第24話冴えない大学生は許さない
数日が経ち金曜日。
火曜日以降、小幡が俺に話しかけてくることは無かった。廊下ですれ違う時にも視線を交わすことすらしない。初見の人が見れば、まちがいなく赤の他人同士だと思うだろう。
そのおかげかクラス内で小幡に向けられる視線はあきらかに減少していた。再来週からは夏休みに入るし、そうなればいよいよ元通りになる準備が整う。
その一方俺はというと、奇異の視線に追加して「本格的にフラれてるやんwww」という嘲りテイストを含んだ視線が投げかけれるようになっていた。
もちろんそれを主導しているのが木村ということは言うまでもあるまい。
......みんな夏休みに記憶喪失とかなってこのこと忘れたりしないかな。
「はい、ではみなさん来週の試験頑張ってくださいね~」
ホワイトボードの前に立つ教授がそう告げると、にわかに教室が騒がしくなる。
いたるところから「夏休みどこいく~?」だの「実家帰るのめんどい~」だの、来週のテストの話なんか一切してない。なんて不真面目。無駄口しか叩いてない。
その点俺は実に模範的だ。学校で無駄口叩かないどころかもう誰とも口きかないまであるからな。がはは! ダメじゃん......。
陽キャの喧騒に背中を刺されつつ、いつも通りさっさと荷物をリュックにまとめ教室をあとにする。
教室から出る直前、小幡の姿が目に入った。
元に戻りつつあるとはいえ、やはりまだ少し周りと距離があるのか、小幡はグループの輪の端で笑顔の仮面を張り付けている。
と、小幡の対面に立った女子が「ほら」とスマホ画面を他の連中に向ける。するとすぐさまそこに人が集結した。
しかしそれは、一人をのぞいてという注釈が入る。
「............カンケーねー」
俺は小幡の、すこし苦々しい表情など見なかったことにした。
***
部屋に戻ってからというもの、俺はパソコンでユーチューブのやったことのないゲームの実況動画を垂れ流しながら、スマホでツイッターのタイムラインをぼーっと眺めていた。
さすが時間泥棒界隈の二枚看板といったところか、うむ、やめ時がない。
ユーチューブに関して言えば動画が終わるとものの数秒で自動再生とかしだすからいよいよエンドレスである。
窓の外に目を向ければそろそろ日が暮れようとしていた。部屋に帰ってきた時にはまだ真っ青だった空が、いまは橙色に染まっている。
「ふぅ......」
ちょうど動画が終わったので流石にそこで自動再生をキャンセルする。
パソコン画面の右下にある時計に目を向けると、現在時刻は午後五時少し前。帰ってきてから実に二時間近くこうしていたようだ。
これでも来週単位がかかった試験なんだよなあ......。
『ピンポーン』
と、不意にチャイムが耳を打った。静かな部屋の隅々まで響くような音だ。
「......あれか?」
しかし、もうこんなことでいちいち緊張などしない。
それにこの前ネットで注文した商品が届くころだ。前から読みたかった漫画を一気に全巻買ってやった。夏休みの有り余る時間にちょっとずつ読んでやろうという算段である。
なので俺は、むしろちょっとルンルン気分で玄関に向かう。
もうのぞき穴で確認する必要もない。こういうのでいいんだよ。かわいい女子と関わることだけが大学生活じゃない。
こうして束の間の自由を満喫することこそ、学生の一人暮らしの醍醐味である。
「はーいっ」
もう半ばスキップしながら、バイト先で出すようなすこしトーンの高い声とともにドアを開け――
「きゃっ」
その声は、およそ仕事中の配達員が上げるような声ではなかった。
なぜならそいつはまるで十代の女性の声のようで、
「――っ!」
加えてどこか、聞き覚えがあったから。
思い至った瞬間、俺は思い切りノブを引っ張り戸を閉じる。
ドアに巻き込んだら大変だ、ということは閉じてから気付いたがそれは杞憂に終わる。
しかしそのことにほっとする暇もなく、今度は頭に血が上る感覚が襲ってきた。
『......佐伯?』
「――来るなって言っただろっ!」
もはやのぞき穴で確認するまでもない。
このドアの向こうにいるのは、
「この前のこと、もう忘れたのかよ......っ!?」
きっとドアが開いたままだったなら、俺は小幡に手を上げていただろう。
しかし今はぐっと拳を握りしめ、細く長く息を吐き気持ちを静める。
『あんなの、忘れるわけないでしょ......』
「だったら......!」
この向こうにいるだろう小幡のことをにらみつけた。
でももちろん、そんなことをしても意味はない。
『だからだよ。それに、佐伯の考えてることも、ちょっとくらいはわかると思う』
「......わかってたら来たりしない。この前だってそうだ。ほんとにわかってたら、もう俺と関わろうとするわけがない」
『そんなこと――』
「あんだよ!!」
ドア越しに、小幡が息を呑むのが分かった。
「......悪い、怒鳴りすぎた」
『ううん。私も約束破ってここに来てるんだから、これくらいは言われて当然だよ......』
これじゃただのヒステリック野郎だ。全く情けない......。
いまになって、事情も聞かないで怒鳴りつけた自分の愚かさが憎い。
それからしばしの静寂打ち破ったのは小幡のほうだった。
『ねえ、佐伯』
「......どうした?」
『部屋に、入れてくれないかな』
「......忘れ物か?」
『そうじゃ、ないけど。一回、顔を合わせて話がしたいの』
「......」
『だめ、かな?』
木の板一枚挟んだ向こう側から、まっすぐ小幡が俺の目を見ているのが分かった。
面と向かって話し合わないと分からないこともある。それは俺にも理解できる。
でも、
「――なんで、いまなんだよ......っ?」
握った拳をゴンっと壁に打ち付ける。
両隣の隣人が出かけているのは幸いだった。
『このままじゃ、ずっと話せない気がして。佐伯、あからさまに私のこと避けてたから』
当然だった。
小幡がいつも通りになりつつあるのに、そこで俺みたいなノイズなんかが混じったらそれだけで今までの努力が水の泡だ。そんなこと、小幡が許しても俺が許さない。
「......帰ってくれ」
『ねえ、佐伯』
「――帰れよっ!」
痒くもないのにガサガサ頭を掻きむしる。
ドアの向こうでなにか動く気配があった。
『また、来るから......』
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