動き出す音
瞼は重く、目の奥に痛みが走る。思考が鈍り、やけに体が重い。眠い、、。
「結局、一睡もできなかった。」
陽の光に視界はぼやけ、痛みに似た違和感に瞬きを繰り返す。
こんなことになったのもあの神のせいだ。
昨夜、家に住むと突然言い出した風姫はそのまま
仕方なく、俺は風呂に入って寝ることにしたが、神とはいえ女性と一つ屋根の下、気にならないわけもなく気付いたら朝になっていたと言うわけだ。
「あいつ、家に置いてきたけど大丈夫かな。」
家を出る際、起きる様子がなかったのでそのまま出て来てしまったが、今更心配になってくる。
しかし、今心配しなければいけないことはそれだけではない。
昨日、雪白彼方が言っていたことだ。
「教師からも生徒からも疑われている、か。あまり目立たないようにしないとな。」
風姫から貰った数珠をつけているとはいえ、いつ呪いが発動するか分からない。
よく分からないお札もあるが、もしもの時を考えて行動しないと。
しかしこのお札、持ってても効果がなかった気がするけど、何に使うんだ?
「考えても仕方ない。やることは決まっているんだ。一刻も早く呪いをかけた犯人を見つけ出すしかない。」
そう、平穏な高校生活を送るにはそれしかないんだ。
学校に着いた俺は、考えを改めなければならないと痛感していた。
校門前に建てられた許すなスカート捲りと書かれた看板、目撃情報求むの張り紙とそれらの文言が書かれたビラを配る女子生徒。
俺に気付いた女子の視線とヒソヒソと何かを話す様子は、今の俺の状況を物語っていた。
これは、思っていたより事態は最悪らしい。
疑われているどころじゃない、完全に犯人扱いだ。まぁ、その通りなんだけど。
周りの刺すような視線に耐えながら、校門を抜け、教室へ急ぐ。
教室へ向かう途中も女子の視線は突き刺さり、どこにいてもそれは変わらなかった。
教室に入った瞬間、俺の顔を見るなり、楽しげに話していた声はなくなり、静まり返る。
男子は気まずそうに、目を合わせないように視線を逸らしている。
またこれか。
見た光景、似たような状況、嫌なことを思い出す。
何も言ってこないのは、はっきりと俺が犯人だという証拠がないからだろう。
俺は自分の席に座り、周りを刺激しないように視線を外に向ける。
窓側の席でよかったと心の底から思う。
校門でもあったが、ヒソヒソと噂をする声が聞こえてくる。
正直、逃げ出したい程に今の状況は辛い。
自然とため息が漏れ、目を閉じる。
ひどい眠気から意識は遠くなり、周りの音が消えていく。
薄れゆく意識の中、誰かに呼ばれた気もしたが、眠気には勝てなかった。
「神風君!!」
突然の衝撃に薄れていた意識は呼び戻され、何が起こったのかと目を瞬かせる。
「やっと起きた。何度も呼んだのよ。朝から居眠りなんてだらしないわよ。」
俺の前には黒髪を後ろで纏めた女の子が立っていた。見たことがある気がする。確か、昨日注意していた子、ほしみや…だったかな。
机を叩き、大声で俺を起こしたのはどうやら彼女らしい。
彼女の行動にクラスの視線が集まり、教室がざわめき出す。
「ごめん、気を付けるよ。えぇっと、星宮さんだっけ?俺に何か用かな?」
こういう時に話しかけてくる人の要件ってのは大抵が面倒なやつだ。
「えぇ、神風君に聞きたいことがあるの。
昨日の事件、あなたがやったことなの?それをはっきりさせたくて。」
ざわめいていた教室は静まり返り、敵意剥き出しの女子達が俺を睨みつける。
やっぱり来たか。こんなにきっぱりと聞かれるとは思わなかったけど、いずれ誰かが聞いてくると思ってた。
下手なことは言わずに、ここは違うとはっきり言っておこう。俺を恨んでる人には悪いけど呪いは解くんだし、問題ないだろ。
「いや、俺は、、。」
「そいつに決まってるだろ。俺は見た。」
俺の言葉を遮るように誰かが口を挟んできた。
それを皮切りに火が付いたように声の波が広がっていく。
面白半分で冗談を言う者、俺を疑う者、否定する者。俺のことを完全に敵視し、罰して欲しいと言う女子もいる。
声の嵐の中、一際大きい声が、それを切り裂いた。
「みんな、静かにして!まだ神風君がやったとは決まってないわ。
それが分かるまで変な冗談は言わないで!!思い込みで真実が隠れてしまうかもしれないのが分からないの。」
その言い方はまずい。
しんと静かな教室の空気が重くなり、俺に向かっていた怒りが彼女にも向かっていく。
「空気読めよ。」「あんな言い方しなくてもいいのに。」「何様のつもり。」
嫌な予感がする。このままでは俺に向けられていた敵意が彼女にも及んでしまうかもしれない。
どうにかしないといけないが、俺が何か言うと火に油な気がする。
さっきまで堂々としていた星宮の顔にも少し焦りが見える。
しかし、不満の声はチャイムの音とともに開かれた扉でピタリと止み、一つの声だけが教室に響いた。
「HR始めるぞー。」雪白彼方が教卓の横に立ち、教室を見渡す。
タイミングを見計らっていたように入ってきたお陰で助かった…。ま、本当に見計らっていたのかもしれないけど。
全員が何か言いたげに渋々席に戻ると、何事もなかったかのように出欠を取り始める雪白彼方。
名前が呼ばれていき、ある生徒で止まる。
「なんだ三木本は今日も休みか。」
「先生、三木本は来ないと思いますよ。」「あいつ不良だし、来ない方がいいよな。」
なんてやり取りをしているが、そんなことより呪いをかけた奴を探さなければならない。このままだと、星宮以外にも迷惑をかけることになる。
これ以上、怒りが大きくならないうちに終わらせないと…。
今のところ鈴には反応はない。ということは、このクラスにはいないってことか?
