クラス裁判

  俺を見る彼らの目は異常なものでも見るような、そんな目をしていた。

『異物』。クラスにとって、俺は異物になってしまったらしい。

当然のように浴びせられる悪口と軽蔑の眼差し。

親しかった友達ですら、彼らと何ら変わらなかった。

俺はただ彼女を助けただけなのに…。

「つまんねー。空気読めよ。」

「マジありえないんですけど。これから面白くなるところだったのに。」

「こんな冗談も通じないとか、ないわー。」

「キモい。」「死ね。」「ムカつく。」「消えろ。」

「正義のヒーロー気取ってんじゃねぇよ。」

「王子様登場!ってか。何、好きなの?キモいんだよ、童貞くん。」

何が悪いのか、俺の何が間違っているのか?

俺の疑問に返ってくるのは、理不尽な悪意しかなかった。


 最悪な夢で、目が覚めた。

ベッドから起き上がり、夢の内容を思い出し、怒りで手に力が入る。

「はぁ、、、嫌なこと思い出したな。クソッ…。」

中学二年の時、クラスで虐められていた女子を助けたことで、俺は周囲から孤立し、居場所を失った。助けた女の子はその後すぐに引っ越してしまい、味方になってくれる奴はいなかった。誰も俺に近付こうとせず、話しかけても無視され、卒業するまでずっと一人で過ごした。

忘れたくても忘れられない辛い記憶に吐き気が込み上げる。

思い出したくもなかったのに、星宮一輝の今の状況が過去の自分と重なってしまい、思い出してしまったのだろう。

これまでの彼女の行動も関係しているのだろうが、俺を庇ったことで周囲からの風当たりが強くなり、星宮はクラスで孤立してしまった。

正しくあろうとする彼女は、周囲に強く当たってしまい、反感を買いやすく、俺を庇ったことで今までの不満が爆発してしまい、今の状況を生み出してしまった。

俺に何ができるか分からないけど、なんとかしてやりたい。

「このままじゃ、あいつも俺みたいに…。」

「深刻な顔をして、何か悩み事か?」

突然の声に顔を向けると、ベッドの横にいつの間にかスウェット姿の風姫がいた。神としての威厳は消え失せ、髪が短く(と言っても、腰まであるのだが)なり、瞳が緑色という点を除けば、どこにでもいる綺麗な女性だ。

