第17話陰キャは意地を張りやすい
土曜日。いやになるくらいの快晴。
あれ以降小幡からの連絡はない。学校で会っても目すら合わせない。
あんなにすげなくあしらったのだ。当然のことである。
まあ、これが最初から正常な距離感だったのだ。今までが異常だっただけ。それが元に戻っただけだ。
なんとなくテレビを点けると、ちょうど前見た地方の情報番組がやっていた。こっちのことを全く調べずに来たので、ちゃんと見てみると知らない情報がどんどん出てきて意外と面白い。
しばらくぼーっと眺めているとご当地グルメの紹介が終わり、次は観光地紹介のコーナーらしい。へぇ、ここって恐竜で有名なのか。
『――また次回お会いしましょう! さよーなら~!』
情報番組が終わるとすぐさま次の番組に入ったので、そこでテレビのスイッチを切る。
あぶない、一日をずっとテレビ見て過ごすところだった......。
しかし落ち着く暇もないまま、今度は『ピンポーン』とインターホンが鳴った。
「......」
少し前なら小幡しかありえなかったが、今は前までと事情が違う。それに一昨日ちょっといいヘッドホンを注文していた。
一応のぞき穴で確認してみれば、よく見るロゴマークのついたつなぎが待っている。
「――ありがとうございました~」
慣れない手続きを終え商品を受け取る。予想通りヘッドホンの配達だった。
それからなんとなく申し訳なかったので配達員が見えなくなるまで見送って、トラックが動き始めたのを確認してドアに手をかける。
――その時だった。
「......あ」
カツンカツンとさびれた階段を上ってくる人物が目に入った。
肩まであるミディアムロングの髪がそよ風にさらりとなびく。
雪のように白い肌が日差しに溶けるみたいに透き通る。
そのまわりだけスポットライトが当たっているみたいに輝いて、その足取りは妖精みたいに軽やかだ。
そいつの大きな瞳が俺の姿を捉える。
「――佐伯」
こうして三度、我が家に小幡三枝が現れたのだった。
***
「あの......」
「どした......」
こんな感じのやり取りをもう何度も繰り返していた。
二人の間を静寂が駆け抜ける。平日ならまだアパートの前を通る車やらなんやらでもうすこしやかましいのだが、今日はあいにくの土曜日だった。
......なんというかもう、とにかく気まずい雰囲気だ。
ふと、ちゃぶ台をはさんで俺の正面に座っている小幡の視線が、探るように俺の目を見上げる。
「その、佐伯はよかったのかなって思って」
小幡はそう言うと顔を伏せた。
その疑問はもっともなものだった。
なんたって自分でも疑問なのだ。小幡を家に上げてしまうなど。
「約束すっぽかしたの二回目だったし、流石にもう上げてくれないかもって......」
「......べつに、俺は気にしてない」
「だから、それ......」
小幡はぷっくりと不満げに頬を膨らませると、ジト目で睨み上げてきた。
なんかプレッシャーがすごい。
「ほんとに気にしてないんだって」
「えー」
「ここで噓つかねーよ」
「もー今のが嘘だもん」
話がわからん奴め......。
俺がすこし身を乗り出して反論しようとすると、それを制止するように小幡が人差し指で俺を指す。
「それに、まださん付けだったし」
この前のことを言っているのだろう。触れてほしくないことばっか覚えてるなこいつ。
「......それはいま、関係ないだろ」
「どーせ、前のこと根に持ってるからなんでしょ」
「うぐ......」
一瞬口ごもると小幡が「ほら」と詰め寄ってくる。
あながち間違いじゃないので言い返せなかった。悔しい。
......まずいな。このままだと、ちょっと約束破られただけで拗ねる器がちっさいヤツだと思われかねない。
「あー、なんか急に佐伯が悪いように思えてきた」
「......なんでだよ」
「呼び捨てしないから」
「普通にしないから!」
「え~?」
なまめかしい視線で見られても呼ばないし、キラキラした目で見られても呼ばない。
呼ばないったら呼ばない。
......。
「意固地だなあ」
「なんとでも言え......」
小幡の期待がこもった視線の応酬が終わりほっと一息ついたのもつかの間、今度はまた追及するような目線を向けてくる。
「なんで呼びたくないの」
「よ、呼びたくないから」
「呼び捨てして」
「いやだね」
きっぱり返してやった。
「じゃあ、呼び捨てしてください」
「頼み方の問題じゃないんだよなあ」
「なら、呼び捨てしろ?」
「もうあきらめろよ......。つーかなんで疑問形なの?」
もう自分でもなにやってるのか分からなくなってるじゃん......。
いまので終わりかと思っていたら、不意にまっすぐ小幡と目が合う。
そのままなぜかにらめっこのように二人見つめ合う方に形になる。
......。
............。
..................。
「......ふっ」
一分ほどしたところですこし小幡の表情がほころぶ。そしてそのまま、まるでダムが決壊するように噴出した。
「あはははははっ! なんか久しぶり、この感じ!」
小幡は目の端をぬぐいつつそういった。
俺としては人の顔見て笑うのってどうなんだと問い詰めたいところだったが、そういえばにらめっこってそういうゲームなんだよなあ......。
......しかし、にしても笑いすぎだろ。
「――ねえ佐伯」
と、小幡がまだ緩んだ頬のまま俺の名前を呼んだ。
見ているこっちもうれしくなるような、そんな笑顔だった。
「ゲームの続きやらない?」
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