシアを明け渡す気なのか?」


「仕方ない。それに資源や食料だって不足している。今は後退が良案だ」


「くそっ」


今まで最前線で戦い仲間を何人も失い、見てきた者にとって後退とは屈辱でしかなかった。


こうしてまだ戦えると訴えかける兵士もいたが、負傷者も少ないわけではない。負傷していない者は負傷者に手を貸し、国境付近にある臨時に設置されたキャンプ基地へと後退した。


後退を悟られ、敵国が攻撃を仕掛けてくる可能性も少なからずあった。


しかし前線を進行する人員、資源が底をつきかけているのもまた事実、国境だけは突破できないように前線の監視と防衛を主に行っている。


「大統領や上官たちは何を考えているんだ?」


「さぁ。流石に俺にもわからない」


キャンプ基地は周囲と前線の監視を交代しながら皆、体を休めていた。


これまで休みなしに敵国との戦争を行っていた。皆、心身ともに疲労しており限界を迎えていた。だから後退したことは体を休めることもできたのですべてが悪いわけではなかった。


早く疲労を回復して、いつでも戦えるようにと皆思っていた。


待機中の夜、建物もなにもない場所で戦闘しているため月は満月で明るく星々も輝いていた。ここが戦場でなかったら天体観測には最適の場所だっただろう。昔はそうだったかもしれない。


しかしここは戦場だと強く思わせる。ロシア軍は後退したものの他の場所では戦闘をひっきりなしに行われている。爆発音や銃声、照明弾の明かりもあちこちにあった。


ロシアは国土が広いため国境付近でロシアとではなく敵国対敵国が戦闘を行っている場所だってある。


戦争はいつ落ち着くのか。終わることがあるのだろうか?皆、誰もが思っていることだろう。


ここにいる者たちは祖国の勝利がために戦っているのだ。


本当は戦争なんぞしたくはない。そんな気持ちでいる者も少なからずいるはずだ。


しかしこの戦争は国を賭け、国の存亡を賭けている。そのため生ぬるいことなんて言ってられない。


「どういうことですか!?」


早朝。まだ日が差していない時刻、いくつもあるテント1張りから大声を出している者がいた。


「何だ?」


その声は外にいる者たちにも聞こえ、何事かと大声が聞こえたテントを見る。確かそこのテントは上官指揮官と連絡が取れる指令室のはずだ。


まさかここをかぎつけられ、敵国軍が攻めてくるのか?外にいる者からは緊張の空気が流れる。もしそうだとしたら急いで戦闘準備をしなくてはならない。


「どうなっているんだ?」


ここは負傷者も多くいる、早く行動を起こさないと負傷者を見捨てて見殺しにしなければならなくなる。それだけは絶対にしたくはない。




「どういうことですか!?」


ここは指令室のテント。付近の映像確認、他の基地との連絡、上官への報告、連絡係など30人が仕事をしている。


そして今上官から連絡を受けた者が大声を出した。


全員が声の方を向く。すると連絡を受けた少佐が、慌てており汗もかいている。


「もう一度説明してください!」


『もう一度言う。マハノフ大統領による大統領命令だ。各国の代表を首都モスクワに集め、話し合いの場を設ける。その名も“世界会議”だ。これから大統領自ら各国に声明を出す。どの国がどの反応を示すかは不明だ。指示があるまで引き続き待機命令。何があろうと敵国が手を出すまで何もするな。報告は以上だ』


話がよくわからない。世界会議。モスクワに各国の代表を集め話し合いの場を設ける?大統領は何を考えているんだ。しかし大統領府がある本部にいない少佐は何もできることはない。大統領が待機命令と指示をしているのならば待機していなければならない。


「わかりました」


『世界会議の開催が決定した場合、モスクワ護衛のため撤退命令が下る可能性もある。準備しておくように』


「はっ」


通信は途絶えた。皆に何と説明したらいいかわからない。


周りを見ると心配な目で少佐を見ている。


これだけの大事な大統領命令だ。一度全員を招集して話す必要がある。


「皆を招集する。時刻はこれから1時間後だ」


「はっ」


5、6人が敬礼してテントから出ていく。


「(良い方向に進めばいいが)‥‥世界会議か‥‥」


大統領命令とはいえ世界会議という訳のわからないものを世界中が認めるだろうか?30年間も行われている戦争、血と血で争っているこの戦争中‥‥世界の代表たちは敵国に赴くだろうか?


それはやってみないとわからないことだ。




外で待機していた男の同期がテントから出てきたので尋ねてみた。


「何かあったのか?」


「ああ。少佐が皆を招集するようにと。時刻は今から1時間後だ」


「わかった」


やはり何かあったんだな。全員が招集されることなんてほとんどなかった。


部隊によって命令内容は様々なためだ。


監視部隊に隠密部隊、戦闘部隊——戦闘部隊のほとんどは前線——部隊によって任務も違う。


それが全員招集となると何か一大事なのだろう。




1時間後。広場にキャンプ基地にいる計500人——動ける者のみ——が集まった。


用意してあった舞台に少佐が上る。全員が一斉に敬礼をした。


「今から言うことは大統領命令だ。マハノフ大統領は世界各国の代表を集め、世界会議という話し合いの場をモスクワに設けると言った」


「世界会議?」「大統領は何を考えているんだ?」「今は戦争中だぞ」「すべての国が了承すると思っているのか?」


聞きなれない世界会議という言葉。なにより世界各国の長をモスクワに集めるというのが一番わからないだろう。


しかし少佐は話を続ける。


「我々は今、待機命令が下っている!しかし世界会議が開催決定した場合、我々は撤退しモスクワの護衛にあたるようと指示を受けた。各自撤退が即時行えるように準備しておくように。以上だ」


