お別れと
「すぅ~」
山の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。
普段は家に引きこもってばかりだけど、今年の夏は自然の良さを知れた気がする。
それだけでも、十分実家に帰省した意味があってよかった。
でも……。
再び難問へと頭を巡らせ、憂鬱になる。
どうしたらいいんだ。
考えはまとまらずに、足だけはどんどん進んで行く。
「明……明……」
「え?」
呼ぶ声がした。
頭の中に響くような。
けど、あのケルベロスではない。
もっとぼんやりしていて、声がか細い。
つまり。
「花子だろ?」
「バレたか」
すぅっと、俺の目の前に現れる彼女。
いたずらっ子のように、にんまりしている。
「俺を呼んで、なにか用か?」
「いやー、明があまりにも辛気臭い顔をしていたでな」
「そ、そうか?」
考え事に夢中だったから、そうかも。
どうしても楽しい気分にはなれない。
「心配してくれて、ありがとうな」
「一体なにを考えておったのじゃ?」
―――――――――
一通り説明が終わった。
最後まで口を挟まず聞いていた花子が、興味深そうに口を開く。
「ほー、七つ星家にはそんな伝統があったんじゃな」
「知らなかったのか?」
「うむ。七つ星とはよく出会うなとは思っておったがな」
これ、話してしまってよかったのかな。
確か他言無用だったよね。
もう手遅れだけど。
……怪異になら話しても大丈夫……でしょ?
「で、明がなにゆえ悩む必要がある」
「え?」
「そんなもの、お前が悩むことではないだろう。時が来れば、そのときの子孫が考えることじゃよ」
「ま、まあそうなんだけど……」
先祖がそうしてきたとしても、俺は丸投げなんてできない。
特に自分の子供には。
「明はな、優しすぎるんじゃよ」
「俺が?」
予想外の誉め言葉に戸惑う。
「今までこんなにも優しい七つ星の者は見たことがないのじゃ」
そうなのか。
「人にも、そして怪異にも優しいのじゃ。だからこそ、ここまで悩んでしまうんじゃないかの?」
「……」
自分でも気づいていない、心の奥を見透かされているようだ。
俺がこんなに悩むのは、性格ゆえ……なのかなぁ。
「しかし、選択は重要じゃ。一歩間違えば、明も怪異になってしまうかもしれぬぞ」
それはそうだ。
後悔は先には立たないし、きちんと先を予測しないと。
怪異になるかはわからないけ……ど……。
あれ?
今、明「も」って言ったよな。
花子も元は人間だったんだよな、そういえば。
「花子は……怪異になってしまったことを後悔してるのか?」
あまり触れない方がいいようにも思ったが、つい尋ねてしまった。
花子は複雑な表情で語る。
「最初の内は楽しかったぞ? ワシを贄に差し出した憎き村民共をからかうのはな」
「……」
「しかし、悠久の時を生きるのはものすごく辛いことじゃ。今になっては、素直に成仏すればよかったと思っておるわ」
「そうか……」
死ぬのは怖いが、死なないというのも怖い。
きっと、長い間孤独に苛まれたりしたはずだ。
か弱い少女に見える花子が、今までどれほどの苦労をしたかを思うと他人の俺でも胸が苦しくなる。
「あのとき皆を、世界を恨まずにいたら、普通の人間として生まれ変われたかもしれぬと考えると、悲しくて……」
だんだん声がしぼみ、見るからに元気がなくなっていく。
「あー、そんなに落ち込むなって。ごめんごめん」
この話題を出した俺が悪かった。
「良くも悪くも、時間は前には戻らない。進んで行く時間を眺めるだけじゃもったいないぞ」
これ、慰めになるかな?
元気を出してほしい。
「ふん、そんなことは知っておるわ」
口をとがらせて、俺を睨む彼女。
「俺も時間が止まってくれたらなーって思うときが……あるけど……」
あれ、前に時間止めたことあったな。
えーと……時の番人と試練をしてたときか。
「あ、そうだ」
いいこと考えた。
「どうしたのじゃ?」
「もしかしたら、時間を戻せるかもしれないぞ」
あいつの力を借りたらな。
「のじゃ?」
「どうだ、やってみたいと思わないか?」
「できるなら……」
花子は遠慮がちに呟く。
「よし、それじゃあ千年杉まで一緒に行こうぜ!」
「え、あ、なんでじゃ!?」
まだわかってない花子の手を引っ張って、俺は山を降りる。
―――――――――
「え~、明の頼みなら特別に一回だけやってあげるけどさ~」
めんどくさそうだけど、協力してるみたい。
「ホントにそんなことしていいの? 歴史が変わっちゃうよ?」
過去を変えたら、未来も変わる。
よくアニメとかで問題になるやつだ。
それが正しいかどうかなんてわからない。
「けど、花子はそうしたいんだよな?」
「う、うん……」
「ならいいんじゃないか?」
自分のやりたいことをやる。
それだけだ。
俺の怪異調査も自由研究のためとはいえ、やりたいからやったんだ。
「明……。お願いがあるのじゃ」
いつになく、俺に近づいてくる花子。
「なんだ?」
手をつないでくれとでも?
タイムトラベルが怖いんだろう。
「もし生まれ変わっても、ワシに会ってくれるのじゃ?」
なんだ、そんなことか。
「もちろん!」
俺だって、花子のことは嫌いじゃない。
出会ったときは怪異として恐れていたが、何回も出会ううちに一人の少女として彼女と接していた。
それに、今度会うときはもう怪異じゃない。
この前約束したように、友達としてゲームでもしたいな。
「じゃー、準備はいい? カウントダウン行くよー」
番人が時間を数えていく。
「さーん」
花子は、過去を変えることができるかな。
「にー」
また、俺と会うことができるかな。
「いーち」
彼女と出会えて……。
「好きなのじゃ!」
「え……」
「ぜろー!」
二人は消えてしまった。
俺は杉の木の根元に戻ってくる。
「……」
最後のって……。
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