ワースト・コンタクト

ぱら

第1話

 ある日の仕事帰り、星灯りきらめく夜の海で。私、奥村美咲は宇宙人と出会った。



(やっと今週も終わった……)


 デスクのPCをシャットダウンして、私は大きく伸びをした。最近立て込んでいた仕事もどうにか区切りが付いて、久しぶりに心が開放された気分だ。

 すっかり疲労の溜まった身体をどうにか動かして会社を後にし、私は駅に向かって歩き出した。


 週末の夜、駅前はちょっとした賑わいを見せている。皆これから夜の街に繰り出すのだろうか。

 私はというと、就職と同時に地元を離れたせいで、友人に会おうと思ったらまず新幹線に乗らなくてはいけない。会社の人達とは上手くやっていけてると思うけど、あいにく年齢の近い人がいないせいで気軽に飲みに誘ったりはちょっと難しい。そんなわけで、大体いつもまっすぐ家に帰ってしまうのであった。


 電車に揺られている間に、休みの予定に思いを巡らせる。いつもより遅く起きて、平日の間たまりがちな家事を片付けたり、ちょっと買い物に出かけたり。たいしたことはしていないはずなのに、なぜかそれだけで土日なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。そしてまた月曜日から働き詰め、そう思うとなんだか少し虚しくなってきた。

 今の仕事に不満があるわけではない。それでも家と会社を往復するだけの毎日を繰り返していると、私の人生これで良かったのかな、なんて時々考えてしまうのだ。

 電車を降りても暗いままだった思考を振り払いたかった私は、家に帰る前に海を見ていくことにした。



 私の自宅は海沿いの街にある。最寄り駅から家まで帰る途中、道を横にそれてしばらく歩くと小さな公園が見えてくる。

 公園といっても広場とベンチがあるだけといった質素なものだけれど、そこからは海がよく見えるので、私の密かなお気に入りスポットになっていた。

 普段は休みの昼間に散歩ついでに立ち寄ることが多く、その時は小さな子やペットを連れて遊びに来ている人達で賑わっていることも多い。

 こうして夜に訪れてみると、いつもの雰囲気とはまるで違って、まるで世界に自分一人しか存在していないかのよう。だけど今は、そんな静かな孤独がどこか心地よく感じられた。


 ベンチに座り、寄せては返す波の音に耳を澄ます。公園の中は街灯でそれなりに明るいけれど、流石に波打ち際の方は暗闇に包まれていた。代わりに空を見上げると、いくつかの星が瞬いているのが目に入った。

 星を見上げるのなんて何年ぶりかな、そんなことを考えながらぼんやりと星空を眺めていると、突然夜空を一筋の光が横切っていった。


「あ、流れ星」


 予想外の幸運に思わず声を上げてしまう。願い事唱えないと、なんて考えたはいいけれど、今更星に願うような夢なんて持っていないことに気が付いて少し悲しくなる。強いて言うならばまとまった休みが欲しい。あるいは貯金。なんだか擦れた大人になったなあ自分……

 そんな風に悩んでいる間も、流れ星は頭上の空を横切っていく。かれこれ30秒ぐらいは光っていて、流れ星にしては様子がおかしく思えてきた。


「えっ……もしかして隕石?」


 私の困惑をよそに、光はぐんぐんと地上に迫ってくる。もはや光というよりは火の玉に似ているかもしれない。

 それはみるみるうちに高度を下げていき、やがて海岸の奥の方に吸い込まれるようにして消えていった。それと同時に、微かではあるが重たいものが落ちた時のような重低音が耳に届いた。


「本当に落ちちゃったのかな……」


 突然の出来事に驚きはしたものの、それよりも好奇心の方が勝ってしまった。これはもしや、世紀の大発見なのでは?隕石って見つけた人は何か貰えたりして。なにはともあれ、現物を確認しないことには始まらない。


 公園から海岸へ続く階段を降りて薄暗い砂浜に出る。辺りを見回すと、右手の奥の方で何やら火花のようなものが散っているのが目に入った。隕石ではないのだろうか?何かが砂浜に横たわっているように見えるものの、それが何なのかはいまいちはっきりとしなかった。私はスマートフォンのライトを頼りにして、流れ星の正体を確かめるために歩きだした。


 視界の悪い夜の砂浜をパンプスで歩くのは思った以上に大変で、私は早々に後悔するはめになった。引き返そうかとも思ったけれど、帰り道だって同じ苦行を強いられるわけだし、それならせめてあの謎の物体の正体ははっきりさせたい。その一心でひたすら足を動かし続けた。


 かれこれ15分ぐらいは歩いただろうか、私はようやく"それ"の元へ辿り着いた。


「なんなの、これ……」


 辿り着いたはいいものの、その物体の得体の知れなさに、私は呆然として呟くことしか出来なかった。

 見た目はなんというか、残り3cmぐらいになった鉛筆を、そのまま大型トラックサイズまで巨大化させたような形状をしている。ライトを当ててみた様子からするに、何かの金属で出来ているようだ。

 その巨大鉛筆が、先端を少し砂浜に埋めるようにして横たわっている。表面の温度が高いのか、若干周囲の空気が揺らめいている気がする……これ、爆発とかしないわよね?


 私が危機感を覚えたちょうどその時、突然その物体が周囲に煙を吐き出し始めた。

 慌てて逃げ出そうとしたものの、大量の煙が瞬く間に視界を覆ってしまい、動くに動けなくなってしまう。

 幸い煙は数秒で出なくなったようで、すぐに海風にさらわれて消えていった。

 しかし元通りになった視界には、さっきまでとは違うものが映っていた。


 一つは上から真っ二つに割れた巨大鉛筆の残骸。

 そしてもう一つは、その横に佇みこちらを見つめる少女の姿だった。



 彼女は、顔立ちはかなり整っているものの、一見するとどこにでもいる普通の少女のようだった。ただ一つ違うのは、薄い茶色に見えたはずのその髪が、海風に揺られるたび、なんだか違う色のように見えることだった。

 観察されていることに気がついたのか、私と少女の目線が合わさり、彼女が微笑む。困惑や恐怖より先に、綺麗だなと、そう思ってしまった。


「えっと、こういう時は……はじめまして、でいいのかな?あたしの名前はリア。あなたの名前も聞いてもいい?」


 少女がおずおずと口を開く。これが、私と彼女の出会いだった。

  



 突然現れた奇妙な人間、その名もリア。怪しいのは明らかなのになぜだか疑う気になれなくて、私は自分の身の上、ここに来た理由など素直に話してしまった。代わりに私もリアに色々と質問をしてみた。


 その答えによると、リアは遠いところから地球を見にやってきた。空から地球を観察して終わりのはずが、突然船の調子がおかしくなって、そのままここに墜落してしまった。直さないことには帰れない、ということらしい。


 遠いところから来たと言うのは、宇宙人ということだろうか。リアに尋ねてみたけれど、そんな感じと曖昧な回答だった。それにしては見た目は普通の人間だし日本語も流暢だが、リア曰く便利グッズのおかげらしい。詳しいことは言えないとはぐらかされてしまった。

 そんなリアの、これまた便利グッズらしい宇宙船。今はあちらこちらから火花を出している。


「着陸の際の衝撃は防御フィールドで無効化できるはずだったのに……」


 船の様子を調べていたリアがそう呟く。

 考えてみれば、あれだけのサイズの物体が空から降ってきたら、本来もっと大騒ぎになっているはずだ。にもかかわらず、私以外にこの事態に気付いた人はいないようだった。防御フィールドのおかげ、ということだろうか。どうやら本体へのダメージを0にすることは出来なかったらしい。


「自動修理機能がついてるから大丈夫だとは思うんだけど……しばらく時間がかかっちゃうかも」


 そう言って肩を落とすリアの姿を見て、私は思わず口を出してしまった。


「それじゃあ、船が直るまで家にくる?」


「えっ、いいの?」


 私の言葉にリアが目を輝かせる。


「一人暮らしで誰に迷惑かけるわけでもないし。その代わり、私が仕事の間は家で大人しくしててもらうけれど、それでよかったら」


「ありがと!これからよろしくね!」


 こうして、私と宇宙人(自称)リアとの奇妙な共同生活が始まったのだった。




 リアを我が家に案内すると、お邪魔しまーす、と言ってきちんと玄関で靴を脱いで入ってきた。礼儀作法まで完璧なのか、宇宙人恐るべし。

 ちなみにリアの宇宙船はあの海岸に放置している。リアが何やら手元の装置を操作したところ、完全に姿が見えなくなったのだ。おかげで船が誰かに見つかる危険性はないらしい。