皆はまだ納得していない顔だ。誰だって急に世界会議や各国の代表をモスクワに集めるなど納得していないし、なぜそうに至ったのかもわからない。


今まで戦ってきた者は国のためにと戦ってきた。国が滅ばないようにロシアの勝利のために‥‥。


世界会議でこの地獄が変わる可能性があるのならば‥‥。


「‥‥我々は祖国のために戦ってきた!今後国がどうなるかはわからない。今後何がおころうとも祖国を守り続ける!それが我々軍人の仕事だ。気を引き締めろ。いいな!」


「はっ!」


全員が敬礼をした。先程まで納得していない表情だったが気を引き締まった顔になった。今後祖国に何があろうとも、この者たちなら勝利できるだろう。


「我々、祖国に栄光あれ!」






——ロシア大統領府大統領室——


“世界会議”の発案をしたのはロシアの大統領だった。


ロシアもアメリカと同じ資源や人口減少による人手不足に陥っていた。


戦略を考えている作戦会議は大統領室で行われていた。大統領を含めロシア軍の元帥、大将や大佐20人が参加していた。


大統領は大理石の机、革製の高級な椅子に座り、元帥や大将は大統領机の前にある3人掛けソファーに3人、テーブルをはさんだ3人掛けソファーに3人と計6人が座っている。残りの少佐や大尉はソファーの後ろに控えていた。


「資源、人員、食料も不足。このままでは戦争の決着がつく前に滅びかねないぞ」


「‥‥しかし。それはどの国も同じことだろう」


ロシアは資源温存のため後退をしているが、問題はこれで解決ではなかった。


畑を進行のため荒らしてしまい作物ができなくなってしまったのだ。大都市には大勢の国民がいる戦場にしてしまった村の避難民がいる。そのため大都市侵略は第一に避けなければならない。そのため田舎である畑のある広い場所が戦場となってしまうのだ。


仕方のないことだったが、まさかここで問題が生じるとは‥‥。


「なにかいい案はないのか?」


元帥の1人が聞くが、他の者は沈黙したままだ。ロシアも勝利のため作戦を模索していた。しかしどの案も資源や人員、食糧の消費が激しい。


雲行きはだんだんと怪しくなり、考えるほどロシアの勝利が遠のいていく。


どうすれば資源、人員、食糧問題が解決できるのだろうか?


「兵器の開発者は何と言っていた?」


「残りの資源では新型兵器だけでなく通常の兵器製造、開発も難しいようです」


「無理もない。新型を作り出すのに多くの資源を使ったからな」


ロシアは新型兵器をいくつもつくりだし、戦争に有利となった。新型兵器には大量の資源が必要だ。そのため大量の資源を消費してしまった。


新型を開発するには開発費と資源が必要だ。それは仕方ない出費、戦争で勝利を収めるためには必要不可欠なのだ。


「大統領はどうお考えですか?」


茶髪の天然パーマで最近寝ていないのか目の下にはクマがあり、疲れ切っている瞳のブラウンアイの瞳をしている。グレーのスーツにベストを着用している。


現在就任しているアキム・マハノフ。30年前から就任していた大統領が敵国のスパイにより暗殺されてしまったのだ。そしてその時の副大統領であったアキムが大統領となり仕事を行っている。戦争中のため選挙なんてできない。今は副大統領に席は空いている。それならばアキムが副大統領を決めてしまえばいいと誰もが思うが、激しい戦争の指揮や国の統治まで行わなければならない。激務がため選出することができないのだ。


「ロシア勝利の確率は何%だ?」


ソファーの後ろに控えていた大尉が、曇った顔でアキムを見た。


そんな表情を見てしまったら、どれだけ勝算が低いかわかってしまうではないか。


「‥‥‥勝算は30%‥‥です」


低い。50%であれば勝利もあると考えられた。しかし現在の状況で30%未満。このままではロシアが滅びるか、他国に占領されるかのどちらか。このどちらかになるのも時間の問題だろう。


しかしロシア勝利のために多くの者が軍人となり前線で戦ってきた。もしロシアが負ければ戦死していった兵士に顔向けできない。


戦場で戦ってきた兵士だけではない。国民はロシアの勝利のためと食糧や資金を援助してくれていた。


ロシアの敗北は絶対にあってはならないのだ。


「‥‥全世界の代表を集めて話し合いの場をつくるのはどうだろうか?」


ここにいた者全員が驚愕していた。


当たり前だろう。世界中が現在戦争中にもかかわらず、敵国にわざわざ赴き話し合いなどできるものか?


「しかし大統領。もし各国の代表を集められたとして何を話し合うのです‥‥まさか戦争を終わらせるなどではありませんよね?」


「いや、そのまさかだ。私は全世界の代表を集め戦争終結をし、平和協定を結びたいと考えている」


さらに皆が驚愕する。戦争を終わらせ平和協定など結べるものなのだろうか?30年という長い間戦争をしているというのに‥‥。


「よくお考えください。マハノフ大統領!確かに戦争を終わらせることができればロシアは滅ばずにすむでしょう。しかしどの国もが敵国にまで足を運び話し合いの場所に来るとも考えにくいですし、そもそも戦争終結自体を望んでいる国があるとも限りません」


「そんなことは私だってわかっている」


「では!」


「すでに我が国は国境まで後退を始めている。このままではロシアは滅びかねない。しかしスパイを送り込んだ。日本、ドイツ、アメリカ、ブラジル、オーストラリアは後退してなくとも我が国と同じ状況に陥っている。この時、この時しかないのだ!各国の長を集めた話し合いを行うことを伝えればきっと食いついてくる国もあるだろう。私はそのわずかでも戦争終結に賭けたいのだ!」