まぁ、どこにでもいるような女性は、気配も無しに突然現れたりしないのだが…。今の俺はそんなことを突っ込む気にはなれなかった。

「星宮一輝のことじゃろ?悪いが、お前の頭を覗かせてもらったぞ。

しかし、呪いをかけたかもしれん相手を助けたいとは、お人好しがすぎるぞ。」

「まだ分からないだろ。それに、俺はただ…。」

続きの言葉が出てこない。

助けることが星宮にとって本当に良いことなのか分からなかった。

そんな俺を見て、風姫は大きく息を吐く。

「悩む必要はなかろう。お前は正しいことをした。胸を張れ。

今回もお前の行動は、星宮一輝を救うはずじゃ。わしを信じよ。」

風姫はニッと笑う。

そんな彼女の言葉で、俺の中にあった不安が和らいだ気がした。

「…まさか、励ましてくれるとは思わなかった。ありがとうな。」

「わしはお前の呪いを解くためにいるのだから、当然じゃろ。

ほれ、早く準備せんと学校に遅れるぞ。」

そう言って、風姫は部屋を出て行った。

部屋に一人残された俺は、目を瞑り、大きく息を吸った。

「やることは変わらない。呪いを解くために、やるべきことをやるだけだ。」

そして、俺は制服に着替え、部屋を出た。


 六時間目終了の鐘の音と共に、俺はクラスの女子に取り囲まれた。

それと同時に、他の生徒が机を移動させ、教室の中心に空間を作り、周りに机を並べていく。

何が起きてるのか理解できず、唖然とその光景を眺めていると、俺を取り囲む女子の一人が俺を見下ろしながら、口を開いた。

「立って、中心まで歩いて。」口調から聞き取れるのは軽蔑と怒り。

教室の様子を見るに今から良くないことが行われるのは目に見えていた。

逆らっても、立場を悪くするだけと考え、俺は素直に教室の中心まで歩いていく。

黒板側が開くようにコの字型に机が並べれ、俺はその中に立ち、周りを見回す。

机の外側では女子達は俺に敵意剥き出しの視線を向け、男子達はこの状況に不安そうに様子を見ている。

男として肩身が狭いのは同情するよ、ホント…。まぁ、俺のせいなんだけども。

コツコツと足音を響かせながら、教壇に数名の女子生徒が集まると、ざわついていた教室が静かになり、前に立つ女子生徒の一人が話始める。

「皆さん、放課後の貴重な時間に残ってもらい、ありがとうございます。ある程度の方にはお伝えしましたが、これからクラス裁判を始めさせて頂きます!」

その言葉に、今日のことを知らされていなかった男子達が口々に話し出す。

「クラス裁判?何だそれ?」

「お前知ってた?」「いや、今知った。」

ざわめき出す教室に女子生徒の声が響く。

「静かにして下さい。これは、あなた方にも関係のある話です。」

その時、教室の扉が開き、雪白彼方が現れる。

教室の現状を見た彼女は、眉間に皺を寄せ、ため息を吐いた。

「君ら、何やってるの?」

「先生、ちょうど良かったです。これから、クラス裁判を行うので先生にも参加して頂きたいのですが、よろしいですか?」

先程から、この場を取り仕切る女子生徒が声をかけた。

雪白彼方は中心に立つとおるをチラッと見ると、状況を飲み込めたようでクラス裁判に参加することを了承したようだ。

「で、クラス裁判と言っても、何をするのか話してもらえる?」

そう言いながら、雪代彼方は窓側まで歩いていき、窓を開け、椅子に腰掛けた。

教室の隅で、我関せずといった様子だ。

いつも通り、この状況を楽しんでいるのだろう。

「わかりました。では、始めます。」教壇に立つ女子生徒が話始める。

「これから、行われるのは『神風とおる』についての裁判です。彼は始業式の日、女子生徒のスカートを捲り、多くの女子生徒の心を傷付けた疑いがあります。

にも関わらず、未だ学校側から何の処罰も与えられず、野放しにされた状態にあるため、今日この場で彼に正当な罰を与えるため、この場を設けました。

何か、意見がある方は発言して下さい。」

裁判なんて言いつつ、これは公開処刑じゃないか。多分、この場にいる女子生徒…いや、全校生徒のほとんどが彼女に賛同するだろうな。

実際、呪いのせいとはいえ、俺がやったことに変わりはないんだけど。

「ちょっと待ってよ!」女子生徒が立ち上がり、声を上げる。

「神風くんがやった証拠はないのに、決めつけるのはどうかと思います。前にも言ったと思うけど、余計な混乱を招く行動は慎むべきじゃないかしら?」

星宮一輝が机から身を乗り出し、いつもの強い口調で発言する。

それを聞いた女子生徒達の目つきがキツくなり、苛立っているのが分かる。

「神風とおるが怪しいのは明白でしょ!何人もの生徒が彼を中心に風が巻き起こったところを見ているのよ。それに始業式後も廊下を走りながら、スカートを捲っていたという目撃情報もあるわ。ここまで見られているのに犯人じゃありませんは無理があるわ!」

「状況証拠にすぎないわ!良く考えれば分かることでしょ。」

「あんたねぇ…。」

言い争いが激しくなっていく中、誰かの煽るような声がどこからか聞こえた。

「もしかして〜、そこまで庇うのには理由があるのかなぁ〜。」

「深い仲…とか?」

何者かの声によって、俺達にとって悪い空気が広がっていく。

「え、何?どういうこと?」「付き合ってるの?まさかね。」

「彼氏のこと庇ってるってこと?」「サイテー。」

こんなおいしい状況を見逃すわけない。教壇に立つ女子生徒が口調をさらに強くする。

「ねぇ、どういうことか説明してもらえるのよね?星宮さん。

もしかして、二人して嫌がらせしてたとかなんじゃないの?」

「ち、ちがっ…。」弱々しい星宮の声が聞こえた。

疑いの視線と声に取り囲まれ、押し潰されそうになる。

状況は最悪と言っていい。疑いを逸らす方法は思い付かず、関係のない星宮まで完全にこちら側にされてしまった。

もういっそのこと、全部話してしまった方がいいんじゃないか。

この状況を見るに星宮が俺に呪いをかけたとは思えないし、これ以上、星宮を傷付けたくはない。

その方が呪いをかけた犯人を見つけやすいかもしれない。

でも、俺を信じてくれた星宮を裏切ることになるのか…。

賭けになるけど、もうどうにでもなれだ!

