第3話 文字だけの世界

「華さんって、SNSとかやってます?」

「全くやってない」

「そんな気はしてました」

「エミはどうなんだよ」

「一応アカウントはありますけど、ほぼ見るだけなので。『やってる』と言えるかは微妙ですね」


 本当は結構Twitterツイッターとかゲーム情報共有のために使ってるけど、オタク扱いは嫌なので伏せておこう。


「めんどくせえだろ。そんなの」

「人間関係が、ってことですか?」

「ちょっと違うな。『SNSに参加する人間』がめんどくさい奴らだと言ってる」

「うわ、また問題発言だ」

「そもそも私は現実で人と関わってるしな。こっちで満足出来てるならバーチャルな世界を求めたりしないだろ」

「うーん、それはちょっと違う気がしますけど。言うなればSNSは『現実の延長』だと考えてますね」

「延長?」

「もちろん、華さんが言ったように、現実から逃避する形でSNSをやってる人もいるとは思います。でも現代はSNSから繋がって現実で結婚する、なんて例もあるくらいなので」

「へー。それは凄い」

「Twitterとか基本的に文字だけのやり取りですからね。ある意味プラトニックというか、精神的な面だけでも人は繋がれるんだなと」


 華さんはレジの金銭をチェックしながら、意外にも興味津々といった様相だった。


「しかしな。エミ、おまえSNS見てるだけってのは嘘だろ」

「えっ?」

「がっつり書き込んだりしてるだろ」

「……嘘は言ってないです。『ほぼ見てるだけ』って言ったはず」


 レジの抽斗ひきだしを閉じて、ぼくを一瞥いちべつすると、華さんは黙ったまま視線を手元に落とす。

 その続く沈黙と、哀しげにも見える無表情は、ぼくに効いた。


「……すみません、嘘つきました。華さんに嫌われたくなかったので。普通に毎日書き込んでます」

「嘘つき。エミの嘘つき」

「あ、それ心にめちゃくちゃ刺さりますね。痛いです」

「おまえがSNSやってることくらい、会話の流れからして読めたよ。最初からわかってた。でもな、やっぱ嫌だな。嘘つかれることが嫌なんじゃなくて、それを嘘だってわかる自分が」


 そう言って華さんは眉をハの字に曲げ、笑った。


「でもまあ、今のやりとりみたいな空気感は、文字だけの世界じゃわかんねえだろうな」

「そう……かも知れません」

「こういうのが読めないままで、わかり合えた気になっちまえるんだから、やっぱめんどくさいよ。SNSなんてのは」

「あの、華さん」

「何」

「ぼく、もう華さんに嘘は今後一切つきませんので」

「あはは」

「本気です」

「それはそれでダメだ。嘘が必要になることだってたくさんあるからな」

「いや、でも」

「じゃあエミ。おまえ……私を卑猥な目で見たことが一度でもあるか?」

「あ、そういう系は黙秘させていただけますと幸いに存じます」

「『はい』か『いいえ』で言うと?」

「言いません」

「言わない時点でもう答えてるじゃんか。耳真っ赤だぞおまえ」

「それ卑怯すぎません?」

「声まで震えてて草不可避」

「Twitterっぽい言い方やめてください。しかもそれだいぶ古いですし」


 その後、本当に全然お客さんが来なかったので、華さんが「一回やってみろ」と、見る専だったぼくのInstagramインスタグラムアカウントに画像をアップロードしてみた。内容は、華さんがあざと可愛く舌を出してるキメ顔。

 そうしたら一日で8件も男性からナンパ目的のメッセージが送られてきて、華さんが言う「めんどくさい」の意味が痛いほどよくわかった。

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