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「レオがいなくなって、ひとりになった瞬間だった。首元にちくりと痛みを感じた。それからひどい眠気に襲われたんだ。気がついたらどこかの地下室だった」
沈むような口調で言ってから、タイガはメイド特製のオムライス弁当をひと口——。最初の口当たりは、ふわりとした卵の香り。噛むたびにケチャップの酸味と、米の甘さを感じる。パサついていない鶏肉と、香ばしい玉ねぎの旨味が波のように押し寄せてくる。しかし、拉致事件のことを話しながら食べる昼食は、美味ではない。
「悪党たちはけらけらと笑って。その忌まわしい視線で僕の全身を舐めまわしていた……。すごく怖かったよ。でも、セリカが助けてくれた」
「あの、ボンきゅっボンのメイドさんが? やっぱすげぇな」レオナルドはむしゃむしゃと、フライドチキンの衣を口から飛ばしつつ、「悪党って、もしや、最近話題のアンドロイド集団だったりして」
「たぶん、そうだと思う」
「まじか」
レオナルドの
「僕を拐った連中は全員。人間ではなかった。危うくレーザーに焼き殺されるところだったよ……」
アンドロイドのみで構成された犯罪組織。
最近ニュースで話題になり、世間の話題にもなっている。
数年前は、ひと家族にアンドロイドひとり、と言われるほどの優秀な家庭的機能と利便性を誇っていた彼らである。が、ある日突然、人間に反抗するようになった。自律学習型のAIが発達しすぎたこと。それが原因だというのが、一般論である。
一方の事実として。AIを定期的にアップデートし、アンドロイド一人ひとりの性格情報を厳重に管理する、巨大サーバーがあった。そこに人為ウイルスが混入したことが反人間行動の原因であり、それをアンドロイド製造元であるビスクドール社が
そもそもビスクドール社のサーバーはすでに破棄されている。事の真偽を、一般人にたしかめる術はない。せいぜい都市伝説のように、話がひとり歩きしている程度である。
「ネットで調べてもさぁ」レオナルドは片手でスマホを操作しながら、「ビスクドールの社長が記者会見で謝っている動画以降。これといったものは流れていないよなぁ。ビスクドール社こそが被害者だろ、っていうコメントもかなり見かける」
因果関係がどうあれ。黙っていれば人間と見紛うほどのアンドロイドが自我を持ち、人を襲う可能性が湧いた以上、それは商品として売れるものではない。むしろ人類を
「軍が動くほどの騒動になったのは、覚えているよ。僕もレオも小学生の時だったよね」
「そそ、あれな。うちなんか、アンドロイド買えるほどのお金なかったから。まるっきり人ごとだったけど。近所の家とか騒然としてたぜ、アンドロイドが急に金奪って逃げた、とか。殴られたから殴り返して壊した、とか」
「僕の家は代々人間のメイドさんに頼っているから、アンドロイドとの生活には無縁だった。それでも当時、父上は頭を抱えていたよ。なんでも会社の重役がアンドロイドに殺されたとかで」
「そんなことがあったのか?」
「うん。その重役が家に置いていたメイド型アンドロイドが、急に刺殺事件を起こしたらしいんだ。台所の包丁を手にとって、我が主人を……」
「刺したってのかよ……」
話の内容が暗くなり、だんだんと弁当の味が薄くなるのをふたりは感じた。苦い顔でフライドチキンをかじるレオナルドの頭上で、カラスが鳴いている。いい頃合いで暗い話題を切り上げないと、せっかくのランチタイムが濁ってしまう。
「父上はすぐに社内条例をだしたよ」
「アンドロイドは全破棄せよ……、か」
それは当時、世界中の合言葉にもなった。
「そもそも父上はアンドロイドに否定的だった。メイドや使用人の代わりを、機械などに全うできるはずがない……。よく言ったものだった」
「ソクラさん
ウィキを読みあげているようだ。
「その一〇パーセントから、いまはだいぶ数が減っているんじゃないかな?」
「新たな個体が製造されてはいないはずだからな」レオナルドは指で画面をスクロールして、「ああ、あった。文面によると……」
——犯罪行為等によって、その姿を確認された後。逮捕、破棄されたアンドロイドは現在、ビスクドール社が公表している全製造台数のうちの二パーセントにのぼる。残る八パーセント。ないし、自然劣化で機能停止した個体を考慮しても。七パーセントは現存稼働している可能性が高い。
アンドロイドたちは、彼ら独自のコミュニティを形成している。ときにゴロツキのような不良集団から、統率の取れたテロ組織。ある一種の思想を共有し、犯罪行為に
液晶に映る文字列を、レオナルドは淡々と読みあげた。
「僕はつまり、イヴァンツデールへの恨みとか、私怨とか関係なく。ただ単に、資金調達のために拐われたんだね……」
「そういう、こったな」
難しい文面を読んだことで頭が熱くなったのか、レオナルドはスマホをポケットにしまった。フライドチキンに集中することにした。何気なく空を見上げると、一匹のカラスがくるくると旋回していた。大好物をかじりながら、レオナルドはそれを目で追う。とくに意味はない。
「しっかしすげえよな。メイドさん」
「ん?」ひと足早く食事を食べ終えたタイガは、弁当箱の
「だってよ、躰ひとつでおまえのこと助けたんだろ?」
「うん。それはもう、すごい動きだった」
「セリカさんの身体能力ってさ……」レオナルドは最後のチキンを食べ終えて、「普通じゃないじゃん」
全力疾走はオリンピック選手以上の速さ。犬笛の音が聞こえる。視力は4.0。腕力ひとつで車両を持ち上げられる。などの並外れたセリカの身体能力は、近隣では有名である。が、それらの能力を実際に目にした人は、ほとんどおらず。うわさは聞いたことあるが信じているわけではない、というのが大半の意見だ。
かくいうレオナルドは、セリカが農業用トラクターをその身ひとつで運んでいる瞬間を、目撃してしまっている。
「あのトラクターを運んでるときは、さすがに驚いたわ」レオナルドは両手を空にむけて伸ばした。「車体の腹に両手をまわして、ぐっと持ち上げてさ。これはどこに置いたら良いですか? ご主人さまって。ソクラさんに言ってたっけ。ダンボールでも運ぶみたいに」
「ああ、それは第二倉庫に運んでくれ」
タイガは、ソクラそっくりの声で言った。
「やべ、ちょー似てる」レオナルドはげらげらと笑って、「あのトラクター、急に故障して動かなくなったんだろ?」
「そうそう。ハリケーンが来る直前だったから、トラクターを
「でさ、でさ。昨日おまえ、助けられたとき。例のあれ。見られたのかよ」
レオナルドにも、まだ見たことがないセリカの秘密がある。
「あれって……」タイガはすこし考えて、「金棒のこと?」
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