悪夢の始業式
高校生活が始まるその日、朝の事件のせいで俺は完全に遅刻していた。
始業式は既に始まっており、壇上では校長先生が挨拶をしている。
当然のことだが、騒いでいる生徒はおらず、体育館には校長先生の声だけが響いていた。
俺はなるべく音を立てないように担任である雪白彼方の元へ小走りに向かうが、足を踏み出すたびにキュッという高い音が鳴ってしまい、壇上を見つめる生徒も先生達もこちらに視線を向ける。
視線が突き刺さり、嫌な汗が溢れてくる。
そんな俺をニマニマと嫌な笑顔で出迎える雪白彼方。
あぁ、存分に笑ってくれ。この人の悪戯が成功した時のような笑顔にはもう慣れた。好きなだけ馬鹿にすればいいさ。
「遅かったじゃないか。後で言い訳を聞かせてもらうからな。
えーと、後ろが一年で、名前の順で並んでる。神風は前の方な。
空いてるからすぐにわかるはずだ。」
そう言って雪白彼方は指をさす。
俺は頷き、言われた場所に行くと、身長が高い男子生徒が小声で俺を呼んだ。
「神風、こっちだ。」
桐生龍ノ助だ。彼とは席が前後ということもあり、入学式に少し話をした。
「どうしたんだよ、寝坊か?」
「ま、まぁな。」
龍ノ助の問いを笑って誤魔化し、空いている場所に座る。
流石に下手なことは言えない。異世界みたいな神社に飛ばされて神様に会ったんだ。なんて言ったら、不思議ちゃん扱いで、すぐに浮いてしまう。
今度こそは目立たないように、浮かないように周りに合せて、普通の学校生活を送るんだ。
不審に思われない言い訳を考えておかないと、後であの人に何を言われるか分らないな。あの人とはもちろん雪白彼方のことだ。
その時、何処かからミシッという裂けるような小さな音が聞こえた気がした。
あんなことがあった後ということもあり、制服が破れたのかもしれないと思い、確認するがその様子はなく、靴紐も異常はない。
気のせいか。色々あったし過敏になってるのかもな。と思い、気を落ち着けるため、ぼーっと校長先生の話を聞くことにした。
その後も何度かその音は聞こえた気がしたが、凄まじい眠気でそれどころではなかった。
どれくらい時間が立っただろうか。寝落ちしていたようでいつの間にか始業式は、終わりに差し掛かっていて、スピーカーからの音声で起こされる。
「以上で、始業式を終わります。一同起立。」
スピーカーから流れる先生の声に合わせ、座っている生徒が一斉に立ち上がる。
涎を拭き、まだ夢を見ているふわふわと寝惚けた状態で立ち上がる。
立ち上がる瞬間、手首に違和感を感じ、袖を捲る。
違和感の正体は風姫から貰った数珠だった。
貰ってすぐに、一応着けていたのだが、受け取った時はいたって普通のどこにでもあるようなものが、今は小刻みに振動し、紐がほつれて切れ掛かっていた。
「何だこれ?どうなってんだ。」
見たこともない現象に目が離せずにいると「礼。」という先生の声が響く。
それが合図のように振動していた数珠が引っ張られたように円状に大きく広がり、風船が割れた時のような破裂音とつんざくような甲高い耳鳴り音とともに数珠は弾け飛び、空中に消えていく。
突然の出来事に驚き、叫び声があちこちから聞こえ、不安と混乱が空間を支配し、混乱は静寂を生み出す。
そして静寂は騒めきへと変わり、不安の声が体育館に広がっていく。
「何、何⁉︎今の何だったの?」「誰かの悪戯じゃない?」「凄い音でびっくりした〜。」
「皆さん、落ち着いて!その場を動かないで!」先生達の声が響く。
そんな混乱の中、俺はこの混乱の原因である手首を見つめていた。
これで終わるはずがないと、思ったからだ。
これは今日起こったことの続きだ。風姫から貰った数珠が砕けたってことはもっとやばいことが起こる前兆なのかもしれない。
その時、ハッと数珠と一緒に貰ったお札のことを思い出す。
入れておいた制服の内ポケットに手を入れ、お札を取り出す。
「よかった。こっちは無事だ。」
しかし、悪寒とともに風が体を通り抜ける。
今日一日で分かった。これは始まりを告げるものだ。
珍しい客が帰り、そこにはいつも通りの日常が戻っていた。
風に揺れる木々の音と鳥達の歌声、動物達の囁き声。
木漏れ日は全てを優しく包み込み、川のせせらぎは時間を忘れさせてくれる。
毎日、毎日一人山で過ごし、誰も訪れることのない、いつ朽ち果てるやもしれぬ
それを寂しいとは思わないし、悲しいとも思わない。