とりあえず、休憩になったら探してみるか。あまり目立たないようにこっそり行かないとな。
一時間目のクラス委員決めやら色々が終わり、終了のチャイムが鳴る。
それと同時に教室を出ようとすると、「神風ー。」と俺を呼ぶ声がする。
「何ですか?」渋々声に応え、視線を向ける。
銀髪を輝かせた雪白彼方が手招きをしている。
正直行きたくはないが、行かないとひどい目に遭わされるに決まっているので、面倒だが行くしかない。
日本人離れしたスタイルの良さと銀髪碧眼、普通なら担任であることを神に感謝したいぐらいなのだが、性格がなぁ。
「お前、今失礼なこと考えていたろ?」
心臓が跳ねる。
「い、いえ!そんなことあるわけないじゃないですかー。はははっ。」
「…まぁ、いいか。放課後少し時間はあるか?話があるんだ。」
多分、呪いのことだろう。風姫と知り合いみたいだし、昨日のことを話しておいた方がいいだろう。
「わかりました。」
「それじゃ、私は行くから。気を付けるんだぞ。」
小声で伝えられたそれは、何を意味しているのかはっきりとは言ってくれなかったが、これから何かが起こることを予想している感じだった。
………やっぱり、探しに行くのはやめておいた方がいい気がする。
大人しく席に戻ろう。周りの視線も痛いし。
なんとなく、俺は一人の女子生徒に視線を向ける。
立候補するぐらいだし、真面目なんだろう。
だから、か。
あの時、俺を庇ってくれたのは、そういうことだったのか。
朝の一件で周りから距離を置かれているのか、一人勉強している。
俺のせい…だよな。
結局、その日は休憩時間もお昼も彼女が誰かと親しげに話しているところは見なかった。中学からの友達はどうしたんだろう。別のクラスなのか。
そういえば、桐生も今日は休みで見なかったな。始まって早々何やってるんだ、あいつ。
放課後、一日中誰かしらに睨まれていたせいか精神的に疲れてしまった。
「早く、雪白先生のとこ行こ。」
ふと彼女を見ると、まだ残っているらしかった。
星宮は日直でもないのに黒板を綺麗に消している。
そういえば、配布物や回収物も自分から進んでやってたな。校則違反の生徒への注意も人を選ばずにしていた。誰もが嫌がるような仕事を文句も言わずにやってくれて…今もそうだ。明日のために、教室を綺麗に保とうとしてくれている。
ホント、そういうのやめて欲しいな。
「星宮さん、手伝うよ。」気が付いたら話しかけていた。
面倒ごとに首を突っ込まない方がいいに決まっているが、それができなかった。
彼女は驚いた顔でこちらを見ている。
「神風君、何で?」
「え、理由…理由か。とくに考えてなかったけど…そうだなぁ、朝の謝罪ってことでどう?俺のせいで嫌な想いさせてしまったから。」
「朝…。もしかして、みんなの態度のこと?あんなのいつものことよ。中学の時からずっと。
私はただ、正しいと思うことをしているだけ。だから、神風君のせいなんかじゃないわ。」
そうか、だから俺は…。
「授業の時とか見ていて思ったけど、本当に真面目だな。それじゃ、さっさと終わらせるか。」
「そ、そうね。お願いするわ。……見て、くれてたんだ。」
「何か言った?」首を横に振る星宮の顔は少し赤い気がした。
リーン、リーン、、、。
鈴が鳴ったのは、彼女の手伝いが終わり、別れてすぐのことだった。
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