一人の夜は、君の感触と共に

  誰もいない教室に鈴の音が響き、俺はスマホを取り出した。

スマホにつけた鈴は揺れてもいないのに鳴り続け、何かを知らせている。

風姫に説明してもらったが、この鈴が呪いをかけた人間を見つけるための手掛かりになる。つまり、彼女と別れた直後に鳴ったということは…。

「まさか、星宮が…?」

考えるよりも先に体が動き出し、彼女を追っていた。三階から一階まで階段を駆け下り、生徒棟を出て、辺りを見回すが、星宮ほしみや一輝かずきの姿はどこにも見当たらない。

「もう帰ったのか…。」

もう一度、周りを見回すが彼女の姿はやはり見えなかった。

スマホにつけた鈴の音はもう聴こえない。

しかし、これでやることは決まった。明日、星宮に話をしよう。

早くも呪いを解くことができる望みが出てきたことに、思わず顔に笑みが浮かぶが、あることを思い出し、それは焦りの表情へ変わる。

「先生との約束、忘れてた…。」


 怒っているかと思われた雪白彼方は、予想とは違い、普通に出迎えてくれた。

教員棟には職員室や図書室、保健室など授業では使用しない教室がまとめられている。職員室は教員棟の二階にあり、雪白彼方の机は丁度中央辺りにあった。

机の上にはいくつかの書籍と書類がまとめられており、思ったより片付けられている。

「意外と片付けてるんですね。」

「あぁ?それはどういう意味だ?ったく、片付けておかないと後々困るんだから当然だ。それで、風姫から貰った鈴が鳴ったって?」

「はい。星宮の手伝いをして別れてすぐに鳴ったんですけど、、、つまりあいつが呪いに関係しているってことだと思うんですけど。」

「…なるほど。もう一度聞くが、この鈴は神風の呪いに縁のある者、呪い自体に反応するんだな?」

「風姫から聞いたのはそんな感じですね。」

雪白彼方は机に肘を突き、何か考えている。

「星宮とは初めて会ったんだな?」

俺は頷いた。

「う〜ん。よく分からないな。」

「明日、星宮と少し話をしてみるつもりです。呪いに関係してることは間違いないし、何か分かるかもしれないんで。」

「そう、だな。」

何か気になることでもあるのか雪白彼方は黙ってしまう。

「あの、それで話ってのは何ですか?」

「ん?あぁ、そうだったな。神風は桐生とは仲が良いのか?」

桐生?何かあったのか?

「まぁ、そうですね。桐生がどうかしたんですか?」

「いや、仲が良いならあいつのこと気にしてやって欲しいと思ってな。話はそれだけだ。気をつけて帰れよ。」

「はぁ。」

職員室を後にして、俺は帰路に着いた。

雪白彼方が言っていた、桐生のことを気にしてやって欲しいとはどういう意味なのだろうか。

「あいつ、心配されるような感じじゃないと思うんだけどな。」

まぁ、何かあってからでいいか。一日休んだぐらい何ともないだろ。


 家に着く頃には辺りは薄暗くなっていて、夕食の美味しそうな香りが空腹の腹を刺激し、唸りを上げていた。

時刻は六時を過ぎ、帰るのが思ったより遅くなってしまった。

家に置いてきた風姫が問題を起こしていないか心配ではあるが、家の引き戸を開け、中に入る。

「ただいま。」……返事はない。

おかしいな、まだ寝てんのか?

