第18話陽キャはノリでなんとかする

 それから窓の外が暗くなるまで、俺たちはゲームに熱中した。

 途中いちど昼食休憩をはさんだが、それ以外はほとんどぶっ通しだったと思う。

 ちなみに今回は俺が料理を担当した。


 結果はまあ、お察しくださいという感じだ。たかだか数か月のつけ焼きでは小幡をうならせることはできなかった。ぐう悔しい。

 と、画面ではちょうどラスボス前最後の村に到着したところだった。

 ひと段落し、小幡が「んっ」と声を漏らしつつ伸びをする。


「やば、もうこんな時間」


「なんか用事あるのか?」


「いや、べつにないけど。普通にそろそろ帰らなきゃなーって」


 たしかにそうだ。現在時刻は午後七時すぎ。実家ならもう夕食を終えている時間である。


「どうしよっかな......」


 人差し指で下唇を抑えて、小幡が試すような目で見てきた。

 ......なに言わせるつもりだよ。


「......泊めるとか、ないからな」


「まだ私、なーんにも言ってませんけど?」


 ニヤニヤと癪に障る表情で見上げてくる。

 目は口程に物を言うという言葉の意味が今わかった気がする。


「――ま、泊まれないならしょーがないかな。じゃあ私もう帰るよ」


 小幡は手早くゲームの進行をセーブすると、部屋の端に置いていた荷物を手繰り寄せすくりと立ち上がる。

 それを見て俺も急いで立ち上がると、小幡がきょとんと首を傾げた。


「なんか用事?」


「いや、そうじゃなくて......」


 ここは、前回見せられなかった男の甲斐性の見せどころである。


「......送ってくか?」


 俺がそう言うと、小幡の首の角度がさらに深くなる。......こんちくしょう。


「......だから、その、外暗いし」


「え? ――あ、あぁ......」


「なんだよ......」


 訊くと、小幡はそっと口元を手で隠して、


「――佐伯、こういうの初めてでしょ」


 笑いをかみ殺すような表情に加え、図星だったのでさらに憎たらしい。こんなむかつく顔でも無駄に可愛いのがまた腹立つな......。

 俺が返事できないでいると、ふと小幡の表情が和らいだ。


「――ま、今回は佐伯の勇気に免じてあげようかな」


 そう言うと小幡はふふんと鼻を鳴らした。


「いつもだったらあんな誘いかたされたら断るけど、今回だけは特別にしてあげる。でも今度からもっと堂々と誘ってよね」


「......どんだけ上から目線なんだよ」


「気にしない気にしなーい」


 適当に流された感じがするが、とにかく送っていく権利は得たということだろう。ちょっと言い方が回りくどいんだよな。


「なにぼさっとしてるの。ほら、着替えて着替えて」


「え?」


「パジャマで外出るつもり?」


「これ一応、俺の私服......」


 俺の心にまっすぐ突き刺さった。


 ***


 夏が近いというのに夜はまだ少し肌寒いくらいだった。

 ときたま、田舎で遮蔽物がないことをいいことに吹き付けてくる風に乗って、小幡の香水の香りが鼻をかすめる。

 田舎の特有の静けさが二人の間に満ちていた。


「そういえば、今日はなんでうち来たんだ?」


 その沈黙を破るべくそう訊くと「えー?」と不満げな声が返ってくる。


「佐伯、前もそれ訊かなかったっけ?」


 小幡は苦笑いしながら「ま、いいけど」と続けた。


「実は私、昨日も来てたんだよ?」


「え? 何時くらいに」


「学校終わってまっすぐこっち来たから、二時か三時くらいだと思うけど」


「でも、インターホン聞こえなかったぞ?」


 その時間なら俺も部屋にいたはずだ。しかしその時間帯にインターホンが鳴った記憶がない。

 昨日はたまっていた課題を消化してからそのままバイトに行ったので、ヘッドホンをしていて聞こえなかったということもないだろう。

 不思議に思って小幡を見ると、照れくさそうに頭をかいて、


「押さなかったからね、インターホン。というよりまあ、押せなかった、かな」


「は? それって......」


「えっとまあ、端的に言えば、チキった、と言いますか......」


 それだけ言うと小幡の足並みが少しはやまる。

 俺もそれに追いつくべく少しペースを上げた。


「約束すっぽかしちゃったの二回目だったし、もうドア開けてもらえないかなって思ってて......」


 そこで言葉を切るとまた照れくさそうにははと声をこぼした。


「それで昨日と今日、なんなら一昨日も、運よくドア開かないかなって、ちょっと見に来てました......」


 まじかよ。全然気づかなかった。

 昨日も一昨日もバイトには出かけたが、その時に小幡の姿は見ていない。


「それまた、なんで俺の家来てたんだ?」


「そりゃまあ、大事な幼少期の友達ですし、約束のこともう一回謝りたくて......」


「それだけ?」


「あとは......。あ、そうだ」


 小幡は不意に足を止めるとゴソゴソとバッグの中を漁り始めて、すこしするとプリントの束を取り出した。


「はい、これ」


「? なにこれ?」


「このまえ佐伯が休んだ時の授業のレジュメ」


「結構前のやつじゃねえか! しかももう持ってるし!」


 そういえば少し前の授業でプリントがないと教授に言いに行ったことがあった。

 多分その時なかったプリントがコイツだろう。


「ごめん、ほんとは最初に部屋遊びに行ったとき渡すはずだったんだけど」


「忘れてたと」


「......あ、ありていに言ってしまえば」


 だからあんなに訪ねてきた理由がふわっとしてたわけね。納得納得。

 いや、言ってて自分で気づかんもんかね。


「――あ、そろそろ見えてきたよ」


 空気が悪くなったのを察知したのか、小幡が少し先にある集合住宅を指さした。

 俺の住んでるさびれたボロアパートとは違い、こぎれいな感じの建物だ。

 そういえば今更気づいたが、小幡も一人暮らしなのか。まあたしかに、出身地が同じなわけだから俺と同じく実家通いは不可能である。


「――じゃ、また学校でね」


「ああ」


 小幡は闇夜の中でも関係ないくらい明るい笑顔の花を咲かせる。


「今日はありがとっ」


 そう言ってくるりと振り返り、建物の中に入っていくのを見届けてから俺も帰ることにした。

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