アキムは必死だった。ロシアの存亡を懸けているのだ。


その必死さはこの部屋にいる誰もが理解できた。アキムの目の下にはクマができて、寝る間も惜しんで国のため国のことを考えていたのが伝わってきた。


「試してみなければ何も始まりません。私は大統領の指示に従うまでです」


元帥の1人が立ち、アキムに向かって敬礼をした。他の者たちも次々と立ちだし敬礼をした。この行動はアキムの案に同意し、ついて行くと意味をこめられた敬礼である。アキムはなんと恵まれた部下たちに出会えたのだろう。皆には感謝してもしきれない。


「ありがとう。では世界各国に文面、声明を発表しよう」


「はっ!」




アキム大統領は早速各国に向けて文面、声明を発表した。このことはメディアもニュースで大々的に取り上げられた。


「ロシアのアキム・マハノフ大統領は戦争中にもかかわらず各国に向けて声明を発表しました。世界会議を行いたいと言います。内容はなんと戦争終結。他国はどう反応するのでしょうか。そして戦争終結し安息した時代が訪れるのでしょうか?」


大統領府前には多くのメディアや国民が集まっていた。現地に集まれなかった者はテレビで、戦場ではラジオで大統領の発表を待っている。


カメラのシャッターがまぶしく光る。ここでアキムが会見を開くのだ。国に向けて、世界に向けて‥‥。世界中にこの声明を届かせるためには回線をオープンにしなければならない。そんなことをすればロシアの情報は駄々洩れだ。しかしアキムはそのことを承知で行おうとしている。答えを聞く前に他の国に占領されるかもしれない。そんな危険を承知で行おうとしている。


「(もし、答えが出る前に敵国が攻めてきた場合は全兵力を持って阻止する。それがどんなに無謀な戦いになろうとも‥‥全力で!)」


設置されている舞台の裏でアキムは強く拳を握り締め覚悟を決めた。今後何が起こるかわからない。しかしアキムは戦争を終わらせるためならば何でもやる。


「マハノフ大統領。準備が整いました」


アキムはメディアが待った舞台に足を踏み入れる。それと同時に全世界のネットに回線をオープンした。もちろん軍は他国に攻撃されないよう注意を払って。


世界中がこの会見を見ていた。


「今、大統領がお見えになりました!いったい世界にどんな言葉を発するのでしょうか?」


シャッター音や光は一段とまぶしくなった。そしてアキムは中央に設置されたマイク台に立つ。


「まずは我が国であるロシアの国民に‥‥私たちはこれまで国のために戦ってきた。しかし本音を言うと現状は厳しい状態だ。こんな無能な私を許してくれ」


アキムは頭を大きく下げた。もっとよく戦場状況を理解し、迅速な対応をしていたら現状は変わっていたかもしれない。しかし過去は変えられない。今は未来に向けて考えるしかないのだ。


「だが!私は他国にロシアを渡す気はない。これまで戦ってきてくれた兵士の命を無駄にはしたくない。私は宣言する。いまここで!戦争を終結させ平和な世の中を作り出していくと。そのためには我がロシアの国民の力が必要だ。私に。そしてロシアに力を貸してくれ!」


「うわあぁぁ。おぉぉぉおお」


歓声は大きかった。


この声は国民が承諾してくれたと強く思った。できる。


戦争を終わらせることができると‥‥ここで強く思った。


「それでは世界に向けて声明を発表しよう」


アキムは真剣な顔つきになり、国民の歓声は静かになる。


これまで何度も秘書と打ち合わせをしていた。どうすれば世界に通じるか。どうすれば世界を動かすことができるか。


本当に戦争を終わることができるのか?


初めての試み、不安は多くある。しかしやらなければ何も始まらない。


アキムは深呼吸をし、覚悟を決める。もしかしたら世界会議の発案者として殺されかねない。この声明発表には大きなリスクがあるのだ。


「世界各国の長の皆さま。私はロシア大統領アキム・マハノフです。現在我々はあなた方国と戦争を行っています。我が国は戦争を終わらせたいと考えています。急なことですので他国の皆様も混乱していることでしょう。そしてご納得していない国もあるでしょう。そこで我がロシアの首都モスクワで話し合いの場を設けたいと思います。その名も世界会議(World Congress)。参加は自由ですが、参加していただけると嬉しく思います。返事の期限は1ヵ月。すべての国の返答がつきましたら世界会議の日程をお知らせします。良い知らせが聞けることを期待しております」


アキムはもう一度頭を下げた。


戦争中にも関わらずこんなにも必死に戦争終結を望み、世界にはロシアの長である者が頭を下げるなんて、他ではないことだろう。


「(神よ。どうかこの私に恵みをください)」


アキムは熱い神への信仰心があった。毎日、毎日、アキムは祈りを欠かさなかった。


どうか。この努力が報われるようにと‥‥。






——日本——


『世界各国の長の皆さま。私はロシア大統領アキム・マハノフです。現在我々は戦争を行っています。我が国は戦争を終わらせたいと考えています。急なことですので他国の皆様も混乱していることでしょう。そしてご納得していない国もあるでしょう。そこで我がロシアの首都モスクワで話し合いの場を設けたいと思います。その名も世界会議(World Congress)。参加は自由ですが、参加していただけると嬉しく思います。返事の期限は1ヵ月。すべての国の返答がつきましたら世界会議の日程をお知らせします。良い知らせが聞けることを期待しております』


日本もロシア大統領による会見を国会議事堂で見ていた。総理、官房長官、自衛隊陸将、海将、空将、そして都道府県知事がなど日本のお偉方が一堂に集まっていた。


「世界会議‥‥か‥‥。ロシアはいったい何を考えているんだ?それに課題は戦争終結。30年も続けていた戦争が話し合いで簡単に終わると思っているのか?」


「罠か?各国の代表を集め一同に殺すという考えもある」


「ですがそんなことをすれば一気に敵国が攻めてくるのでは?我々だって総理を殺されたら黙ってはいません。そしてロシアはすでに国境まで後退しています。本当に戦争終結を望んでいるのではないでしょうか?」


誰もが腕を組み考える。ロシアの目的は本当に戦争終結なのではないかと。このことに嘘偽りはないのではないかと‥‥。しかし事を慎重に運ばなければ日本の代表を失う可能性だってあるのだ。


「他国の動きは?」


「海上では他国‥‥いえ、全世界が攻撃を中止しています。数国はロシア同様、国境まで撤退しているところも」


「陸上でも同じです。総理、ロシアの案、乗るべきではないでしょうか?」


陸上自衛官陸将が答えた。他の者は耳を疑うような表情をした。


今の今まで戦争を行い、恨み、憎みあっていたなかにロシアからの信じがたい提案。そんな簡単に信用してよいのだろうか?