そもそも人避けのためにここを結界で隠し、誰も近づけさせないようにしたのはこのわしじゃ。
「はぁ。」ため息とともに思わず笑みがこぼれる。
それを通ってくるとは全く。
「さて、そろそろかの。神風とおる、わしが責任を持って、お前を導いてやろう。」
遠くで砕ける音がして、風が強くなる。
風姫は風が向かうその場所を面白そうに見つめていた。
どうしてこうなった…。俺が何をしたって言うんだ…。
カーテンで陽の光を遮られた教室は薄暗く、見える範囲の窓には鍵が掛けられている。多分、全ての窓に鍵が掛けられているんだろう。
机と椅子は黒板とは反対側、教室の後ろに椅子を机の上に乗せた状態で纏められ、がらんとした教室の中心に椅子が一つ置かれている。
俺は今、そこに縛られ監禁されていた。
全身が酷く痛み、体のあちこちを擦り剥いたのかヒリヒリする。
今日は何度こんな目に遭えばいいのか…。
こうなった理由は分かっている。
始業式とその後に何があったかを考えれば、今の状況にも納得だ。
あの時の俺の勘は正しかったんだ。
体育館に不安の声が広がる中、風が俺の体を通り抜け、冷たく嫌な感覚に体は硬直し、その場から動けなくなってしまった。
そして、俺を中心にして風は竜巻のように渦を巻くように広がり、全てを飲み込んだ。
さっきの音から続いての異常な事態に体育館には悲鳴に似たようなものが再び響き、大混乱。
時間にして、十秒ほど突風は続き、一瞬で嘘のように消え去ったが、消える瞬間に俺の想像通りのことが起こった。
もう一生分を見たかもしれない奇跡的な瞬間。
スカートが風で捲れ上がる、神風の悪戯だ。しかも今回は体育館にいる女子生徒全員のだ。
女子生徒の一瞬の動揺からの赤面と叫び声。
男子生徒は歓声を上げ、とんでもない状況になった。
この現象で痛い目にしか遭ってないので、正直パンツはもう懲り懲り…と言いたいけど、きっちり拝見させていただきました。ご馳走様です。
混乱が収まらない中、始業式は終わり間近で中断され、全校生徒は各クラスに戻るように指示された。
体育館を出る途中で、雪白彼方と目が合った気がするが、今思えば何かしら気付かれていたのかもしれない。
あの人勘とか鋭そうだし。
しかし、事件はこれで終わらなかった。
始業式の後、生徒はしばらく教室で待機となり、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
さっきのは悪霊の仕業だの超能力者がいるだの宇宙人なんじゃないかだの、あらゆる噂で盛り上がっていた。
「ちょっと、皆!今は待機と言っても、自習の時間よ!静かにするべきじゃないかしら!」
「星宮真面目すぎー。」「そうだそうだ!」
髪を後ろで纏めた活発そうな女子が、教室に響く声で注意する。
あんな注目を浴びるようなことよく出来るよな。反感を買うし、俺にはできないな。
「なぁ、聞いてるか神風?」席の後ろから声が聞こえ、振り向く。
「えっ、あぁごめん。聞いてなかった。」
机の上に座る桐生龍ノ助が呆れたようにため息を吐く。
「だからな、お前あの時、様子おかしかったろ?あの音もお前から聞こえたし、風もお前から出てた気がするんだけどさ。」
冷や汗で服が湿り、息が詰まるような感覚に胸が苦しくなる。
これはまずい質問だ。
そりゃ、後ろに座っていたしバレないわけないよな。
多分、俺の周りにいた奴は皆不思議に思っているに違いない。
「いや、あれが人間業じゃねぇのは分かるからお前がしたなんて思ってねぇんだけどさ。何か知ってるんじゃないかと思ってさ。」
「いや、俺もよく分らないな。突然のことだったしさ。」
桐生には悪いが本当のことなんて言えないし、嘘を吐くしかない。
「ふぅん、そっか。変なこと聞いて悪かったな。」
「いや、そんなことないって。俺、トイレ行ってくるわ。」
逃げるように席を立ち、ドアに向かう。
その途中、さっき注意していた女子と目が合ってしまう。
まだ、言い合いしているようで席を立つ彼女から不思議と目が離せない。
自分とは真逆の彼女を羨ましいと思ったからなのかもしれない。
廊下の前、教室を出る瞬間、俺の目には彼女の履く可愛らしいクマさんが映っていた。
悲鳴のようなものと同時に、俺は教室から走り出す。
まだ終わっていなかった。
どこか、一人になれる場所まで逃げないと大変なことになる!
