疑惑の影
その日もいつもと変わらない朝のはずだった。いつも通り、のんちゃん(アラーム)に起こしてもらい、気持ちのいい朝を迎えるはずだったのに、俺の手には別の気持ちのいい感触があった。
柔らかくも弾力があり、生温かい。触っていると落ち着く感じだ。
それに、何だこの香りは?すごく、いい香りがする。
フニフニ、プニプニと手に伝わる感触と共に、女性の声が聞こえる。
「んっ。」「ぁんっ。」
ん?ちょっと待て。
目を開けて、その声の正体を確かめる。
俺の目の前には信じられないことに見目麗しい女性が…って、何だこの状況は⁉︎
「か、風姫⁉︎」
手の感触に思わず、力が入る。
「あぁっ。」小さな声が漏れる。
俺の手は彼女の大きな胸を鷲掴みにし、その指は肉に埋もれようとしている。
驚きでさらに一揉み。
「ぅん。」
おぉ、確認のためもう一揉み。
「あっ。」
……おぉぉ。って何してるんだ俺は!!いかん、早く手を離さねば!
し、しかし、悲しきかな男の
一揉み、二揉みなんて揉んだうちに入らねぇ。満足するまで揉んでやるぜぇ!
「朝から元気なようで何よりじゃ、上も下も。のぉ?」
力を入れようとした手を止め、視線を胸から顔へ向ける。
乱れた髪が顔にかかり、そこから緑色の瞳がこちらを覗いている。
「よく眠れたかの?」
「はい、ぐっすりと。」
「それは、よかったのぉ。ところで、わしの胸は気持ちよかったかの?」
「…はい、結構なお手前で。」
あぁ、最悪な寝覚めだ、、、。
「それより、何で俺の部屋にいるんだよ?」
ベッドから起き上がり、伸びをする風姫に問いかける。
「う〜ん、どうやら寝惚けてしまったようでな。」
「どんな寝惚け方したら、一階からここまで来るんだよ。」
「お陰でおいしい思いができたじゃろ?それとも、昨日の夜でもう満足かの。」
「なっ⁉︎何のことか分からないな。」
「…まぁ、深くは追求せんよ。男として当然の欲求じゃ。わしも力になれて嬉しく思うぞ。いつでもこの感触を思い出すが良い。」
思わず、手で顔を隠していた。顔から火が出そうってのはこういうことだったのか。
「どうしたのじゃ。恥ずかしがることはない。わしにはお前の記憶から一部始終が見えてしまうが、気にするな。実に、元気じゃな。」
「も、もう…やめてください。恥ずかしさで死にそうです…。」
風姫は俺の反応を見て、ケラケラと楽しそうにしている。
こんな辱めを受けるなんて、もうお嫁に行けない。
「もともと行けんじゃろ。」
「うるせーな。心を読むんじゃねぇよ。」
この後、俺は何度もいじられることになるのだった。
夜の行為についてからかわれ、最悪の気分で登校することになった俺は、火の元と戸締まりに注意するよう風姫に言って、家を出た。
朝からあんな恥辱を受けるとは思わなかった。
これから俺の生活はどうなっていくのだろうか。家も学校も…。
登校時、俺のことを知ってる女子は白い目で見て、舌打ちをするか俺に聞こえるように嫌味を言って去って行く。男子は俺と関わりたくないのか、目も合わせようとしない。
そんな調子で風ノ宮高校に着いた俺は掲示板の貼り紙に目が止まった。どうやら、始業式の事件が校内新聞で取り上げられ、『神風の乱』と名付けられたらしい。
「容疑者K・Tさんか。完全に俺のことだな。」
「僕の記事、実に良いでしょう?今話題のサイッコーのネタをドンッと前面に押し出したサイッコーな出来になりましたヨォ!君のお陰ですぅ、神風クゥン。」
突然、後ろから話しかけられ、俺は後ろを振り向いた。
そこには、丸眼鏡のブリッジを右手の中指ですごい勢いでクイクイと上下に動かす丸刈りの男子生徒が立っていた。見るからに関わってはいけないオーラを
「申し遅れましタッ。僕は2年生にしてっ新聞部部長…兼記者兼カメラマン兼編集兼その他諸々全般を担当しております
……色々とうるせー。
クセが強すぎる丸刈り丸眼鏡は今の紹介が書かれた厚紙を渡してきた。多分、名刺なのだろう。
「今後ともよろしくお願いしますヨォ、神風クゥン。あ、そうだ。これは一つ忠告なのですがネェ、あまり関係のない人を巻き込まない方がいいですヨォ。では、失礼しまスゥ。」
語尾がうぜぇ…。
結局、終始眼鏡クイッをやめなかった丸刈りは、変な言葉を残して去って行った。
しかし、変な奴に目をつけられてしまった。一刻も早く呪いを解かなければ、またあいつに絡まれることになる。それは遠慮したいところだ。
…最後に言っていた関係のない人ってのは多分、星宮のことだろう。
彼女のことも何とかしなければいけない。
掲示板を少し離れた俺の後ろで声がした。
「また、悪戯か。一体誰がこんなことしやがる。」
どうやら先生が何かを見つけたらしい。でも悪戯?掲示板に落書きでもしてあったのか?
「ったく、うちに新聞部はないんだがな。毎月毎月、凝った悪戯しやがって。見つけたら、説教してやる。」
え?新聞部がない?ちょっと待ってくれ、それじゃ俺が会った益岡照男は誰なんだ。マジでやばい奴なのか…。
俺は身震いをし、急いで教室に向かうことにした。
HRが終わり、俺は真相を確かめるために、雪白彼方の元へ走った。
「せ、先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけど。」
「何だ走ってきて。すぐ、授業が始まるぞ?」
「うちに新聞部ってないんですか?」
俺の言葉を聞いた雪白彼方の顔から血の気が引いていく。
「神風、うちの高校には新聞部は存在しない。だから、この件には関わるな。」
「いや、それがそうもいかないんですよ。朝、新聞部の益岡照男って男子が話しかけて来たんですけど…。」
俺の口を突然塞ぎ、雪白彼方は小声で話しかける。
「その名を口にするな。益岡照男という生徒もうちにはいないんだ。いいか?これ以上、首を突っ込むな。わかったな?」
雪白彼方の気迫に俺は首を縦に振るしか無かった。
彼女が教室を去った後、俺の中には一つの疑問が渦を巻いていた。
益岡照男って何者だ?
その疑問が解決する日が来るかどうかは、今のところ分からない…。
授業が終わり休憩になるたびに、星宮に話しかけようとするが、どう伝えればいいか考えがまとまらず、休憩が終わってしまう。それの繰り返しで、昼休憩まできてしまった。
いい加減話さなければ、放課後になってしまう。
「よしっ!」
気合を入れ、覚悟を決め、いざ出陣っ!!
「星宮、お昼一緒に食べよう!」
「えっ⁉︎」
「えっ?」
多少話したとはいえ、大量の女子生徒のスカートを捲ったかもしれない奴にお昼に誘われたら、誰だって驚くだろう。
俺も思ってもみないことがポロッと出てしまって、正直驚いている。
話す時間があるか聞こうと思っていただけなんだけど。
星宮は少し困ったように口元に手を当てている。
周りも何が起こったのかとざわざわしている。
「じゃ、ちょっとついて来て。」
「お、おう。」
お弁当を持った星宮が教室を出ていく。パン片手に俺も彼女の後に続いて、教室を後にした。
校舎裏に人がいないちょうど良い場所があり、神風とおると星宮一輝はそこに座り、お昼ご飯を食べていた。しかし、誘ったにも関わらず、神風とおるは話をどう切り出すか悩み、話す話題のない二人の間には沈黙が流れていた。
「私、こうやって誰かとお弁当食べるの初めてなんだ。昔から融通が効かなくて、周りの空気を考えなかったせいかな。仲間外れにはされなかったけど、友達と呼べる人は一人もいなかった。だから、みんなと一緒にいても、一人だけどこか浮いてる感じがあって…。
だから、今日お昼誘ってくれて嬉しかった。ありがとう。」
そんなことを思っていたのか。俺は星宮のことを少し誤解していたみたいだ。
芯が強くて、揺るがないと思っていたけど、本当は強く振る舞おうとしてる女の子なんだ。
「一つ、聞いてもいいか?どうして、そこまで正しくあろうとするんだ?多少のことには目を瞑れば、もっとみんなと仲良くできると思うけど。」
「それは…。」
困ったような表情を浮かべる星宮。聞いちゃまずかったか?
「言いたくなければ…。」
「父が厳しい人で、昔からの言いつけで正しくあれ、間違ったことはするなって教えられてきたからかな。」
「へぇ。お父さんもすごく真面目な人なんだな。」
「…うん。」
彼女の表情が曇ったような気がしたが、どうしたのだろうか。
「それより、お昼に誘うなんて私に何か用があるの?」
「あぁ、それは…。」
そうだった。呪いのことを聞くのが目的だった。しかし、どう言うべきか。
「あぁ、それはだな、、星宮はスカート捲りの件どう思う?誰かの仕業だと思うか?」
「え。それは…。」
星宮が何か知ってるなら、少しずつ探りを入れてぼろが出るのを待つしかない。
さぁ、どう出る?
「正直、人がやったとは思えないわ。笑わないで聞いてほしいんだけど、あれはきっと超常的な何かよ!」
「ブフッ。」まさか、真面目な星宮が真顔でそんなことを言うとは思わなかった。
「あっ、笑わないでって言ったのに!」顔を真っ赤にして恥ずかしそうに星宮が言う。
「いや、ごめんごめん。星宮がそんなこと言うとは思わなくてさ。ちょっと意外で。」
「私だって、それぐらい普通に考えるよ。それにみんなが言うように神風くんが犯人だとしたら、人間じゃないでしょ。」
「確かに、人間業じゃないよな。」
そこまで言うってことは、星宮は呪いとは関係ないんじゃないか。鈴の間違いだったのか?
「あ、もしかして神風くん。呪いとか受けてるんじゃないの?」
………え?今、なんて言った?
「あ、そろそろ行くね。また、誘ってくれると嬉しいな。バイバイ。」
平静を装い、彼女を見送るが、俺の心は動揺でぐちゃぐちゃになっていた。
さっきの言葉はどういう意味があったのか。たまたまなのか、それとも呪いのことを知っていて言ったのか。
「もしかしたら、本当に星宮が俺に呪いをかけたのか?」
しかし、その日はそれ以上星宮と話すことはできなかった。
放課後、俺は買い出しのために近所のスーパーまで来ていた。
「風姫の食べる量を考えると、カップ麺だと食費がかかり過ぎるよな。自炊の方が節約にはなる…のか?あれは、桐生?」
店員の制服姿の桐生龍ノ助ががそこにはいた。
「確か、うちの高校バイト禁止じゃなかったっけ?まぁいいか。何か事情があるんだろ。」
とりあえず食材を買い込み、俺は家に帰ることにした。
両手いっぱいに荷物を持ち帰宅すると、玄関前に待ち構えるように風姫が立っていた。
「どうしたんだよ。そんなとこに突っ立って。」
「いやなに、お前が帰ってくるのを待っていたのと客の出迎えのためにな。」
「は?客?」
「もうじき来るはずじゃ。お、来たかの。」
後ろで足音がして、俺は振り返る。
「待たせたな、風姫。」
「時間ピッタリじゃよ。」
そこには見たことのある顔の女性が立っていた。
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