第4話 生きる意味
検品が終わって業者のおじさんも去り、今日もそろそろ暇な時間が来た。
「華さん、生きる意味って何なんですかね」
「あ? 急にどうしたよおまえ。病み期か」
「いや今に始まったんじゃなくて、慢性的に考えてることなんですけどね。なんか自分ってどうもふわふわ生きてるな、と」
「ふーん」
華さんには珍しく、数秒間の沈黙が続いた。ぼくが次の言葉を探しているうちに、彼女は顔を上げ、灰色の髪の隙間から、その大きな瞳がぼくを捉えた。
「エミ、生きる意味ってのは『客観的にあるもの』だと思うか? つまりおまえがどう考えようと存在しているものなのか。それとも『自分の中で完結するもの』か? そうであれば、世界がどうだろうと関係ない。おまえが『ある』と言ったら、それは存在する。おまえにとっての意味はどっちだ?」
「うーん……まあ、最終的には自分の問題なんだと思います。例えば世界がぼくに『働け』『子孫を残せ』とかいう形で生きる意味を与えようとしても、現にそれが受け入れられないから悩んでるんでしょうし」
「もしそれが受け入れられる類のものなら、生きる意味になり得るのか?」
「そうかも。でも多分それは一過性で、また直ぐ見失うような気がします」
「ああ何だ、そうか」
急に興醒めといった声色になって、華さんは視線を手元の新製品カタログに落とした。
「あれ、ぼく変なこと言いました?」
「おまえさ。自分の部屋ってどのくらいの頻度で掃除してる?」
「へ? あー、部屋は少なくとも三日に一回くらい掃除してます」
「じゃあメシは一日に何回食う?」
「三食、プラス間食も」
「なぜ?」
「え? なぜ、って言われても……」
「部屋が綺麗になるのも腹が満たされるのも『一過性』だろ。また部屋は汚れるし、腹は減る」
「あ」
「意味を見失ったら、また探してこればいい。それ以上に何かあるのか? エミ、おまえは永遠に減らない腹を求めてるのか」
華さんが珍しく、
「……生きる意味って、そんな感じでいいんですかね。例えば善とか正義とか、そういう遠大なものじゃなくても」
「あのな。エミ」
「はい」
「向こう一週間かそのあたりで、ヒマな日ってあるか」
「土日とか、たいていヒマですね」
「私の休みが合う時、どこか遊びに行こうか」
「えっ」
「デートだよ。嫌?」
「まったく嫌ではないです。是非とも行きましょう」
「そしたら、おまえは何したい? 食べたい物あるか?」
「え、えーと。ちょっと待ってくださいね。予想外の展開で、思考がちょっと混乱してまして」
「ふふっ」
「え? ひょっとして、冗談ですか」
「そうじゃなくてさ。今、おまえに生きる意味が出来たなって。当日までもう悩む必要もないだろーな」
「あ」
「もし身の回りにそんな下らないことで悩んでる奴がいたら、これからはエミが創ってあげればいい」
「でも、そんな上手くいきますかね」
「私なら出来るよ。簡単」
「もう。これだから美人はずるいんですよ」
ああ、そうか。騙されていても、弄ばれていても、そういう感じでいいんだな。生きる意味っていうものは食事みたいに、少しずつ補給して繋いでいくものなのかも知れない。
「私、高級フランス料理がいいな。フルコースのやつで」
「あのですね。バイトしてる苦学生に無茶振りやめません?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます