勝機を見出せ
「ジュンビ、イイカ」
俺と熊は円の中に入り、向かい合う。
「いいぜ」
「グオー!」
ふっ、やる気満々だな。
こんなに間近から熊、それも生きている奴の顔を見る日が来るとは思わなかった。
荒い息が、俺の方まで届く。
こいつは戦いを楽しみにしているんだ。
一方の俺はというと。
ここに来て、むしろ落ち着いていた。
それは、殺されることがないとわかっているからか。
……とはいえ、勝たなきゃこの修行は続くだろうし、いつか限界は来る。全力を出すべきだろう。
だが、断じて油断からリラックスしているのではない。
もしかして、俺はこの状況を楽しんでいるのかも。
「ハジメ!」
ついに始まった。
怯んでなんかいられない。
先手必勝とばかりに、俺は熊の体に飛びつく。
とりあえず手を回して、動かしてみることにした。
「くっ!」
しかし、相手は自分よりも背丈のある獣だ。
体重だって数倍はあるだろう。
ひ弱な高校生のタックルごときじゃ、びくともしない。
俺はもふもふの熊の胸に顔を埋め、思いっきり押す。
が、まるで岩を押しているかのように動く気配がない。
「ガウ!」
熊が反撃に出た。
俺と同じように腰に手を回してくる。
熊のごつごつした手が俺をがっしりと掴む。
幸い今回は、ルール上爪で傷つけられることはないが、冷や汗が流れた。
なぜならものすごい握力だったからだ。
どうやら爪が刺さらないように加減してくれているようだが、それでもかなりの圧迫感を感じる。
そういえば、格闘技ではベアハッグという技があるって前に聞いたことがある。
今がそれだ。
これからこいつは何をする?
このまま背骨をへし折るか?
いや、それはルール上アウトだな。
となると、単純に押し出しか。
「くっ!」
予想的中。
俺が踏ん張っているのに、それをものともせずにずりずりと押していく。
「な……! まずい!」
なんとか首を後ろに回すと、すぐそこに土俵際が迫っていることに気づいた。
クソ、こんなにあっけなく終わるのかよ!
別に生死を賭けた戦いってわけじゃないし、ここで負けたから終わりなわけでもないだろう。
だが、こんな終わりは嫌だ。
どうせなら勝ちたいじゃないか。
俺は必死に頭を振り絞り、策を練る。
なんとかこの体格差で勝つ方法……。
体格差?
そうだ、いい案が浮かんだ。
一か八かだ。
やってやる。
「グルルルル」
熊君、なんだか余裕そうだね。
笑っているようにも見える。
勝てそうだからかな?
しかし、そうしてられるのもここまでだ。
「ほっ!」
俺は地面に踏ん張っていた足を素早く上にあげた。
支えがなくなった俺の体は落下……しない。
それもそのはず、熊君が強烈なハグをしているから。
俺も自分の手で熊君にしがみついているし、大丈夫。
だが、そうもいかないのが熊君だ。
俺が突然踏ん張るのを止めたので、バランスを崩す。
ちょうど、俺が山の王と槍で戦ったときのように。
すると、倒れようとする体を支えるために自然と手が前に出るはずだ。
つまり、俺は解放されるわけ。
そのタイミングで、自分の手をもふもふから離す。
「よっ!」
着地は慣れてる。
何度も放り出されたからな。
そして、俺は熊君の股を潜り抜ける。
最後に、バランスを崩した熊君を後ろからタックルだ!
いくら巨体でも、いきなりバランスを崩したところに攻撃されたら……。
「グ、グワーーー!!」
派手な音を立てて、倒れ込む熊君。
砂煙が晴れると、そこが線の外だということがわかる。
「俺の勝ちだな」
「ショウシャ、ナナツ!」
宣言が入り、決着がつく。
自分でやっといてあれだが、俺、熊に勝ったのかよ。
信じられない。
人間本気を出せばなんでもできるんだな。
「グオオオオーーー!」
やば!
起き上がった熊が俺めがけてとびかかってきた。
すっかり気が緩んでいたので、捕まってしまう。
怒らせたか?
もう勝負は終わったので、殺されるかも……。
ほら、口から出ている光る牙が……。
「うわぁ! ははっ、やめろよ~!」
てっきり噛みつかれると思っていたが、違った。
なんと犬みたいに俺の顔をべろべろと舐め始めたのだ。
犬よりもはるかに大きい舌で、顔じゅうがべとべとになる。
認めてくれたみたいですごく嬉しくなった。
「よろしくな!」
これからも、山のどこかで出会うかもしれない。
親愛の証として、俺も頭を優しくなでる。
「ウゥ!」
返事をするように、短く吠えた熊君。
蛇君に次いで、二番目の友達だ。
どっちも最初は怖い動物だと思っていたけれど、実際はそんなに怖くなかったな。
こいつらと楽しくすごせるんなら、山の王ってのも悪くはないかも。
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