俺は大きく息を吸い、これがうまくいくことを願った。


「うるせーーーー!!!!!」


突然のことに教室を飛び交っていた声はピタリと止み、声の主であるとおるに注目が集まる。

ほとんどの生徒が口を開け、唖然とし、驚きを隠せないようだ。

それもそうだろう。今まで、大人しかった奴がいきなり怒りを露わにしたんだ。

この反応は当然だ。しかし、それも一瞬しか保たない。今からが勝負だ。

「あのさ、こんな無駄な議論しなくても、俺が犯人じゃないってのは明白だろ?そんなことも分からないとはな。」

それを聞いた瞬間、教壇の女子達の眉間に皺がより、教卓を叩く音が響いた。

「はぁ⁉︎一番怪しい奴が何言ってんのよ!違うってんなら証明してみなさいよ!」

「そう、それだ。そもそも、今回のことが人為的にできるとは到底思えない。

それにやるなら、バレないようにやるべきだろ?

自分が犯人ですって言ってるようなもんだ。そんな馬鹿な方法、俺ならやらないね。星宮はそこまで考えて、俺を庇ってたんじゃないか。

それに、あの場にいた男子なら俺以外にも大勢いたはずだ。そこんとこどうなんだよ。なぁ?

これだけ疑っておいて、絶対に俺だっていう根拠はありませんでしたって言わないよな?」

教壇の女子生徒を睨みつける。

「そ、それは…。で、でも新聞部も取り上げてたって聞いたし。」

「その新聞部は偽物だ。うちの学校には新聞部は存在しない。」

今まで黙って聞いていた雪白彼方が静かに告げた。

「そ、そんな…。」

沈黙が流れ、女子生徒達は気まずそうにお互いを見つめた。

「わ、分かりました。今回はこれで解散とします。ですが、私はあなたが一番怪しいという考えを変えることはありません。覚悟しておいてください。」

「ちょっと待てよ。星宮に謝ってくれ。」

俺の言葉を聞いて、一番驚いていたのは星宮自身だろう。

目を丸くする彼女に俺は頷き、言葉を続けた。

「確かに星宮の言い方はきついとは思う。だけど、勝手に誤解してこいつを傷付けておいて、何もなしはおかしいだろ?

誰が言い出したかは知らないけど、謝るのは当然のことなんじゃないか。」

俺はクラス中を見回し、最後に教壇にいる女子生徒を見た。

理屈では分かっても、俺に言われるといい気はしないだろう。

予想通り、彼女達も納得していないようだった。

「もういいよ。私は大丈夫だから。」こちらを見つめ、星宮が言う。

先程の弱々しい彼女ではなく、いつも通り堂々としている。

「面白いものを見せてもらったよ。神風とおる君。」

そう言って、二人の女子生徒が俺に近付いてくる。

一人は黒髪を横でまとめた少女で、眼鏡からは鋭い目が覗いている。

もう一人は小柄で可愛らしい印象を受け、肩までの茶髪を揺らしながらこちらを見つめている。

「初めまして、名前は今度、改めて名乗らせてもらいますね。

始業式での一件を勝手に進めていると聞いて見に来ましたが、思わぬ収穫でした。いずれ、ゆっくり話をさせてもらいますので、また会いましょう。」

眼鏡をかけた少女が一礼し、呆然とする俺を気にもせず、その場を離れて行く。

もう一人の茶髪の少女も俺の顔を下から覗き込み、ニッと笑うと「じゃねー。」と言い残し、彼女に続いて教室を後にした。

 最後によく分からない珍客があったものの、こうして俺は何とかクラス裁判を乗り切った。しかし、疑いが晴れたわけではないので、女子からの厳しい対応は現状維持、いや、それ以上になるかもしれない。

俺は甘めのカフェオレを飲みながら、夕焼けに照らされた校舎を見つめる。

中庭には人影はなく、昼間の活気が嘘のように静かに時が流れていた。

入学してから一週間、思っていたものとはかけ離れた高校生活にはなってしまったが、これ以上、状況が悪くなることはないだろう。そう思いたい。

「神風くん。」声の方を振り向くと、息を切らした星宮が立っていた。

いつもは後ろで髪を纏めているのに、今はそれを解き、少し大人びた印象を受ける。

「星宮、どうしたんだよ?」

「帰ったかと思って、学校中走り回って探したのよ。」

「あぁ、ごめん。それで何か用か?」

走り回るほど探していたということは、相当大事な用なのか?

