第12話陰キャはチャーハンにうるさい
自分の家の台所によその女の子が立ってるってのは思いのほか結構な違和感がある。
小幡は包丁やボウル等の調理器具の位置を俺にきくと早速調理に取り掛かった。
日頃から料理をしているのかその手際は相当いい。
一人暮らしを始めてから自分で料理をするようになった俺だが、そんなのとは比べ物にならない。卵を割る動き一つとっても雲泥の差があった。
溶いた卵をカンカンに熱したフライパンに入れ、そこへ並行して解凍していた米と細かく切ったねぎ等の具材を投入。
そこでようやくわかったが、どうやらチャーハンを作っているらしい。
ダイナミックに鍋を振りつつ調味料を入れ味を確かめ、しばらくしてようやく満足のいくものになったのか「よし」と一言。
事前に出しておいた皿にこぼれないよう盛り付け、これにて完成。
少しくらい手伝おうと思っていたのだが、俺の出る幕など全くないくらいスピーディーな仕事運びだった。
「はいおまたせ。残ってたごはん全部使っちゃったけど大丈夫だった?」
「大丈夫だぞ。むしろ使い切ってくれてよかった」
「そ? ならいいけど」
小幡はあっさりそう言うと、ちゃぶ台をはさんで俺の正面に腰をおろす。
小さなちゃぶ台の上に並べられた二皿のチャーハン。なんか初めて見る光景だな。
「あ、レンゲどうしよっか?」
「あーと......。たしか何かについてきた使い捨てのプラスチックスプーンあるから、それ使ってくれ」
「りょーかいっ」
......あっぶねー。
あやうく「もう一本あるからそれ使ってくれ」「それって、か、間接......」と気まずい空気になるところだったが、よかった、もらったものをなかなか捨てられない性格が功を奏したぜ......。
「ほら、食べて食べてっ」
「じゃあ、いただきます」
パラパラに仕上がったチャーハンをひとすくい、口に運ぶ。
「どう?」
小幡が少し不安げな表情で見上げてくる。
そうじっと見られてると言いづらいなあ......。
冷汗をだらだらたらしながらごくんとチャーハンを飲み込むと、小幡の目力がさらに増したように思えた。
しかしまあ、言わないことには始まらないので俺は思った感想を素直に口にした。
「めちゃくちゃうまい」
「ほんと?」
「ここで嘘つかないって。少なくとも、今まで食べてきたチャーハンの中でも五指には入るくらいうまかった」
中華料理店に入ればまずはじめにチャーハンを注文するのが定番となっている俺だが、今回のはその中でも特に目を引くうまさだった。
空腹ブーストが働いている感はあるが、それを差し置いてもかなりの完成度だと思う。
俺の感想に小幡は一瞬表情を華やがせるが、すぐさま懐疑的な視線を向けてきた。
「それ、いままでチャーハン食べたことないっていうオチだったりしない?」
「ねえよ! 普通に食ったことあるから!」
俺なんだと思われてるの?
「ふーん......。ま、お口に合ったならよかった」
小幡はそうそっけなく言うと俺に続いてチャーハンを口に運び「んん、おいしっ」と頬を緩める。
それから少しの間、俺たちは時々会話をはさみつつも静かに昼食を摂った。
***
昼食を摂ったあと、俺たちはすぐさまゲームを再開した。
......。
まあ、言いたいことはわかる。普通はそのタイミングで帰ってもらうよな。そうだよ、わかってる。
でも、できませんでした。
だってそうだろう。昨日強く言いすぎてしまった罪悪感に加え、あんなに美味しい昼食まで振る舞われてしまった手前、無下に帰すことなどできなかったのである。
「あ、もうこんな時間か」
ふと時計を見た小幡がそうつぶやいた。
つられて俺も目線を追えば、もうすこしで午後六時にならんとしている。
「うーんそうだなあ......」
小幡は悩まし気に声をもらし、窓の外とテレビ画面とを何度も見比べる。
しばらくその様子を見ていると、唐突にその動きが窓の方向を向いた状態で止まった。
「キリもいいところだし、今日は帰ろっかな」
その言葉を聞いて、俺は肩にのしかかった重いなにかが雲散霧消したように思えた。
「そ、そうか......」
「うん。じゃ、まずはセーブしてっと」
ちょうど四体目のボスを倒した直後だったので、キリがいいというのも確かだ。
......しかしさっきの小幡のセリフ、なんか引っかかるな。
「よーし。セーブもできたし、後片付けもしたし、今日は帰ります!」
そこで違和感の正体に気付いた。
「今日は?」
「うん、今日は」
俺の質問に小幡は何でもないように答えた。
「えっと、まさかとは思うけど......」
「ん? なに?」
なに、じゃねえよ。
思わずツッコミそうになるが、しかし流石にそういうわけにはいかないので心の奥にぐっととどめる。
まさか、まさかね......。
「まさか、明日とかも来るつもりだったりするんですか?」
「うん、そのつもりだけど」
まさかの即答だった。
手に持っていたコントローラーがぽろりとこぼれ落ち、開いた口が塞がらない。
「えー? そんな驚くこと?」
そう言う小幡の表情は全くいつも通りだった。その言葉に冗談などみじんもないような。そんな素直な表情。
俺が固まっている間も小幡の帰る準備は着々と進んでいく。
......。
「――じゃ、またね」
「お、おう......」
結局なにも言い返せないまま、俺は小幡を見送った。
その背中が完全に見えなくなるのを確認してからドアを閉じ、しっかりカギを閉める。
シンクには二人分の食器が水に浸されている。
ほのかに残る甘い香りはきっと小幡が残していったものだ。
「......しまった、こういう時は送ってくのが男の甲斐性だろ」
今日、楽しかったのはもう言い訳のしようもない事実だった。どれだけ強がっても、今日この一日が今までの大学生活の中で一番楽しかったということは変わらない。
どうせ、また来たらなし崩し的に中に上がられて、結局楽しくゲームをやるのだろう。
そしてまた、今日のように忘れられない一日になるに違いない。
ならもう、それでいいんじゃないのか?
それが答えなのかもしれない、そう思った。
――でも翌日。
小幡三枝がやってくることは、決して無かった。
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