第5話 共有される嫌い
「華さん、スポーツが嫌いな子って増えてるんですか?」
「何だそれ」
「文科省やスポーツ庁がいろいろ取り組んでるらしいので。子どもの運動に対する苦手意識をなくす、とか」
「ふーん」
商品棚のホコリを取りながら、華さんは少しの間、沈黙していた。
「ぼくも比較的そうだったと思いますけど、家の外で遊んでる子どもなんてまず見かけない時代ですもんね」
「……指導者の人たちから話を聞く限り、子どもの運動能力そのものは平均すると明らかに落ちてるみたい。でも、競技のレベルは年々上がってる。つまり『やってる子とやってない子の差が大きくなってる』のは、あると思う」
華さんは結構マジメに考えているようで、今度はサイン入りの道具が入ったガラスケースを乾いた布で拭き始め、ぼくのほうに視線を向けない。
「じゃあ、習い事やクラブチームでスポーツやってる子との差が大きくなりすぎて、普通の子は運動が嫌いになっちゃうんですかね?」
「そういうケースはあるかもな」
「うーん。やっぱり競争になって、勝者と敗者が出ちゃうのが良くないんだろうか。例えば個人戦に100人参加したら、99人は敗者にされちゃうんで」
どこか遠くを見るような彼女の横顔。掃除する手は止まっていた。
「いや。競争して敗者になる奴が出るなんてのは、人類史上どの時代も変わらん」
「あ。そう言われると、そうですね」
「プロになれないからスポーツつまんねえって言うようなもんだろ、そんなの」
「じゃあ、スポーツ嫌いの子が増えた理由って何なんでしょう?」
ぼくはもう汚れの目立たなくなった店の床を拭き続け、華さんが口を開くのを待っていた。
「これは私の推論だけど。スポーツ嫌いの人口は増えてない」
「えっ?」
「たぶん、そういう人は昔から普通にいた。ただ近年になって『可視化され』『共有された』。それだけ」
「可視化、とは……」
「スポーツだけじゃないと思うけどな。勉強だって同じだよ。『できないから、恥ずかしいから嫌い』なんて、匿名じゃないと声高に主張できないだろ」
「あー、確かにそうかも」
「そんで、エミみたいな奴が大好きな
「うわ、また偏見だ」
「いや。それは良いことだと思うよ。嫌いは嫌いで共有できるようになったんだしな」
華さんはポケットからスマホを取り出し、画面を見つめる。
「でもまあ、最新らしい調査結果を見ても『好き』のほうが全然多いけどな。どの年代でもそれは変わってない」
「あ。そうなんだ」
「おまえ、せめて調べてから言えよ。そもそも人間ってのはいちいち『嫌い』の声ばっかり耳に入ってくる構造の生き物なんだからな」
「すみません」
わざとらしく頬を膨らませて怒った顔をつくり、華さんがぼくの顔を見た。悔しいけどクッソ可愛い。目が合って、ふぅっと空気が抜け、しぼむ。灰色の髪が揺れる。
「何だかんだ、こんな所でバイトしてるくらいだし。好きだよ。私は」
「ぐあ」
「え、どうした? 大丈夫?」
その顔で、目を見て「好きだよ」はまずい。ぼくは胸を掻きむしるようにシャツを握り締め。膝をついた。無理。しぬ。
灰色のフィロソファー みのな @mynona
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