第9話 ホットケーキの魔力
カーテンから漏れた光がわたしの顔をちらちらと照らしました。わたしはまぶしくなって、目を覚まします。
日頃不摂生をしているつもりはないのですが、わたしはどうしても朝起きるのが苦手です。特に休日の朝はお昼近くまで眠っていることがほとんどでした。お母さんは 小学生には睡眠が必要だからいいの、といって起こしには来ませんが、なんだか馬鹿にされているようです。
寝ぼけ眼で時計を見ればいつもより早い時間でした。もうちょっと眠りたいような気もしましたが、せっかくなので自慢をすることにしましょう。とんとん、と小気味よく階段を降りていきます。
階段を降りると、おはようと言う前になんだか良い匂いが鼻腔をくすぐりました。お母さんが苦笑いをしています。右手のお皿に乗っているものはなんでしょうか。茶色い円形の小麦色をしていて、湯気がたっています。小瓶のシロップをかければ……。
「ホットケーキ!」
わたしは喝采をあげてしまいました。お母さんはあきれたように言います。
「珍しく早いと思ったら、これにつられたのか」
全然ちがいますが、結果オーライで良しとしましょう。わたしはいそいそと食卓に座り、溶けたバターの上からメイプルシロップをかけました。バターとメイプルのホットケーキをぱくつけば、まさに天上の味です。お母さんはわたしがほくほくと食べているのを見ながら、おかわりを作ってくれていました。
わたしがホットケーキを堪能していると電話が鳴りました。わたしは眉をひそめます。無粋な電話に憤慨しながらもお母さんは台所にいるので出られません。わたしはフォークとナイフを置いて立ち上がりました。
「もしもし」
「あっ、小麦。おはよ、なんか早いね」
沙良ちゃんでした。朝から仲良しの声が聞けてわたしの機嫌はみるみる戻っていきますが、沙良ちゃんが電話をしてくるなんて珍しい気もします。
「うん、なんか早く起きれて。あっ、朝ごはんホットケーキだった」
「へぇ、小麦お菓子好きだからね」
「そうそう。シロップをかけるとたまらなくて……」
うん? これではなんだかホットケーキに釣られて起きた小学生みたいです。そんなはずはありませんが、ここで弁解するのもわざとらしいような気がして、わたしは急いで話題を変えました。
「それで、どうしたの」
電話越しからくぐもった声が聞こえます。
「いや、昨日本を返してもらうっていってたからさ、今日も行くかなと思って」
沙良ちゃんの口調は相変わらず明るいものでしたが、わたしはその口調からはなんとなく歯切れの悪さを感じます。沙良ちゃんがこんな声色をつかうのは、そうです、窓ガラスを割って職員室に呼び出されたとき以来です。
わたしはもちろん約束を覚えています。朝食を食べてもう少しお日様が出てきて温かくなったら出掛けようと考えていました。
「お昼頃になったら行くよ」
それを聞いた沙良ちゃんが電話のおくで生唾を飲み込んだ音がしました。気のせいとは思えません。次のひとことを発するだけだというのに、沙良ちゃんはいやに緊張していましたから。
「そう……、わたしも行っていいかな」
ああ、やっぱり人柄というものは伝わるようです。好きなひと同士が仲良くなるのは嬉しい。わたしはひときわ大きな声で言いました。
「もちろん。楽しみだね」
沙良ちゃんは困ったように笑いました。
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