遠慮と遠慮

  彼女の言葉は衝撃的で、驚きのあまり時間が止まったように俺は固まってしまう。そんな俺の肩に手を置き、雪白彼方は優しく語りかける。

「まぁ、落ち着くんだ神風。疑われてると言ってもあんなことが人間にできるわけがない。いくらでも誤魔化しは効く。今考えるべきは、どうやってその力を抑えるかだ。」

彼女の言うことは正しい。

縄をほどきながら、彼女は言葉を続けた。

「その辺は風姫に相談するといい。そもそもあいつが…いや、あいつの専門分野だからな。」

「あの神様のことも知ってたんですか?」

「言っただろう?困ったことがあれば相談してくれと。

本当は私があいつを紹介するはずだったんだが…。まさか自分で見つけるとは思わなかったよ。」

「一体どこまで知ってるんですか?俺には知る権利があると思うんですが。」

「それは今は言えないな。物事には順序がある。特に今回は順序が非常に重要だ。数学の問題で答えだけ教えられても意味がないだろう?

原因、過程、結果、全てが重要なんだ。それに、私も原因までは分らないんだ。それは神風、お前が見つけないといけないものだ。」

「はぁ。」言っていることはよく分らないが、自分で解決しろということだろう。

解けたのか縛られていた圧迫感はなくなり、縄が緩くなる。

立ち上がり、数時間ぶりの開放感から大きく伸びをする。

「さぁ、やるべきことは示したぞ。行ってこい。」

「止められなければ、もっと早くに行けたんですけどね。」

ぼやくように口に出すと、背中に強い衝撃と痛みを感じ、雪白彼方に視線を向ける。

「言っただろう。準備時間だ。」人差し指を立てて、ドヤ顔で何か言っている。

「あーはいはい。物事にはってやつでしょ。分かりましたよ。」

「本当に私に対しては遠慮がないな。もっと他の人と接する時のように、してくれていいんだぞ。」

……ホント、どこまで知ってんだよ。触れてほしくない所をズケズケと、、。

「そう言うとこですよ。先生に遠慮する必要ないなって思ったのは。」

それだけ言うと彼女の顔も見ずに、俺は教室を出る。

「全く、もっと素直になっていいんだよ、神風。」

聞こえはしないだろうが、私は遠ざかっていく足音に声をかけ、一人になった教室を片付ける。ここまでするんじゃなかった、と後悔しながら…。


 時刻は五時を過ぎ、空は茜色に染まり始める。

落ち始めた夕日は間も無く沈み、暗い夜がやってくる。

何度この光景を見ても、人が言う懐かしさというものが理解できない。

これは自然現象の一つで、そこに意味を求めて何になると言うの?

神と人とでは感じるものが違うのだから、理解できないのは当然のこと?

…知りたい。

人間を知りたい。その肉体を、考えを、精神を、生命を、文明を、未来を。

遠い、遠い、昔の記憶……。

あまいってなに?からいってなに?おいしいってなに?あたたかいってなに?つめたいってなに?きもちいいってなに?きれいってなに?かわいいってなに?くるしいってなに?つらいってなに?にくいってなに?ほしいってなに?すきってなに?あいしてるってなに?、、、、何何何何何何何何何何何何何何何何何なになになになになになになになになになnnnnn…………。

足音が止まり、声が聞こえる。

「また、来たぞ。頼みがあるんだ。」

今日二度目の見た顔、我がやしろに勝手に足を踏み入れた珍しい人間がそこに立っていた。

「やっと来たか。それでは、話を聞こうかの。」


わたくしは知りたい。だから、______した。


 木造の古い家屋の割に、キッチンには最新ではないものの料理に必要なものが揃えられ、祖母の性格を表すように綺麗に整理整頓されている。

キッチンと区切るようにカウンターがあり、そこから畳が敷かれ、片付けられないのか炬燵こたつが置かれている。

部屋の壁際にはテレビが置かれ、炬燵に入ってテレビを見ながら、ご飯を食べれる。そんな落ち着ける空間のはずが、部屋には片付けられていない引っ越しの荷物が段ボールのまま放置されており、足の踏み場もない程に散らかっていた。

しかし、片付ける気力も体力もなく、俺は夕飯の準備を始める。

夕飯と言ってもカップラーメンだが、お湯を注いで三分、蓋を開けると部屋には美味しそうな匂いが広がり、今日の出来事で朝以降、何も食べていない俺の疲労はピークに達しており、猫舌なのも忘れ、熱々のラーメンをすする。