「お礼を言ってなかったから。ありがとう、助けてくれて。」

「いや、俺は何もしてないぞ?むしろ、助けられたのは俺の方だ。」

「そんなことないわ。助けてくれて嬉しかった。だから、お礼は言わせて、ありがとう。」

赤く照らされた彼女は輝いていて、俺には眩しく見えた。

前の時も、今回も星宮は堂々としていて、俺にはないものを持っている。

だから俺は、力になりたいと思ったんだ。

彼女が言うように助けになれたのなら、本当によかった。

「あぁ、受け取っておくよ。」

「えぇ、そうして。それじゃ、またね。神風くん。」

手を振る星宮が振り返ると茜色の風に髪がなびき、甘い香りが俺の鼻をくすぐってくる。

学生ラブコメのワンシーンのような光景に、もしかしてと淡い期待に顔がニヤけるのと同時に、そんな甘い学生生活は来ないという現実を突きつけられる。

重力に逆らうように目の前のスカートは持ち上がり、少女の秘密を露わにする。

俺の目に飛び込んで来たのは可愛い猫がお尻にプリントされた小さい子向けのパンツだった。

以前にも似たようなものを履いていたようだが、あの時はたまたまではなく、どうやらいつも履いているらしい。

いくら目の前にパンツがあるといっても、子供用だと分かると不思議と冷静になってしまう。

そこには何の感情もなく、ありのままの事実を口にしてしまう。

「あぁ、猫か。可愛いな。」

慣れというものは恐ろしいもので、俺にとっては日常でも、相手にとっては違うこともある。

そのことを失念していた俺は、見慣れた光景にもはや驚きはなく、お子様用パンツということもあり、気にもせず、平然と口に出してしまっていた。

星宮はというと、まぁ予想はできるだろう。

パンツを見られたという恥ずかしさと可愛い猫だったという恥ずかしさ、それに怒りと動揺、どう表現していいか分からないが、とにかく顔を真っ赤にして、口をパクパクと何か言いたそうにこちらを睨んでいる。

そこで、俺はやっと理解した。

子供用のパンツでも履いてるのは思春期真っ盛りの高校生なのだ。

いくら俺が興奮しないといっても、彼女にとっては関係ない。

パンツを見られたという事実が重要なのだ。

「ご、ごめん星宮。風で舞い上がったのが目に入っただけで、俺は何とも思わないから大丈夫だ。俺はロリコンじゃないから子供用では興奮もしないし、お前の趣味にとやかく言うつもりもない。だから安心してくれ。」

俺が「言い訳は完璧だ。」と思うのと彼女の鉄拳が俺の顔面を歪ませるのは同時だった。

衝撃は頭蓋ずがいを揺らし、嫌な音が口腔こうくうから耳に伝わる。

焦点が合わない視界はぼやけ、自分がどこを見ているのか理解が追いつかない。

体が浮いているのを感覚的に理解するのと同時に、落下の鈍い衝撃が全身を貫く。

何が起こった⁉︎顔が痛い⁉︎え、殴られた?

脳の処理が追いつかず、言葉が出てこない。

体のあちこちを触り、頬の激痛に歯を食いしばる。

殴られたことなんてなかった俺は、何をどう言えばいいのか分からず、とりあえず頭に思い浮かんだ言葉を口にした。

「い、痛ぁい。」

口の中に血の味が広がり、痛む頬を押さえながら星宮を見る。

彼女は自分がしたことが信じられないのか、固く握りしめた拳と俺とを交互に何度も見つめている。

殴り飛ばしたという事実を実感するにしたがい、握る拳が小さく震えだし、目には涙が溜まっていく。

そして、キッと俺を睨みつけると色んな感情でいっぱいの頭から言葉を絞り出す。「お、覚えておきなさーい!」

この状況でなぜそんなことを口にしたのか分からないが、今時、子供番組の悪役でも言わないような捨て台詞を残し、走り去ってしまう。

「ええぇ〜…。」

その場に一人残された俺は、初めて殴られたという悲しみを胸に、痛む頬をさすりながら帰路に着いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神風とおるの青春 誠義 @masayoshi-01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