「うむ。良いかもしれないな」


発言したのは黒髪を7:3にきれいに分け、黒の瞳には悪い考えをしているような、そして何か余裕のある目つきをしている。ネイビー色のスーツ、ネクタイで、Yシャツは青のストライプが入っている。この男は日本内閣総理大臣の森義典もりよしのりだ。


「森総理。理由をお聞かせ願えますか?」


「答えは簡単だ。今、日本で行われているキメラ計画を進めるためだ」


キメラ計画?何のことだかよくわからない。しかしこの部屋にいる者、全員は納得をしている。


「我が国にスパイを送り込んだ国には、資源や人員が不足していると嘘の情報を流した。戦争終結を望んでいる国と望んでいない国だってあるだろう。‥‥我々のようにな。だから世界会議に出席し戦争終結を同意しつつ準備するのだ。少しでも戦争終結の期間が延びればそれだけ心置きなくキメラの研究が‥‥そして新たな戦力をつくる時間ができる」


日本はなんと他国が問題視していた資源や人員不足なんてしていなかったのだ。それどころか戦争に有利になるよう、全国から研究者を東京に呼び新型兵器の開発や義典が言っているキメラの研究を現在も行っている。


しかし日本が圧倒的有利だとは他国からの情報はない。日本は、義典は、あえて有利であるところを隠しとっておきの兵器であるキメラを、今後日本の強さを世界中に知らしめるためあえて不利な状況と世界に情報を流しているのだ。


「キメラ製造の方はどうなっている?」


「現段階ではまだ戦争に出すことはできませんが、順調に進んでいるとのことです」


「そう急がせても実験が失敗に終わるだけだ。それだけはなるべく避けたい。今まで通り研究を続けるように伝えてくれ」


「わかりました」


キメラ。生物学で同一個体の中に遺伝子が異なる組織を互いに接触させて存在する現象のことをいう。


ギリシア神話に出てくるライオンの頭、ヤギの胴、蛇の尾をもつ怪獣なら誰も想像できるだろう。


キメラを作り出すなど誰が思いつくだろうか?しかしあらゆる研究者や開発者を集め、兵器製造、研究を行っていた1人の男がキメラを製造する研究を行っていたのだ。義典はその男を偶然見つけ1つの研究所を与えた。今ではどの研究所よりも大きな成果を上げている。


「しかし、キメラですか‥‥面白い発想をした持ち主が日本にいたとは幸運でしたね。森総理」


「全くだ。この切り札があれば我々日本の敗北なんてありえないからな」


「まさに日本が誇るマッドサイエンティストですよ。彼らは」


一体キメラの研究を行っている男はどんな人物なのか?‥‥それはまだわからない。


「そういえば、森総理。ロシアが送り込んできたスパイ工作員はいかがいたしますか?」


「5人はそのまま収容所に収監して後5人はキメラ製造を行っている研究所に移送しといてくれ」


ロシアが送り込んできたスパイ工作員は現在、東京留置所に収容されている。ただ収容されているわけではない。偽の情報をロシアや敵国に流し、他国の戦争状況をスパイから聞き出し拷問ている。


「わかりました。看守にそう伝えときます。キメラ研究所のほうにはどうされますか?」


「そうだな。今から連絡して許可が出たら移送してくれるか?」


「わかりました。では、森総理失礼します」


東京都知事は5人のスパイ工作員をキメラ研究所に連絡、移送するために義典たちに一礼をして部屋を出た。


「世界会議についてはロシアに参加ということで返答しますか?」


「ああ。そうしてくれ」


「わかりました」


官房長官も、義典たちに一礼して部屋を去った。


官房長官の仕事は内閣の取り扱う重要事項や、様々な事態に対する政府としての公式会見などを発表することだ。それだけではない官房長官の仕事は総理大臣の代理も行う。だからロシアに世界会議の参加の返事を官房長官に行わせる。そしてロシアの案に乗り世界会議に参加することを国民にも発表しなくてはならない。その準備をしに行ったのだ。


「我々日本の勝利も目前といったところか」


義典は悪い笑みを浮かべる。この男からはクーパーのような残酷非道の匂いを感じる。しかしそんなことなど誰も知らない。


「全くです。早く日本の脅威を世界中に知らしめたいですね」


全員が頷いた。皆、日本の勝利を確信しているからだ。


「世界会議か‥‥面白くなってきたな」






——アメリカ——


「集まってくれたか」


アメリカ大統領府に集まったのは、全軍の指揮をしているクーパーやウォリック9人のアレス基地指揮官たちだ。


「緊急招集と伺いましたがいかがいたしました?ダレル大統領」


「君たちの意見も聞きたくてね」


大統領の席に座っている者はコリー・ダレル。大統領としては最年少の35歳だ。アメリカの法律では大統領になるには少なくとも35歳以上ではなくてはならない。


金髪のショートヘアに青くきれい輝く瞳。ブラウンカラーのスーツ、ネクタイ、ベストを着ている。


「ロシアの声明‥‥世界会議をどう思う?」


やはりそれか。クーパーもウォリックも予想はしていた。軍全体、そして国民たちは世界会議の話でもちきりだからだ。


最初はメディアが大きく取り上げていたクーパーによる少年兵洗脳計画が大きく取り上げられ、デモが行われるほどまで国民は激怒していた。ロシアによる世界会議の声明発表がなければウォリックのクーパーを刑罰にかけ、解雇させる計画は成功していただろう。しかしその計画は失敗に終わった。


