第8話 戸辺さんの家からの帰り道
結局、帰り道では沙良ちゃんとお話らしいお話はしませんでした。
沙良ちゃんは下を向いてなにやら考え込んでいるし、わたしはわたしで、ぼんやり街灯を眺めていました。
ときおり、冷たい風がつんざくようにわたしたちの傍をかすめていきました。わたしは赤茶のコートをきつくよせますが、沙良ちゃんは関心のないように下ばかり向いていました。マフラーをするのも忘れているようでした。
公園に着いて、沙良ちゃんはようやく顔を上げます。
わたしは何か言ってくれるのを期待してましたが、
「じゃあね」
「またあした」
そんなそっけないほど短い挨拶のみでした。
沙良ちゃんと別れたのでひとりで行きます。まっくらになった道を歩くのは少し怖く、自然と早歩きになりました。
帰ってくるなり、お母さんの小言がとんできます。いつもなら憎まれぐちのひとつやふたつを返すのがわたしですが、今日は生返事をして、水道の蛇口をめいっぱいひねります。冷たい水を触るとわたしはなんだか無性に泣きたくなってしまって、それを隠すために顔を洗いました。強くこすりすぎたので頬がひりひりしました。それでもわたしは洗い続けました。
夕食はわたしの好きなオムライスでしたが、食欲は湧いてきません。出されたものはまず残さないわたしですから、残してしまうとお母さんは怒るよりもさきに心配をします。お母さんには心配をかけたくないので、一生懸命食べてしまいました。
寝る前に、わたしは窓から見える、黒い海を眺めていました。
遠い海のはてには灯台の灯かりがゆらゆらと揺れています。暗黒の中、不規則に漂う光は鬼火のようにも見えました。それをたよりに進む、タンカーたちの光はさしずめ冥界にむかう死者の魂でしょうか。呑みこまれそうなほどに大きいタンカーは、ゆっくりと暗い海をわたっていました。灯台に近づくにつれて、タンカーの光はだんだんと小さくなっていきます。最後は鬼火と同じくらいの大きさになり、何の前触れもなく消失してしまいました。
わたしはカーテンを閉じて目をつむります。
あたりは本当にまっくらになってしまったように思われました。
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