とりあえず、手を洗うため洗面所へ向かい、引き戸を開ける。

その瞬間、温かい空気が流れ、視界は湯気に塞がれる。

「なんだ?」

視界を塞ぐ湯気はすぐに消え、うっすらと見えていたものが徐々にはっきり見えてくる。それと同時に俺の目は大きく見開かれ、心臓の鼓動は跳ね上がる。

「お、帰ったのか。ん?何じゃ、狐につままれたような顔をして。」

そこには裸の風姫が立っていた。

「な⁉︎なななななななななななな何してんだ⁉︎」

「何って、風呂じゃよ、風呂。」

「あぁ、そうか。そうだよな、ふろ、風呂…。」

あぁ〜、何も考えられない。顔が、体が熱い。変な汗が出てきた…。

女の体ってこんなに綺麗なのか。

白い肌は薄くピンクがかって、水滴がその肌を滴り落ちるたびに、俺の中の何かが落ちていく感じがする。

「何じゃ、恥ずかしいのか?裸ぐらい見られても何とも思わんぞ。なんなら、もっとじっくり細部まで見てみるか?」

ねっとりといやらしい口調、甘い誘惑に落ちそうになる。

「バカ言うな。」俺は何とか欲望を抑え込み、扉をピシャリと閉める。

「服持ってくるから、よければ着てくれ。あと、見てごめん。」

「ふふっ、可愛らしいところもあるもんじゃな。」


 「お、お前、それどうしたんだよ。」

その変わりように、思わず口に出していた。

さっきは裸にしか目がいかず、気付かなかったが、風姫の床を覆いつくすほど長かった髪がバッサリと切られていた。

思わず口に出していたが、女性にとって髪は命とも言うし、聞いたのはデリカシーがなかったかもしれない。

「ん?流石に長かったからの。やしろで居る分には困らなかったが、ここで暮らすとなれば、話は別。思い切って、切ってみたのじゃ。どうじゃ、どうじゃ似合うか?」

腰ほどに切られた黒髪を後ろで纏めた風姫は、嬉しそうに聞いてくる。

彼女の動きに合わせ、ポニーテールも感情を表すように大きく揺れている。

そんな彼女の姿に俺は思わず、目を逸らしてしまう。

「ま、まぁ似合ってるんじゃないか。良い、と思うぞ。」

俺の態度が気に入らなかったのか、風姫はムッとしている。

「こう言う時は、相手をしっかり見て、はっきり可愛いと言うもんじゃぞ。まったくなっておらん!」

そんなこと言われてもなぁ。まさか、ただのTシャツとハーフパンツがここまで破壊力のあるものに変わるとは思わねぇだろ。

ただ俺の服を着ているだけなのに、何故かいけないことをしている気がする。

でも、何だこの気持ち、、、いい!

さらに、服の上からでも分かる大きなおっぱい!先端の膨らみが少し透けてるのが、俺の理性を壊してくるぅ!!だめだぁ、直視出来ねぇぇぇ!!!

「あ、そうだ。お前、切った髪はどうしたんだよ?あれだけ長かったのに風呂場には無かったんだけど。」

「ん?おぉ、それならゴミ袋に詰めて家の前に出しておいたぞ。」

「いや、予想以上にホラーだからやめて。ご近所さんが驚くでしょうが。倒れたりしたらどうすんの。」

「その時は、天まで連れて行くか連れ戻してやるから問題ないじゃろ。」

「おお、神様クオリティー。でも、一回死んでるからアウトだよそれ。」

「何じゃメンドくさいのう。」

「人命優先だ。片付けておかないとな。ついでに羽織るもの持ってくるから、着てくれ。目のやり場に困る。」

「わかった、わかった。」

数分後、危うく死人を出すかもしれなかったゴミ袋を家の中に戻し、パーカーを風姫に着せると、俺達は昨日と同様、炬燵こたつに向かい合って座った。

「それで、鈴が鳴ったんじゃろ?話してみよ。」

「なんで知ってるんだよ?」

「風に乗って聞こえてきたからのぅ。それで、どうするんじゃ?」

「明日、話してみようと思う。なぁ、星宮が呪いをかけたかどうか分からないのか?」

「う〜む、難しいじゃろうな。」腕を組んで唸る風姫。

「そうか。俺が、なんとかするしかないってことか。そうだ、聞きたいことがあったんだけど、この札って何に使うんだ?」

「言ってなかったか。それは、呪いの力を無効化できるんじゃ。ただし、一枚一回だけだがの。それより腹が減ったぞ。何か食べるものはないのか?」

「そうだな。またカップ麺だけど良いか?」

「良いぞ良いぞ。食べられれば、なんでも良い。」

「じゃ、ちょっと手伝え。」

「えぇ〜、神使いが荒いのぉ。」

「何個も食うんだから当然だ!」

文句を言いながらも、風姫は手伝い、今日もカップ麺を五個平らげてしまった。


 突然始まった神との共同生活だが、不思議とそれを受け入れてしまっている自分がいる。一緒にご飯を食べて、テレビを見て笑って、他愛もない話をして、こういうのも良いかもな。

「だが、歯ぐらい自分で磨けよ!」

「ね〜む〜い〜。」

子供のようにぐずる風姫を無理矢理、洗面所まで連れてきて、歯を磨いてやる。

「ほら、もっと口開けろ。」

「ほえぇ〜?」

一体、俺は何をやっているんだ…。明日からは、飯食ったらすぐに歯磨きしてもらおう。してもらわないと困る。

「はい、ぐちゅぐちゅぺっして。ぺっ。」

コップに入れた水を口に含ませ、吐き出すよう促す。

ごくん。

「いや、飲むなって。」

しかし、俺の言葉は風姫には聞こえていないようだった。

「だめだ、完全に寝てるな。炬燵に寝かせて、俺も部屋に戻ろう。」

立たせた風姫を支える手も正直限界が来ていて、プルプルが止まらない。

ここまではなんとか歩いてくれたから連れて来れたが、今回はそうもいかないな。

「仕方ない。」俺は風姫を背負い、立ち上がる。

彼女は思っていたより軽く、そこまで鍛えていない俺でもすんなり背負うことができた。

あんなに食べてるのに、なんでこんなに軽いんだ。そして、これは!

背中に伝わる柔らかく、温かい感触。

これは仕方ないんだ。こいつを運ぶためにしょうがなく、していることであって、決して邪な気持ちがあるわけではない。断じて!!

一歩一歩、歩くたびに彼女の柔らかさが背中に伝わり、寝息が首筋をくすぐる。

お、落ち着け俺。落ち着くんだぁ!!

徐々に前屈みになる姿勢に腰への負担は限界を超え、精神的にも性的にも我慢出来なくなっていた。

風姫を炬燵に寝かせ、色々と限界を超えた俺は部屋に戻り、長い夜を過ごすことになる。

もちろん、ナニかは言わないが。

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