 とりあえずお風呂に入ってもらったはいいけれど、着替えはどうしようか年頃の女の子が着るような服の持ち合わせはないし……

 悩んだ結果、少し心苦しいけれど私の高校のときの制服を着てもらうことにした。引っ越しの際、何だか捨てるに捨てられず持ってきてしまったものがこんな風に役に立つとは思わなかった。

 制服を着たリアは、ちょっと髪の色が珍しいだけのただの女子高生そのものだった。これなら誰かに姿を見られても怪しまれることはなさそうだ。

 とは言っても、一応宇宙人なんだし、家の中で大人しくしておいてもらおう……


 そう考えていたのはほんの数日間のこと。リアが毎日行儀よく私の帰りを待っているのを見ていたら、家の中に閉じ込めているのが申し訳なくなってきてしまった。

 そこで昼の間は自由に外を見てきてもいいと伝えると、リアは嬉しそうにしていた。

 外にはリアの興味を惹くものが色々とあったらしく、私が仕事から帰ると楽しそうに話をしてくれるようになった。いつもの街がリアの目を通して違った姿を見せてくれるようで、聞いているわたしも楽しくなるのだった。



 昼間の散歩が日課になったリアが、次に興味を示したのは料理だった。


「あたし料理がしてみたい!ミサキの家にお世話になってるんだし、色々手伝いたいなって思って」


 その申し出はありがたかったけれど、流石にリア一人で料理をさせるのは心配だったので、チャレンジは土曜日の朝にすると決めて、リアにはそれまでに必要な食材などを買ってきてもらうことにした。

 そうして迎えた土曜日、リアが取り出したのはホットケーキミックスの袋だった。


「この前テレビで小さい子がお母さんと一緒に作ってたのを見たの!それでこれならあたしにもできるかなーって」


 確かに、ホットケーキなら生地を混ぜて焼くだけだし、初心者のする料理としてはいい選択のような気がする。


「慣れない作業には失敗はつきものよ。これから上手くなっていけばいいじゃない。今日のところは私が残りの分を焼いておくから」


「うん……ありがとミサキ、後はおまかせするね」


 10分後、そこには大量の焦げホットケーキを前に固まる私の姿があった。


「ほら、慣れない作業に失敗はつきものだし?これから上手くなればいいじゃん!」


 さっきまで落ち込んでいたはずのリアにまで慰められてしまった。


「こんなに盛大に失敗するなんて思ってなかったわよ……でもそうね、しょげてたって仕方ないか。

 それはそうと、このホットケーキどうしようかな。焦げてるからって食べられないわけではないけど……」


「それならこういうのはどう?」


 そう言ってリアが見せてきたのはホットケーキミックスの袋の裏面、アレンジレシピの欄だった。

 ホットケーキの上にホイップクリームやフルーツをトッピングして、ちょっと豪華なスイーツのようか仕上がりになっている。


「これ美味しそうね。焦げた面も見えなくなるし」


 私の言葉を聞いてリアは目を輝かせた。


「でしょ?じゃあ早速買いに行こ!」


 こうして急遽近所のスーパーまで買い出しに行くことになった。

 何だか二人してテンションが上がってきたのか、クリームやフルーツ、チョコスプレーなど大量に買い込んでしまい。

 それらを豪勢に盛り付けたリア特製スペシャルホットケーキを見て、私は思わずため息をついた。 


「こんな朝ご飯とも昼ご飯とも言えない時間に山盛りのホットケーキ……なんだか悪い事してる気分」


「ミサキは休みの日までしっかりしすぎじゃない?たまにはぐーたらしたっていいと思うけどなー」


 私の様子とは裏腹に、リアはホットケーキをぺろりと平らげてしまったらしい。その細い体のどこに入ったんだろうか。


 結局この日はリアの提案通り、一日中ダラダラと過ごすことになった。

 久しぶりに身も心もリラックスできた気がしてリアにお礼を言うと、嬉しそうな笑顔を返してくれたのだった。




 それからしばらくたった日のこと、夜中に目を覚ますとリアの姿がなかった。   慌てて家中を探すと、ベランダで夜空を見ているようだった。


 私がリアの隣に立つと、リアは空を見上げながら話し始めた。


「ミサキはさ、過去を変えたいって思ったことはない?」


 リアの口から出たのはそんな言葉だった。


「急にそんなこと言ってどうしたの?変えたいかって言われても、そもそも不可能じゃない」


「あたしは宇宙人だから、過去だって変えられるんだ。もしもそうだとしたらどうする?やり直したいこと、ある?」


 そう言って私のことを見つめるリアの目はとても真剣そうで、何かの冗談を言っているようには思えなかった。


「やり直したいことね……たくさんありすぎて、逆に選べないわ。でも、過去には戻らない」


「どうして?やり直したいんでしょ?」


 私の答えを聞いたリアは首を傾げた。


「過去に戻ってやり直して、それで今後の人生すべて上手くいくなんてことないじゃない。過去を変えたら変えたで、きっとまた新たな失敗とか不運とかが舞い込んでくるのよ。その度に過去に戻ってたら、ちっとも未来に進めないなんてことになりそう。

 それに案外、当時は失敗したと思ったことも、時間が経てばいい思い出になったりするし。例えば二人して盛大に焦がしたホットケーキのこととか」


 私がそう言って笑うと、リアは少し決まりが悪そうな顔をした。


「次は絶対上手く焼くから!」


 そうムキになって言う姿が愛らしくて、思わずリアの頭を撫でてしまう。


「次は頑張ろうって思えるのも、過去の出来事があったからでしょ。人はそうやって過去を積み重ねて生きていくんだから、消していい過去なんてないと思うな」


「消していい過去なんてない……そうなのかな……」


 私の言葉にリアは考え込む様子を見せている。


「これはあくまで私の持論。こういうことは一人ひとりが自分の答えを見つけていくものじゃない?実際に過去を変えられる宇宙人さんなら、違う結論にたどり着くのかもしれないしね」


「自分の答え……あたしにも見つかるかな?」


「見つかるわよ、リアならきっと」


 私がそう言うとリアは安心したように微笑むのだった。




 それからというものの、私とリアの二人暮らしは穏やかに過ぎていった。

 事件が起きたのは、リアが家にやって来てから一ヶ月が経とうとする頃だった。

 その日、いつものように仕事から帰ってくると、リアの様子がどこかおかしかった。

 いつもならすぐに玄関に現れて、「おかえり!」と言葉をかけてくれるのに、今日はそれがない。

 寝てるのかな、それとも買い物?と思いながらリビングに顔を出すと、以外にもリアは行儀正しくテーブルについていた。手には宇宙船を隠したときに使っていた小さな端末が握られている。


「リア、どうしたの?」


 私が声を掛けると、リアはハッとした様子でこちらを振り返った。


「ミサキ?帰ってきてたんだね。あたしは大丈夫、心配かけてごめん……ただその、船がね、直ったんだ」



 およそ一ヶ月ぶりに訪れた夜の海は、変わらず穏やかな波の音だけが響いていた。けれどあの日と違って、私はその音に耳を傾ける気分にはなれなかった。

 海に向かうため家を出たとき、リアはいつになくはしゃいだ様子だった。最近面白かったテレビのことや、今度作ってみたい料理のこと、他にも色々なことを教えてくれた。

 リアが無理をして陽気に振る舞っているのは明らかだった。それでも彼女のそんな努力を無駄にしたくなくて、私も一緒になって楽しい会話を続けようとした。

 けれど海が近付くにつれてリアの口数は少なくなっていき、砂浜を歩きだした頃にはすっかり押し黙ってしまった。

 私はそんな彼女にかける言葉が見つからなくて、思わず隣を歩くリアの手を握った。

 突然手を取られたリアは一瞬驚いた顔をしたけれど、少し笑ったあとに私の手を握り返してくれた。その手の確かな暖かさに、何故か私の方が慰めてもらっているような気がした。


 墜落現場に到着すると、リアがあらかじめ操作しておいたのか、隠されていたはずの船がその姿を現していた。

 滑らかな輝きを取り戻した船にそっと触れると、リアは静かに話し始めた。

 

「ミサキに話しておかなくちゃいけないことがあるんだ」


 そう言った後、リアはなかなか次の台詞を言い出せないようだった。別れを切り出すのが辛いのだろうか。私はじっと言葉の続きを待った。

 やがて決心したかのようにリアが顔を上げる。その口から放たれた言葉は、私の予想とは全く異なるものだった。


「あたし、本当は宇宙人なんかじゃない。正真正銘、地球の日本生まれ日本育ち。でも遠い所から来た、っていうのは嘘じゃなくて。あたしね、100年後の世界から来たの」




 突然そんな事実を告げられ、私は返す言葉を見つけられずにいた。

 リアが宇宙人だという話は、正直本気にしていたわけではなかった。だってリアは、ちょっと不思議な髪の色以外はあまりにも普通の、どこにだっていそうなただの可愛い女の子だった。私のお下がりの制服だってよく似合っていたし、日本語だって完璧だったし。