「(もう少しで、あともう少しでキャンベル大将を解任させることができたのに‥‥このタイミングで!どうして‥‥どうしてこうなった!?)」


一度公になった少年兵洗脳計画。大統領も公になっては、解雇ではなくともクーパーに何かしらの処分が下ると思っていた。しかし大統領はロシアによる世界会議についてしか話さず、クーパーの処遇は何も言わない。


「(大統領もか‥‥この国は腐っている!)」


「どうした?バード大佐」


厳しい顔をしていたのか、ここにいる者全員が見ていた。


「な、なんでもありません」


まずいと思ったウォリックは頭を下げた。自分がメディアに情報を漏洩させたことをクーパーと大統領に悟られてはいけない。気づかれれば自分が処分されかねない。最悪の場合はクーパー自らの手で殺されるだろう。気を付けなければならない。


しかし時すでに遅かった。クーパーは鋭い目つきでウォリックを睨みつけていたのだ。


「(まさか‥‥な)」


ウォリックはクーパーに見られていることに気付かなかった。


「気を引き締めろ。バード大佐。今は一大事なんだぞ」


「申し訳ありません」


「さて、もう一度問うが‥‥世界会議をどうとらえる?」


皆が考え出す。


「‥‥罠‥‥ですかね?」


やはりアメリカもそう思った。あまりに都合のいい世界会議の要請。罠だと思わない国なんてないだろう。それに世界会議の内容は誰もが疑う戦争終結。ロシアを疑わないほうがおかしい。


「一度、ロシアの声明を聞いてもいいですか?」


「構わない」


『世界各国の長の皆さま。私はロシア大統領アキム・マハノフです。現在我々は戦争を行っています。我が国は戦争を終わらせたいと考えています。急なことですので他国の皆様も混乱していることでしょう。そしてご納得していない国もあるでしょう。そこで我がロシアの首都モスクワで話し合いの場を設けたいと思います。その名も世界会議(World Congress)。参加は自由ですが、参加していただけると嬉しく思います。返事の期限は1ヵ月。すべての国の返答がつきましたら世界会議の日程をお知らせします。良い知らせが聞けることを期待しております』


ウォリックは集中して声明を聞く、声のトーンなどで嘘偽りがないかを確認しているのだ。


「全く何が戦争終結だ。くだらん」


クーパーはそう吐き捨てた。クーパーは部下を駒に戦争を続けたい意思なのだろう。戦況も危機的状況なのによくそんなことが言えたものだ。


ウォリックは聞き流し、少し考えてから言葉を発した。


「この声明には‥‥嘘偽りはないかと思われます」


「なぜだね?バード大佐」


「嘘偽りを言う際、言葉の発し方‥‥声のトーンが少し変わってくるのです。ですがロシアの大統領の声にそのようなことはありませんでした」


嘘偽りを言う際は、その思惑やたくらみが思考されるため声の発し方や声のトーンが違ってくるのだ。ウォリックはこういった技術を独学で学んでいた。なぜこのような技術を習得したのはクーパーの嘘を見分けるためだ。まさかこんな形で役立つとは思っていなかったが‥‥。


「‥‥本当か?そんなことできるとは思えんが‥‥」


クーパーはウォリックのことを信用してはいなかった。


「キャンベル大将。君は部下を信用しないのかね?」


「いいえ。そういうわけでは‥‥」


ウォリックはクーパーとコリーのやり取りに憤怒していた。この2人こそが少年兵洗脳計画の元凶だ。そして何よりこの会話にも嘘が含まれている。クーパーは部下、同僚、同期でさえ信用していない。


こんな偽りの会話‥‥反吐が出る。


「バード大佐は世界会議に参加するのが得策だと?」


「はい。私は、そう思います」


「‥‥‥理由を聞かせてくれるかね?」


「わかりました」


ウォリックはクーパーやコリーのように嘘偽りのない、少年兵を使わない方法を‥‥これ以上犠牲を出さないように計画を話し始めた。


アキムの会見でウォリックの目標も決まった。それはアキムと同じ戦争終結だ。クーパーの解雇は失敗したが、戦争が終結すれば奴クーパーは何もできなくなると考えたのだ。


「我が国アメリカは、現在危機的状況にあります。食糧、資源、人員、戦争で使用するあらゆるものが不足しています」


「‥‥‥人員は何とかなっているではないか‥‥‥」


クーパーは小声で言っていたがウォリックは聞き逃さなかった。本当にあきれる屑な人間だ。


「キャンベル大将‥‥今はバード大佐と話をしているんだ。少しは静かにしてくれないか?」


「申し訳ありません」


「すまないね。バード大佐、話を続けてくれ」


ウォリックは怒りを鎮める。


「はい。‥‥このままではアメリカの存続は厳しい。しかしこの不足問題はどの国も同じとみられます。戦争が終結すれば戦場で使われた農場も復刻可能です。そうすれば飢餓で苦しむこともありません」


「ふん。臆病者が。お前のような者がいるからアメリカの勝利が遠のくのだ」


そんなことはわかっている。しかしそうしなければクーパーはいつまでも子供や部下をおもちゃのように使い、そして不要になればあっさりと捨て去るだろう。ウォリックはそれが許せないのだ。