教室で待機と言っても学生にとっては自由時間だ。
廊下に出ている生徒も多く、俺は人を躱しながら、人がいない場所を探す。
「どこか、ないのか?」
「きゃー!」後ろで悲鳴が聞こえた気がした。
今日で何回も悲鳴を聞いているおかげで幻聴が聞こえ始めたかな。
「何これー!」「もうやだー!」
いや、後ろからずっと悲鳴がついて来てる⁉︎
恐る恐る振り返ると、俺が走った所の近くにいた女子のスカートが捲れ上がるという怪事件が発生していた。
「まずいまずいまずいまずい!!」
段々とこの現象が起こる感覚が短くなっている気がする。
このままだとずっと家から一歩も出れなくなるかもしれない。
「何とかして止めないと!多分、あの神社に行けば…風姫に会えば力になってくれるはずだ。」
一年の教室は生徒棟の三階にあり、とおるは階段を降り、出口へ向かう。
生徒棟の出入口からは向かいに建てられた特別棟が見える。
扉を通った瞬間、目の端に人影が見え、俺は視線を向ける。
扉にもたれ掛かり、俺が来ることを予想していたように雪白彼方が待ち構えていた。
「神風、教室で待機と言っただろう?まだ行かせるわけにはいかないな。」
「せ、先生…。」
思いもよらない出来事に、バランスを崩し、視界が回転し、強い衝撃と共に俺の意識は遠くなっていく。
そして、気が付くとこの薄暗い教室に椅子に縛られ、監禁されていたというわけだ。
思い出すと、おかしな状況だ。
意識を失うところまでは理解できる。普通に考えておかしい状況だけども。
でも、どう考えても一つだけ納得できないことがある。
「俺、何で縛られてんの?」
こんなことをした犯人は大体予想はつくが、理由が分らない。
というか、その最も疑わしい雪白彼方はどこにいるんだ。
その時、大きい音を響かせ、扉が勢いよく開けられた。
「あ、やっと起きたか!全身強く打ってるみたいで心配したぞ。」
引き戸のガラガラという音とともに扉が閉められる。
「まさか、あんなに回転して派手に転けるとは思わないから、流石に私も肝を冷やしたよ。」と笑いながら語る雪白彼方。
「そう言うわりに、ここ保健室じゃないですし、俺縛られてるんですけど?
理由とか聞いていいですか?」
俺の言葉を聞いて、雪白彼方は腕を組んで考え込む。
よほどまずい状況なのだろうか?もしかして、警察沙汰になったとかか…。
彼女の口が開き、俺は唾を飲み込む。
「それは…その方が緊張感が出て面白いかと思って、やってみた。」
思考は停止し、時間が止まったように静寂が訪れる。
……………何を言ってるんだ、この人は。
「あの、つまりふざけて俺のこと縛って放置したってことですか?」
「ふざけてとは侵害だな。私は至って大真面目だよ。」
「余計タチ悪いわ!あんた教師だろが!」
「教師にだって楽しみは必要なんだよ?それに、今神風に自由に動かれると困るんだよ、私。」
雪白彼方の発言は明らかに異常現象の発生源が俺だということに気付いてる感じだ。
「それ、どういう意味ですか?」
「ん?私もある程度のことは知っているってことだよ。
それに彼女にも準備する時間が必要だから、君を止めたってことさ。
授業中に抜けられると私が困るってのもあるけどね。」
彼女?風姫のことか。一体どこまで知ってるんだ。
「で、もう行ってもいいんですかね?」棘のある言い方で彼女を見る。
「あぁ、いいとも。授業も終わってもう夕方だ。下校時刻はとっくに過ぎている。」
は?聞き間違いか?昼前からそんなに時間が経っているのか。
「一体何時間縛り続けてんだよ!鬼か!」
「おいおい、私は教師だぞ。ちょっと言い方キツくない?」
「生徒を縛って何時間も放置する教師には当然のことだと思いますけどねぇ!
ほら、早く解いて!」
「全く、折角君が疑われないように色々手を尽くしたのになぁ。」
心臓が大きく跳ね、目が見開かれる。
「ど、どういう…。」
俺の反応に気を良くしたのかニッと笑う雪白彼方。
「神風とおる、君は今回の件の犯人ではないかと生徒、教師から疑われているんだよ。」
雪白彼方の言葉は、脳天から全身を貫き、心臓を握り潰されるような感覚に俺の生命機能は一瞬停止する。
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