第6話:嘘吐き呼ばわりとは心外ですわね
「い、いえ、それはッ、言葉のあやといいますか、決して深い意味はなくてですなッ!?」
「うん? 僕が尋ねたのは”卿”の真意であって、それが深いか浅いかではないのだけれど」
「で、でで、ですからッ!」
クリス様は顔を真っ青にして、しどろもどろに言い訳をします。……あ、また唾が飛びましたわね。ラーゼルト殿下は、それをひょいと避けました。
「あはは、危ないなぁ。気を付けたまえよ? 〝卿〟自身のためにもさ」
「? 何がでございますか?」
青ざめさせた顔のまま、ポカンとした表情で尋ね返すクリス様。
王子殿下のお顔に唾を吐きかけたとなっては大問題になってしまうのですが、彼はそれに気付いていないご様子です。
クリス様は不思議そうに首を傾げると、やがて殿下のお言葉をどのように都合よく解釈したのか、私たちのほうへびっと人差し指を突きつけました。
「いや申し訳ない! 気を付けてはいたのですがね。どうにもこの質の悪い輩に妄言を吐かれておりまして! それで思わず、『こんな場所』などと申し上げてしまったのです!」
「ふうん? 妄言とは?」
「この女は俺と別れたくないがために、捧げたはずの金を〝貸している〟などと嘘を吐いておりましてな! そして俺がそれを咎めていると、下心を出したそこの男どもが横から口を挟んできたのです! まったく、次男三男の分際で伯爵家の長男であるこの俺に意見するとは嘆かわしい!」
「うん、そうか。僕も王家の〝三男〟だけどね」
「ッぁ!?」
あ、この方、終わりましたわね……と私は思いました。
ラーゼルト第三王子殿下といえば、その愛らしくも美しいご容姿とは裏腹に、ひとたび敵と定めた相手には情け容赦のない性格であらせられると有名です。
噂によれば、以前に殿下を侮った家庭教師がその後ノイローゼになり、資格も剥奪されてどこかに姿を消したそうで。
「で、殿下ッ! 殿下は思い違いをしておられますッ!! この俺は別に、殿下の王位継承権が低いという話をしたわけではなくッ!」
「そこまで言ってないんだけどなぁ……。まあ、いいか。それで、アーウィン嬢? 彼の主張に対して意見はあるかい?」
「……はい、殿下。ミューア家がアーウィン家にした借金、それと彼個人が私にした借金については、しっかりと書面を交わしております」
ふいに会話の矛先を向けられ、私は少し緊張しながら答えました。
お相手が王族ということもありますが、眩しいほどに麗しいご容姿の方なので、勝手に鼓動が早くなってしまうのを感じます。……私に年下趣味はないはずですが。
ふと見ると、ミア嬢などは見惚れたように固まってしまっておりました。やけに静かだと思ったらそういうことだったのですね。というか固まるなとは申しませんけど、ドレスの裾を強く掴まないで欲しいです。
「ふむ」
ラーゼルト殿下は思案するように口元に手を当て、再びクリス様へと目を向けました。
「書面などッ! 俺は存じ上げませぬ!! 恐らくは偽造したものでしょうッ!」
すかさず彼は叫びます。
偽造って……ご自分が何を言っているのか理解しているのでしょうか? 王族を前にして、アーウィン家が犯罪者だと主張しておりますのよ、あなた。
「そうか、偽造ね。……それはともかく、アーウィン嬢。野心家だとは聞いていたけれど、家の乗っ取りとは感心しないな」
「そ、そうだ! 卑しい女めッ!! お前ごときが我がミューア家の権利を奪おうなどと、恥を知れ!!」
柔らかな笑みを浮かべて殿下が私を非難すると、その隣でクリス様が嬉しそうに同調しました。……あら? もしかして旗色が悪いのかしら? 殿下の御心が読めません。
「……お言葉ですが、殿下」
「ッ、貴様ァ! 王子殿下のお言葉に口答えをするつもりかァッ!! もう貴様は黙っているがいいッ!!」
私が反論しようとすると、被せるようにしてクリス様が怒鳴りました。こちらの発言を封じ込めるおつもりなのでしょう。
どうでもいいですが、あなたのほうこそ殿下のお言葉に否定ばかりを返しておりましたのよ? もしかして自覚がないのでしょうか。
それはそれとして、彼の飛ばした唾がついにラーゼルト殿下の肩に触れました。
「うわ。汚な」
ぼそりと殿下が呟きます。
クリス様はやはり気付かぬ様子で、私を指差しもはや絶叫するかのように声を張り上げました。
「お前のような卑しい女が、殿下に意見しようなどいうこと自体が罪なのだッ!! さあ、殿下! この嘘吐きに沙汰を言い渡してくださいッ!!」
「うん、そうだね」
ラーゼルト殿下はにこやかに頷くと、私に向かって仰いました。
「そんなに権力が欲しいのならば、アーウィン家には新たに伯爵の位を授けようかな。ちょうど今から、その席が一つ空くところだからね」
「……はい?」
「なッ!?」
告げられた私以上に驚愕した様子のクリス様へと振り返り、殿下は言葉を続けます。
「ミューア家の爵位は剥奪するよ。短い間の〝卿〟だったね。お疲れ様、
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