「(お前が、お前さえいなければ‥‥。陽気な子供は死ななくて済んだんだ!)」


「ふざけるな!」とそう言いたかった。自分に力と‥‥権力があれば、こいつらを裁くことができたのに‥‥。私はなんて無力なんだ。


「‥‥やはり世界会議に参加したほうがよさそうだな」


ウォリックは驚愕していた。いやクーパーも同じだった。まさかコリーからそんな言葉があっさり出てくるなんて思わなかったのだ。


「アメリカも大きな損失‥‥深手を負っている。戦争終結すれば修復、復興は可能だろう」


「しかし、ダレル大統領!」


クーパーは戦争終結を望まなかった。まさか信頼を置いていたコリーから戦争終結、そして世界会議の言葉が出るとは思っていなかったのだろう。


「それでは聞くがキャンベル大将。君は今の状況で復興しながら戦争を行うことができるのか?案があるなら教えてくれたまえ。君はこれまで多くの作戦を立ててきた。この状況でアメリカが有利になり勝利を収めることのできる作戦でもあるのかね?」


クーパーから言葉が出てこなかった。クーパーの戦略には多くの人員や兵器が必要になる。今の状況でその戦略はアメリカの敗北を意味する。そしてクーパーは残酷非道の大将と呼ばれているだけあって部下や少年兵など使い捨てとしか思っていないのだ。その残虐性は計り知れない。


そんな残酷性な戦略を許可していたコリーも同類なのだが‥‥。


「では、ダレル大統領。我々アメリカは‥‥」


「バード大佐。アメリカは君の意見を賛同して世界会議に参加しようではないか」


ウォリックが聞きたかったのはこの言葉だ。思わず喜びの歓声を上げかけたが、それはこらえた。


「確か。返事の期間は1ヵ月だったな。早いに越したことはない。早速ロシアに参加の申し出を出そう。ありがとうバード大佐」


「いいえ。この上ないお言葉です」


「では君たちはアレス基地にて待機していてくれ」


「はっ」


9人は敬礼をして大統領室を出ようとしていた。


「おっと。キャンベル大将は残ってくれたまえ」


「わかりました」


ウォリックが部屋を出て扉が閉まる。


「(何もなければよいが‥‥)」


なぜクーパーだけを残したのか気になったがとても盗み聞きできる場所ではない。仕方なくウォリックはアレス基地へと戻っていった。




「しかしダレル大統領。なんでバード大佐あいつの言葉を聞いたのですか?」


「今は復興が最優先だと思ったからだよ」


コリーは手のひらサイズの缶を取り出した。その中身は葉巻だった。シガーカッターでヘッドを切り口にくわえる。クーパーはコリーの葉巻にライターを近づけ、葉巻に火がつき、息を吸い込んで煙を吐いた。コリーはクーパーに葉巻ケースを渡すが首を横に振った。自分のタバコケースを出し、煙草をくわえ火をつける。大統領の前でもお構いなくタバコをふかした。


「幸運だったな。誰かが少年兵のことをメディアに洩らされたときはどうしようかと思ったが、ロシアの世界会議の会見のおかげで少年兵のことなど誰も覚えていない」


「まったくその通りですね。‥‥いったい誰が外部に洩らしたのか‥‥」


クーパーはアレス基地の指揮官8人の中にいると思っている。いや、誰だか目星がついているのだ。少年兵計画を言った時反論したあの男。


「(あいつか‥‥まぁ利用するまで利用して、不要になったら捨てるか殺すか)」


「その顔は誰だかわかっている様子だな」


「まぁ大方。しかし本当に戦争が終わると、あなたは考えているのですか?」


やはりまだクーパーは納得していなかった。この男は部下や少年兵を駒にして戦争をずっと楽しんでいたのだ。


本当にこんな男が大将をやっていていいのだろうか?


「ロシアが何を考えているかは本当のところは不明だ。しかしこの場をこちらは利用すればいいことだ」


「そういいますと?」


「現状はバード大佐の言った通り厳しい状態だ。しかし一時的にもができれば‥‥」


ですか」


コリーとクーパーは悪い笑みをした。どの国も次回の戦争に向けてと考えるか‥‥。


戦争終結を望んでいる国はあるのだろうか?現状で完全に望んでいるのはロシアくらいだろう。本当にこの世界は狂っているかもしれない。


「しかし少年兵を洗脳させて特攻させるなんて思いつくのはお前くらいだぞ。‥‥それと同僚の指揮官を殴り殺したようだな。あまり面倒をかけるなよ。こっちだって処理するのに手間がかかるんだぞ」


「お前もよく思いつくよな。少年兵を洗脳させて特攻させるなんて誰も思いつかないぞ。それと同僚の指揮官を殴り殺したようだな。あまり面倒をかけるなよ」


「それは失礼いたしました」


簡単な謝罪だ。クーパーには反省という言葉なんてないようだ。


「先代の大統領からお前も昔はまじめな時期があったと聞いたが?」


クーパーは左手の親指と人差し指を見た。


クーパーだってまじめな‥‥残酷非道の大将と呼ばれる前があった。






まだクーパーが大尉だった頃、大将である上司がいた。その大将は自分の地位、権力を利用して好き放題に暴れ部下を物のように扱っていた。命令を聞かない者には暴力をふるい最悪の場合殺害してしまった。現在のクーパーのように‥‥だが、この頃のクーパーはウォリックのような正義感を持っていた。そう残酷非道の大将と言われる前は優しい心の持ち主だったのだ。


