逃走の果てに

  坂道を駆け上がる脚は既に限界を迎えていた。

息を吸うたびに喉がキュッと冷たくなり、肺が破裂しそうになる。

汗でぐっしょりと濡れた服が体に張り付く不快感と、暑いはずなのに、冷えたような感覚。

一歩踏み出すたびに体が重くなっていく様に感じ、今すぐに足を止めて、休みたい。

しかし、後方から聞こえる声が俺の足を前へ前へ進ませる。

絶対に捕まってはいけない。

捕まれば、晒し者にされて、俺の人生は終わってしまう。

逃げなければいけない…でも、どこへ、、。

頭に酸素がいってないのか何も考えられない。

坂を上がりきり、視界が開け、風ノ宮高校が目に入る。

登校する学生が不思議そうに俺を見ている。

それもそのはずで学生服を着ているのに全力でさらに坂を上に駆け上がっていくのだから、目立ってしまうのは当然だと思う。

いつもなら恥ずかしくて、そんな目立つ行動は取りたくないけど、今は学校には逃げられない。

多分、学校だと逃げ場所が無く、すぐに捕まってしまう可能性が高い。

それに、普通は校内に逃げ込むと思って、坂の上には来ないだろうからこっちの方が逃げられる確率は高いはずだ。

 坂を登り始めて数分、高校を通り過ぎてからの道はあまり整備されておらず、ほぼ登山道と変わりなかった。

限界をうに超え、追手が来ていない安心感から、俺はその場に座り込んだ。

「もう、走れねぇ。」全身の力がそれと一緒に抜け落ちる。

周りは木々に囲まれ、鳥の声と葉の揺れる自然の音が気分を落ち着かせてくれる。

しばらくすると、荒い呼吸も次第に収まり、この後のことを考えようとした時、何処かから声が聞こえてきた。

「そっち___だ。」「___隠れ_だ。」

「女の敵め!隠れても無駄だぞ!」

次第に大きく、はっきりと聞こえてくる声は明らかに俺のことを探していた。

「ヤバい!」

慌てて逃げようとして足が絡まり盛大に転けてしまう。

鈍い痛みと衝撃で声にならない声が漏れる。

「何か聞こえた?」「あっちの方じゃない?」

クソッ!自分の足と思えない程、重いそれを引き摺るように立ち上がり、坂を登っていく。

何でこっちに来たんだ!二手に分かれたのか?

いや、今はそんなことより、どこに逃げるかだ。

このまま始業のチャイムまで逃げ切れれば助かるだろうけど、授業には遅刻するだろうし、今更、後退はできない。

道を外れて、木の間を抜けて行くか?いや、危ないし今の脚だと絶対に怪我する。

これ以上痛い目には遭いたくない。

出血しているか青くなっているであろう箇所がジンジンと痛む。

でも、脚ももう限界だ。

日頃の運動不足か、今までの俺に説教してやりたい。

今、運動しておかないと近い未来スカート捲りで女子にボコボコにされて逮捕されてしまうぞ!って。

そんな馬鹿なことを考えている間にも、声が大きくなってくる。

「いた!あそこよ!」「包囲して!逃げられないように取り囲むのよ!」

そこまでするとか、本気度が思っていた十倍はあるんですけど!

マジ怖ぇぇ!

これじゃ、捕まったらどんなことになるかわかったもんじゃない。

思い切って登山道を外れ、木の間を駆け抜ける。

「そっちに行ったわ!」「あぁもう!どこに行ったのよ!」

密集した木と高く伸びた草のおかげで見失っているらしい。

よしっ、撒いたこの隙に逃げきっ…。

体の自由が突然奪われ、ふわっと浮いた感覚の後、目に映ったのは崖のような急斜面に投げ出された光景だった。

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