#23.5 悪魔に魂を売った女の純愛



 私の両親も教師だった。


 真面目で品行方正な父と学歴至上主義の母との間に一人娘として育った私。


 子供の頃から、数多くの習い事や塾へ毎日通い、友達と遊んだり家でゲームやアニメを見ること等とは無縁の生活を過ごしてきた。



 学校も小中高と一貫の女子高に通い、異性との恋愛どころか会話すらした記憶は無い。


 兎に角、毎日勉強と習い事ばかりだった。




 そんな寂れた青春時代に転機が訪れたのは、高校を卒業して教師を目指して入学した大学の1回生19歳の時。



 相変わらず真面目で恋愛のレの字も知らない初心だった私は、たまたま通りがかった書店の店頭に張り出されていたポスターに目を奪われた。


 そのポスターは、中国の武将をイケメン風に描いた物だったのだが、一目惚れしてしまったのだ。


 私は直ぐにその書店に入り、店員さんを捕まえて「あの店頭のポスターの!どこにありますか!!!!」と叫ぶように尋ねた。



 そこから私の青春が狂った。



 その作品は『この愛憎、赤壁を越えて。いま君に会いに逝くよ』というタイトルで、所謂BL小説だった。


 ポスターに描かれていた武将は、周瑜という呉の国の武将で、敵の武将である諸葛孔明との恋物語だった。 

 時には甘く、時には切なく、時には嫉妬の炎を燃やす、そんな男同士の禁断の恋物語にドハマりした。


 今でもこの作品は私にとってのバイブル。


 初めてBLの世界に触れた私は、それはもうのめり込んだ。


 それまで無知だった私はBL作品を片っ端から読み漁り、見聞が広がると同類の友達も増え、そしてBLだけでなく他のアニメやラノベなどの様々なオタク文化にも手を出していった。



 今まで真面目に、そして勉強ばかりしてきた反動で、寝る間を惜しんで全力でBLやその他オタク文化に没頭し、友達やネットの掲示板等で時には共感し時には罵り合いながら、更にのめり込んだ。


 処女だったのもいけなかったのだろう。

 夢見る少女が、普通の恋愛よりも先にBLを知ってしまったのだ。


 BLという悪魔に魂を売ってしまうのは、仕方が無いことだったと思う。






 そんな学生時代を経て公立高校の教師になったのだが、教師という仕事は私の様なリアルでは初心な生娘には厳しい世界だった。


 男性の同僚や生徒達からは日常的にセクハラ、パワハラを受ける毎日。

 教室でも職員室でも嫌らしい視線ばかり向けられ続けた私は、兎に角キツイ新人時代を過ごした。


 その代わり、そんな男たちを脳内で散々ぐちょぐちょのドロドロに凌辱して、うっぷんを晴らした。




 やがてセクハラに耐えながら30歳も近くなると、もう新人では無く教師としての箔が付き、同僚や生徒たちにも舐められない様な強気な姿勢も身に着いていた。



 そんな教員生活の中、なんとなく「教師しながら大好きなBLとこのまま一生涯付き合っていくことになるのかな」と思う様になっていた頃、一人の男子生徒が私の前に現れた。



 その生徒は一言で言うと、”どストライク”(BL的な好みで)


 特にイケメンでも無いのに、俺様系でいつでも強気の態度を取り、二言目には「そんなに俺のことが好きなのか」とか「まったく可愛い子猫ちゃんだぜ」など、今時レディースコミックでも使われない様な甘くて臭いセリフを恥ずかしげも無く言うのだ。



 19の時に出会った周瑜様以来の衝撃だった。


「あぁ、この生徒がドロドロのデロデロに凌辱される姿を見たい・・・」


 そう思ってしまうのは教師としては失格かもしれないが、魂の叫びだからどうしようも無い。




 正直に言おう。


 何度も何度も犯したし犯された。妄想の中で。


 ギンギンな物で彼のアレとあーしたり、彼のアソコにこーしたり、もう捗って捗って寝不足な日々が続くほどだった。



 だけど、表向きは教師と生徒。

 私が夜な夜な彼を妄想で凌辱していることなど、決して知られる訳にはいかない。


 だから、普段の私は彼に対して必要以上に厳しく指導を繰り返し、そして理性的な教師の仮面を被り、一定の距離を保つように意識した。




 しかし、彼は違った。


 私が教師だろうとお構いなしに懐に入って来ては、私を挑発したり甘い言葉で口説いてくるのだ。 本人は、最早口癖のようなもので一々口説いているつもりは無いのだろうが、リアルでの恋愛経験が無く、且つBL的どストライクの少年の甘い言葉は、私には刺激が強すぎた。



 それに、あれ程嫌悪感を感じていた異性からの視線も、彼だと全く嫌悪することなく、むしろ快感となっていた。


 ああ、もっと私を見つめてくれ

 私だけを見てくれ


 更に


 その蔑んだ眼差し、たまらない・・・

 軽蔑の目で見られることがこんなにも快感だなんて・・・


 と、私のM属性も開花しはじめた。





 そんな時に、私が顧問を務める文芸部の部長が妙なことを言いだした。


「水元ノリオは、ラブコメ症候群の疑いがある」


 最初は「何を言い出してるんだ?この子は」と思った。


 アナタこそ中二病か何かじゃないのか? ラノベの読みすぎじゃないのか?と。



 しかし、彼女は真剣だった。


「先生こそラブコメ症候群の被害者だ」

「ラブコメ症候群からみんなを守りたい」


 そう言って私の手を取る彼女を、私は振り払うことが出来なかった。



 そこで私は考えた。

 私の欲望と、彼女の妄想を満たす方法は無いか。



 そして私たちは動き出した。


 まずは彼を文芸部に取り込んだ。


 更に彼を観察し、私のペットにする為の糸口を探った。


 それと同時に部員たちは彼を矯正しようと試みた。


 だが、彼は手強かった。

 そんな我々の謀略など物ともせず、いつもの調子で飄々としていた。



 そして今度は逆に、私の心の隙間を彼に抉られた。

 こうなると、もう抗うことは無理。


 彼に抱きしめられ、「キョウコちゃん、もう良いんだよ。 俺が付いているからな。 俺は年下で生徒だけど、俺たちの間にはそんな障害は些末なことだよな」と囁かれた時、彼の温かい言葉が私の腐った心をまるで浄化するように染み渡り、私はそれまでの邪な考えを恥じた。

 彼を私の欲望を満たすためにペットにしょうなどと、なんて烏滸がましい、と。



 そして悟った。


 彼なら、悪魔に魂を売って欲望塗れで心の穢れた私でも愛してくれる、と。



 1度そう考えてしまうと、もう歯止めが効かなくなった。


 彼の傍に居たい気持ちが溢れる。

 彼に喜んで貰えるのなら、どんなことだってしてあげたい。


 そう、正しく彼だけの「ヒロインペットになりたい」と思ってしまったのだ。




 彼には私以外にもヒロインが居る。

 スク水アピールがあざとい土田さんとか。


 あれは卑怯だと思った。

 出来る事なら、私だってスク水でアピールしたい。


 スク水の教師がお気に入りの男子生徒と二人きりの個人授業とか、めちゃくちゃ捗るシュチエーションじゃないの!


 しかし、流石にリアルでスク水姿で教壇に立つのは不味い。

 別の手でアピールする必要がある。


 私は処女で経験はゼロだが、知識だけなら10年選手だ! 

 誰にも負けない!

 アラサーヲタク舐めるな!


 現役JKの小娘などに負けてられるか!

 小娘がスク水なら、私はメイド服だ!メイドプレイの神髄みせてやろう!


 欲望塗れの自分を恥じながらも、結局私にはコレしかなかった。



 もう迷いはない。


 魂の叫びにしたがって、欲望の赴くままに生きようと思う。





 そう

 私は処女を拗らせた教師ヴァージン・ティーチャー、キョウコ。




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