この時大将の部下、クーパーの部下でもある少佐が軍の資金を横領したとして軍を解雇、罪人として刑務所に収監されることになった。


しかしこれは大将の身代わりであることはクーパーにはわかっていた。なぜならその部下である少佐は自分の弟だからだ。弟の名はピーター・キャンベル。クーパーと同じ正義感の強い男だ。なぜそんな男ピーターが大将の身代わりになったのか?答えは明白、大将の命令を無視したからだ。大将に暴力を振るわれていた同期を助け、庇った。それが大将にとって気に食わなかったらしい。横領の罪をかぶせるのは容易ではない。しかしピーターが犯人だと確証する証拠が軍施設、なんと家には多額の金が部屋の壁に隠されていた。


「兄さん。僕は無実だ!」


家から金が見つかると警察はピーターを連行していった。ピーターはやっていないと暴れるが引きずられパトカーに乗せられる。


「ピーター!」


クーパーが必死に止めようとしたがそれもむなしく連れていかれてしまった。


そして裁判が行われた。ピーターは無実を訴えた。しかし証拠は十分であり、実刑が与えられた。


「僕は無実だ!犯人は‥‥」


「わかっている。ピーター。絶対にあいつ大将の悪事を暴く」


「信じているよ。兄さん」


刑務所の面会所。透明なアクリル板が挟まれここでは会話しかできない。無実の罪をきせられ、おびえている弟を今は励ますことしかできないのだ。


「また来る。その時は良い話を持ってくる。それまで待っていてくれ!」


面会が終わると再び檻の中に入れられる。面会時間と自由時間以外にはこの檻からは出られない。


「(もし兄さんが証拠を見つけられなかったら‥‥僕は犯罪者で‥‥家族とも暮らせなくなる?)」


クーパーが絶対に証拠を見つけてくれるとピーターは信じている。何と言ったってクーパーは頭の回転が速く、若くしてアレス基地の指揮官になったのだ。


「ピーター・キャンベル。面会だ」


「誰だ?」


大将に罪をきせられ、大将に逆らうのが恐ろしいのか、同期たちはピーターのことを無視した。証言人になってほしいと頼んでも「大将が怖い」と皆、口をそろえて拒否されてしまった。


「‥‥え?」


そこにいたのは信じられない人物だった。何と自分に罪を擦り付けた大将が目の前にいる。


「な、なんであなたが‥‥?」


「俺がここに来てはいけなかったか?部下のお前が心配だったんだよ‥‥いまだに無実と訴えているそうじゃないか」


「こいつが犯人だ!」と言ってしまえばなんて簡単なのだろう。それに自分を犯人に仕立て上げといて心・配・なんて言葉に憤怒する。


「なぜです。僕は無実です!それを訴えて何が悪いんですか?」


「いいや悪くないさ‥‥」


大将はアクリル板に顔を近づけピーターにしか聞こえない声で信じられないことを言った。


「‥‥‥あまり無実を訴え、騒ぐと‥‥‥大事な家族がどうなっても知らないぞ‥‥‥」


なんと家族を人質にとったのだ。


大将の顔を見ると余裕の表情で笑っている。こういえば何も言わないと思っているのだろう。反論したかった。しかしこの大将がしてきたことは残酷非道。家族が知らない罪で逮捕されるかもしれない。兄がおもちゃにされて殺されるかもしれない。恐ろしいことが頭の中を駆け巡る。望みは薄いと悟ったのを分かったのか大将はさらに続ける。


「家族や兄キャンベル大尉をおもちゃにされたくなければ言っとくんだな。横領は自分がやったのだ‥‥と」


絶望の淵に立たされピーターは座り込んでしまう。


「その表情を見たくて来たのだよ‥‥お前は用済みだからな‥‥ではさらばだ」


大将は大声で笑いながら面会所を去っていった。ピーターの目には涙が流れていた。


「‥‥兄さん‥‥」


再び収監され、連行していた看守が去っていこうとした。


「‥‥あの、ペンと紙ってもらえますか?」




翌日早朝、クーパーのスマホにピーターが自殺したと刑務所から連絡があった。


「う‥‥嘘‥‥だろ?」


昨日はそんな素振りなんてなかった。


『信じているよ。兄さん』


不安だったのに見せた笑顔。それが最後に見た顔だとは理解できなかった。まだ頭の処理が追い付いていない。


ピーターは真っ暗になる就寝時間にシーツを檻に巻き付け首吊りを行ったのだ。看守が巡回に来た際には手遅れだったそうだ。


急いで刑務所に行き、弟の遺体と面会した。不安がっていたが昨日は自分のことを信じて待っていると言ってなのになぜ?


遺体を前に座り込んでしまったクーパーに看守の1人が近づいてきた。


「ピーター・キャンベルの収監所にこんな手紙が‥‥最後に面会に来た方と話し終わった後、紙とペンを欲しがっていたので‥‥」


手渡された手紙を読む。この字は確かにピーターのものだ。


[兄さん。昨日話したことは全部嘘です。僕が軍の資金を横領した犯人は僕です‥‥ごめんなさい兄さん。兄さんは負けないでね]


「(どういうことだ?横領の犯人は大将だろ?)」


看守の話を思い出した。というのは誰だ?


「最後に面会に来た方って言うのは誰だったかわかりますか?」


「‥‥アレス基地の指揮官でしたね‥‥」


クーパーは驚愕した。アレス基地の指揮官。そして答えが出るのも早かった。


「(間違いなく大将がここに来てピーターに何かを言ったんだ)」


[兄さんは負けないでね]


理解できた。ピーターは大将に脅されたのだろう。そして自ら命を絶った。


ピーターの書いた遺書を強く握りつぶした。憎い、上官である大将が憎い。


クーパーは前を向き、弟の仇を取ろうと強く誓った。では何をするのか?


「大将の悪事を告発する!」


証拠を何日もかけて集めた。調べれば簡単に出るものなのだとわかった。大将も自分が告発されるとも思っておらず詰めが甘いところもあったのだ。


「(これであの大将を告発できる)」


準備は万端だった。しかし‥‥‥。


「これは何だね?キャンベル大尉」


大将が手に持っているものは大将を告発する書類だった。


「そ、それは‥‥」


書類は鍵のついた場所に保管していたはず、なぜ大将の手元にあるのか?