豚骨のスープが体に染み渡り、体力が戻っていくような気がする。

ズズッという麺を啜る音が聞こえ、俺は炬燵の向かい側を見る。

「で、何でラーメン食ってんだよ?」

世にも珍しいラーメンを啜る神がこちらに目を向ける。

「ん?いっふぇぬぁかっだが」

「何言ってるか分からん。食べてから喋ってくれ。」

風姫は口に頬張った麺を何度か噛み、飲み込む。

「すまんすまん、美味しくて盗られるんじゃないかと思ってついな。」

「盗らんわ!そこまで食い意地張ってないっていうかそもそも俺のなんですけどね!で、話の続きを…。」

ズズッ、ズズッ、ズズ〜。

「いや、聞けよ。」

「ズズッ?」麺を啜りながら、首を傾ける神。

「もういいや。俺も腹減ってるし。話は食べ終わってからで。」

頷きながらラーメンを食べる姿は人と変わらない。

神がラーメンを食べている。しかも俺の家で。

俺はこのおかしな状況は一度置いといて、麺を口に運んだ。

「…なぁ、風姫さん?少しは遠慮してもいいんじゃないか。」

俺の前には空になったカップ麺が5つも置かれ、風姫は満足そうに腹をさすっている。

「わしは神じゃぞ?遠慮なぞせんわ。」

呆れて何も言えない。どうやら、とんでもない疫病神を家にあげてしまったらしい。色々と言いたいことはあるが、話が進まないので次にいこう。

俺は一つ咳払いをし、話を戻す。

「それで、山で言ってたことだけど、」

「うむ、助けて欲しいという話じゃろ?もちろん助けてやろう。」

「あぁ、そこまでは聞いた。正直、こんなにすんなりと了承してくれるとは思わなかったけど。」

「わしは神じゃぞ。願いを聞くのは当然じゃろ。」

風姫は机に肘をつき、こちらを見る。

はだけた胸元が目に入り、俺は視線を逸らした。

「……ありがとう、ございます。」

「おや〜おやおや〜。」目の前の神はニマニマと嫌な笑みを浮かべている。

「何だよ。」

「今のはどちらに対しての礼なのかぉ〜。」

「う、うるさいな!それで!助けてくれるのはありがたいけど、俺の家に来た理由と呪いを解く方法を聞いてないぞ。」

顔が熱くなるのを感じ、俺は背を向けた。

「そうじゃったな。それを言うのを忘れておったな。まず、お前にかけられた呪いを解く方法じゃが、わしにはどうすることもできん。」

信じられない言葉が返ってきた。

「いや、ちょっと待てよ。助けてくれるって話だろ。じゃ、この呪いと一生付き合って行くしかないってことか?」

我慢できずに、思わず立ち上がって風姫に詰め寄るが、彼女の手が目の前に突き出され、俺の体は動きを止める。

「落ち着いて話を最後まで聞け。その呪いはかけた本人にしか解けぬものじゃ。

下手に解こうとすると最悪の場合、呪いに食い殺されるぞ。

わしにできることは呪いを抑えることぐらいじゃ。」

風姫の話を聞きながら、俺は座り直す。

「じゃ、呪いをかけた奴を探すしかないってことか。でも、そんなのどうやって探せばいいんだよ。」

「それは縁を辿たどるしかないのぉ。その呪いは強力じゃ。強い想いがこもっとる。呪いをかけた奴はお前と何かしら繋がりがあるはずじゃ。近くにいる人間、例えば学生とかな。」

「じゃ、まずは学校内を探せばいいってことか?」

「その通り。それでじゃ、縁が強いと言っても目で見えるものでもないしの、これを持っていけ。」

風姫は胸の谷間から何かを取り出し、俺に差し出す。

「ちょ、どこに入れてんだよ!」顔が熱くなり、視線が定まらない。

「うれしいじゃろ?」

「思春期男子には刺激が強すぎだ!」

「なんじゃ、素直に喜べば良かろうに。」

奪うように手に取ったそれは少し温かく、いい香りがして、さらに顔が熱くなる。

「鈴?」

それは直径一センチ程のどこにでもあるような鈴で、緑色の紐で結ばれ、鈴の下には小さな風車が付いていた。

「それは縁に反応して鳴るものでの、呪いをかけたかもしれない奴が近づくと鳴って教えてくれるという優れものじゃ。ま、本当は呪いに反応するものなんじゃが。」

「いや、助かるよ。とりあえず、俺は呪いをかけた奴をこれを使って見つければいいんだな。」

「うむ。肌身離さず、持っておれよ。あと、新しい数珠も持っていけ。それでしばらくは呪いの力を抑えられるはずじゃ。あ、そうじゃ、言い忘れておったが、わし今日からここに住むからよろしくの。それじゃ、わしは寝る!」

そう言い残し、風姫は倒れ込み、一瞬で寝てしまった。

「……え?」

神とはいえ女性と一つ屋根の下、結局その日は眠れなかった…。

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