何気無い夕食

  思いがけない客を前に、驚きを隠せないとおる。

日は落ちかけ、辺りが暗くなっても何故かその銀髪は輝きを失わず、それが雪白彼方であることを表していた。

仕事を終え、直接来たのか校内で見かけるスーツのままで、両手には袋いっぱいのお酒を持っている。しかし、校内での厳しい表情とは違い、どこか気の抜けた印象を受けた。

「あの、状況がよく分からないんで説明お願いしていいですか?」

「もちろんそのつもりだ。とりあえず、中に入って話をしようか。」

「そうじゃな。狭くて汚いところだが、入ってくれ。」

「狭くて汚くて悪かったな。あと、それは俺のセリフだから。」

俺の言葉を聞く前に、二人は家の中に勝手に入っていく。

「いや、俺の話を、、、もういいや。」

部屋に入ると、二人は既に炬燵こたつに入り、くつろいでいるようだった。

「本当に汚いな。段ボールだらけじゃないか。」

「分かってますよ。土日で片付けますから問題ありません。そんなことより、うちには何の用ですか?家庭訪問じゃないんでしょ。」

「ビール開けていいか?」「あぁ、好きに飲んでくれ。」

「だから話を聞けー!あと、これからご飯なんだから飲み過ぎで食べる前に寝るなよ。」

「分かっておる。全く口うるさいのぉ。」

「ふふっ、楽しくやってそうでよかったよ。」

「ま、一人であそこに引きこもってるよりは、楽しいかの。」

「そうか。私は神風の手伝いでもしてくるよ。美味いやつ作ってくるから、楽しみにしててくれ。」

そう言って雪白彼方はキッチンへ向かった。

キッチンでの二人の様子を見ながら、ビールを一口飲む。

「騒がしいのもいいもんじゃ。どれ、わしも何か手伝うかの。」


 机の上には色鮮やかに盛り付けられたサラダ、お味噌汁、野菜炒めなど様々な料理が所狭しと並べられ、三人分とは思えない量になっていた。

「先生、ちょっと作りすぎじゃないですか。」

「育ち盛りの男の子とバカみたいに食う神がいるんだからこれぐらい普通だろ。それに、私の料理を食べれるなんて滅多にないんだから、この機会にたらふく食っておけ。」

「ははは、そうですね。」

まさか、先生がこれほど料理ができるとは思わなかった。五人前以上の量を一人で楽々と作るとは、スペック高すぎだろ。

「おぉ!彼方ちゃんこれめっちゃ美味いよ!流石じゃのぉ!!」

「ちょ、なに先に食ってんだよ。ちょっとぐらい待てって。」

料理を片っ端から口に放り込み、口いっぱいに詰め込んだ風姫が満足そうに微笑んでいる。

「それはよかった。」

「ここに来てから昼も夜もカップ麺だったから、こんな美味しいの久しぶりじゃ。」

「カップ麺ばっかで悪かったな。それでもうまそうに何個も食ってたじゃねぇか。あと、男子高校生に自炊力を期待されても困る。」

「まぁ、そう言うな神風。私達も冷めないうちに食べよう。早く、食べないとあいつに全部食べられてしまいそうだ。」

「そうですね。それじゃ、いただきます。」

「いただきます。」

先生の料理は美味しくて、風姫と取り合いしながら、あっという間に食べきってしまった。こんなに騒がしい食事は初めてな気がする。家族と食べていた時でも今日みたいに取り合いはしなかったし、癪だが楽しいと感じていた。

そして、片付けもなぜか三人ですることになり、酔っていた風姫が何度も皿を割りそうになっていたが、なんとか無事に終わり、俺達は炬燵を囲んでいた。

「全く、もうちょっとで割るところだったぞ。」

「まぁ、そう言うでない。割れてないのだから文句ないだじゃろ。」

「そういう問題じゃない。それで、今日は何の用だったんですか?」

話を始まりに戻し、雪白彼方に問いかける。

プルタブを上げると炭酸が抜ける音とともに泡が溢れ、零さないようにそれを一気に喉に流し込む。

「ぷはー!!」美味しそうに雪白彼方が声を上げる。

ビールの缶を机に置き、神風とおるの目を見ると、彼女の口が開いた。

「用ってほどのものじゃないが、古い友人に挨拶をしようと思ってね。」

「友人って風姫のことですよね。本当にそれだけなんですか?」

「君は私を何だと思っているんだ?私はただの教師だよ。普通に遊びに来ただけさ。そんなことより、星宮と話したんだろ。何か分かったか?」

「それが…。」

俺は星宮との会話を二人に話した。風姫に関しては酔っていて聞いているか分からなかったが。

「結局、関わっているかはっきりとは分からなかったわけだな。」

「ぬぅわにぃ!しっかりせんかバカものぉぉ!」

「酒くせぇ。仕方ないだろ。もし、違ったら俺は変な奴になっちまう。」

「それ以上、評判が落ちることはないから安心せい。」

「気にしてるんだから言わないでくれ…。まぁ、もう少し探りを入れてみるよ。」

「ふふ、頑張りたまえ。さて、私はそろそろ帰るとするよ。」

「外まで送りますよ。」

「いや、わしが送ろう。少し話もあるからの。」

「そうだな。それじゃ、また明日な神風。」


 「ここでの暮らしはどうだ?」

彼女が玄関の扉を閉めてすぐ、私は気になっていることを聞いてみた。

「ん〜そうじゃのぉ。…まっ、楽しいかの。」

そう言って昔から変わらない笑顔を私に見せる。

「そうか。それはよかった。というか、なんだその喋り方は?」

「神様っぽいじゃろ?」

「全然似合ってないぞ。昔の方がまだマシだ。」

どうやら、私の恩人はうまくやれているようだ。

「本当に、わしに会いに来ただけなのか?」

「あぁ、昔馴染みが心配で顔を見に来ただけさ。なんせ数百年ぶりだからな。じゃ、またお邪魔しに来るよ。」

「気を付けて帰るんじゃぞ。まぁ、お前さんに何かあるわけないか。」

「それじゃね、風姫。」

手を振る彼女の視線を背中に感じながら、私は帰路に着いた。


 「今日は楽しかったのぉ。」

「そうだな。久々に賑やかな飯だった。また、一緒に食べれるといいな。

って、寝てんのか。」

見送りから戻ってきた風姫は炬燵に入ると、すぐに寝息を立てていた。

「もし…。」

もし、この呪いがなかったら、風姫にも出会わなかったし、雪白先生とも仲良くなっていなかっただろうな。呪いのせいで俺の高校生活は最悪なものになってしまったけど、悪いことだけじゃないってことか。

「って、歯磨いてから寝ろよ!今日は手伝わねぇぞ!」

「そう言うな。また、いい思いさせてやるから磨いてくれぇ。」

そう言って、風姫が抱きついてくる。その力は女性の細腕とは思えないゴリラのような力で俺を拘束している。

やっぱ、早く呪いを解いて、平穏な生活を取り戻さねば!と俺は決意を固めるのだった。

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