「困ったものだな。まだこの俺に牙をむく者がいたとは‥‥お前の弟は家族のために身を犠牲にしたというのに‥‥」


その言葉を聞いてクーパーは憤怒する。殴りかかろうとするが後ろに控えていた部下2人がクーパーを取り押さえる。


「ご苦労。お前もこういった部下がいれば密告されずに済んだのにな」


アレス基地にいる部下が大将に密告をしたのだろう。だからこうして捕まってしまった。


「さてお前の処分はどうしようか‥‥殺すのにはもったいない頭脳を持っているからな‥‥お前は‥‥」


そう言いながら大将は自分のデスクからナイフを取り出した。


「‥‥確かお前は右利きだったな。なら左手にしよう」


クーパーを取り押さえていた部下は左手を伸ばさせる。何をされるか気づいたクーパーは抵抗しようとしている。


「や、やめろぉ!」


「上官に向かってその態度か‥‥まあいい。実を言うとな俺はまだ指を切り落としたことがないんだ。お前で試させてくれよ」


そういって親指に向かってナイフを勢いよく振り落とす。


「があああぁぁぁぁぁぁ」


激痛によって汗がとまらない。一瞬にして親指はクーパーの手から離れた。


痛みで苦しんでいるのを大将は見ておらず、何かを考えている。


「んー。簡単すぎだな‥‥もっと痛めつける方法はないか‥‥」


しばらく考えた後、今度は人差し指にナイフを近づける。


「こうすれば苦しみも長く続くかな?」


ゆっくりとナイフを上下させた。肉がゆっくりと避けていく。さっきの何倍もの激痛をクーパーは受ける。


「ああああああぁぁぁぁぁ!」


大将は鼻歌を交えて指を切断しようとしている。


「肉の切れる感触はたまらないね」


流石にクーパーを取り押さえている部下も顔色が変わり1人は吐き気を抑えていた。数十分にも及ぶ人差し指切断は終わった。


「中々参考になったよ‥‥感謝するよ‥‥キャンベル大尉」


部下2人は拘束を解き、クーパーは体を丸め痛みに耐えている。


「そうだ。これを機にバカなことは考えないことだ。それとここをやめないでくれよ‥‥君は優秀なのだから‥‥」


大将はクーパーの2本の指を告発書類に火をつけ、灰皿に放置する。


「切断しても縫合されては罰にならないからね」


大将は笑みを浮かべ、自分の椅子に座り煙草をふかした。


「拷問後の煙草は格別だな‥‥そういえばキャンベル大尉もヘビースモーカーだったな。一緒にどうだ?」


クーパーの指を切断しといて一緒に煙草を吸おうと言われるとは、狂っている以外にない。


「‥‥‥‥遠慮‥‥‥‥いたします‥‥‥‥」


「そうか。では用はない。出て行ってくれ」


切られた指を抑えクーパーは部屋を出て行った。


「ぜ、絶対に殺してやる!」


だんだんとクーパーから正義感というものがはがれていったのだ。






「その時の大将はどうしたんだ?」


「殺しましたよ。あの頃の俺はバカでした。命令に従わない部下に用はない。そう気づいたんです」


「さすが残酷非道の大将だな」


「それは誉めていただいたと思ってよろしいですか?」


2人は大声で笑いあう。


「さて私はロシアに世界会議の参加の返事でもするか」


「では、俺はこれで失礼します」


クーパーは敬礼をして部屋を出た。


「(世界会議か‥‥少年兵や捕虜を使って何かおもちゃができないか‥‥)‥‥面白くなってきたな」


やはりクーパーと義典は馬が合うような気がする。恐ろしいものだ‥‥本当に。






「賭けだとは思ったが、まさか195か国が世界会議参加を承諾したとは‥‥」


アキムは驚愕していた。たった2週間で195カ所から返事が来たのだ。しかも参加を希望して。


「驚きですね。戦争終結を望んでいる国があったということですね」


アキムの秘書がコーヒーを机に置く。


「簡単なことじゃない。本当に戦争終結を望んでいるとは限らん」


「‥‥兄さんは頭が固すぎるのでは?」


「仕事中だぞ」


茶髪のロングストレートをポニーテールで結ばれ、まだ若さがある瞳のブラウンアイ、グレーのタイトスカートタイプのスーツの着ている女性はアキム・マハノフ大統領の妹で秘書のレターナ・マハノフだ。アキムとよく似ている。


「誰もいないんだからいいじゃない。それにあまり気を張っていると胃をおかしくするわよ」


アキムは副大統領のいない仕事でとよく胃を痛めていた。


「うるさい」


「‥‥あまり無理いしないでくださいよ」


父親を戦争で亡くし、母親は夫を亡くして病んでしまった。2人でいつも頑張ってきた。戦争を終わらせることができれば、この頑張りも報われる。


「わかっている」


「そうですか。世界会議に日程、いかがいたしますか?」


「そうだな。こちらは準備もある。1ヵ月後でどうだろう?」


「かしこまりました。それでは早速準備をいたします」


「頼んだ」


妹はよく働いてくれている。副大統領のいない中、秘書も忙しいであろうに弱音を言わず、ずっとついてきてくれた。家に帰ることができない時も母親を親戚に任せ妹も残って仕事を手伝ってくれた。


世界会議を行えば戦争は終わりを迎えるだろう。いや、終わらせなければならない。これは自分の使命だと強く思う。


「(しかし、何か引っかかるな‥‥私の思い違いか?)」


アキムは知るよしもしなかった。全世界が次の戦争について考案を練っていることなど‥‥。そして自分に振りまく結末も‥‥。

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