 けれどその一方で、あの日流星のように降ってきた謎の船の中にリアがいたことも確かだった。明らかに宇宙人ではなさそうだけど、かといってなんの変哲もない一般人というには無理がある……そう考えると、リアの言う未来から来たという説明は理に適っているような気もする。


「ごめん、急にこんなこと言われても信じられないよね」


 リアのそんな言葉に私は慌てて首を降った。


「他でもない、リアの言うことだから信じるよ。でもじゃあどうして過去に来たの?」


「それは、もっと信じられないような話になっちゃうんだけど……未来の世界を救うため」

 

 リアはぽつりぽつりと話し始めた。未来の世界がどうなってしまったのかを……


「今からおよそ100年後、地球規模の戦争が起きるの。核兵器とかも使われて、世界のあちこちでたくさん人が死んじゃった。おまけに新種の病気まで流行り始めて、人類滅亡待ったなしの状態」

 

 戦争?核兵器?映画かなにかの粗筋のようにしか聞こえなかったけれど、それでも、私にはリアが作り話をしているようには思えなかった。一緒に過ごした時間は短いけれど、リアの優しいところや真面目で誠実なところを、たくさん見てきたつもりだから。


「そんなときに、タイムマシンが出来たんだ。とは言っても、好きな時代を自由に行ったり来たりできるようなものじゃないんだけどね。細かい説明は省くけど、たまたまちょうど100年前くらいの時代に何かを送り込めそうな方法が見つかったってだけ」


 リアの乗ってきた不思議な乗り物は、宇宙ではなく時間を旅してきたらしい。


「それじゃあ、リアはそのタイムマシンに乗ってやって来たんだ。でも何のために?」


 私の問にリアは顔を曇らせた。


「100年後の滅亡は、元をたどると人口があまりにも増えすぎたことに由来しているの。限りある資源の奪い合いが国同士の対立を産んだんだ。そこで人々が考えた策が、過去に戻って人間の数を減らす作戦」


「減らすって、そんなこと……」


「ひどいよね?でもそうやってヒトの数を"削減"しないと、人類に未来はない」

 

 リアは自嘲するような笑みを浮かべた。


「あたしは未来と過去を繋ぐ道みたいなものを通ってきたんだけど、それってすごく狭くて。でもこの時代の方からもエネルギーを送ってあげれば、道を広げることができる」


 そう言ってリアはいつも持っていた小さな端末を取り出してなにやら操作を始めた。


「船の自動修理プロセスが完了して、通信装置も復旧した。あたしが合図を出したら道が広がって、未来の兵器がこの世界を襲いにかかる。生き残った人達は突如として現れた"宇宙人"の脅威に対抗するため一致団結し、それにより地球上の平和は保たれる。そういうシナリオなの」


 リアが端末を操作したことによってか、船の先端が徐々に明るくなってきている。リアはその様子をじっと見つめている。


「船が不時着したせいで時間がかかっちゃったけど、これであたしは自分の役目を果たせる」


 そんなリアの説明を聞いていて、私には疑問が浮かんでいた。


「今いる人達を殺したりなんかしたら、未来のあなた達だって無事ではいられないんじゃないの?」


 思わず鋭くなった私の言葉にも、リアは動じることはなかった。


「そうかもね。この作戦が成功したら、未来から来たあたし達はみんな消えちゃうのかもしれない。この世界の未来を変えたとして、あたしが元いた世界は変わらず滅んでいくのかもしれない。それでもいい、人が生き延びる未来をどこかに繋ぎたい、それがあたし達の願い。

 さっきはひどいなんて言ったけど、あたしだってこの作戦に賛同したから今ここにいる。この時代の人達が犠牲になれば、未来で数百倍の人達を救うことができるの。なら、これはきっと正しいことでしょ?」


 そう言ってリアは端末を握りしめた。


「簡単な仕事だよ。あたしがすることはこのボタンを押すことだけ。それだけなのに……」


「リア……」


「船が不時着したとき、すぐに船ごと身を隠すことも出来たんだよね。でも周囲の状況を確認しているときに、こっちに歩いてくるミサキが見えて」


 そこでリアは言葉を切ると、私のことを真っ直ぐに見つめてきた。


「綺麗な人だな、って思って。どうしても直接会って話してみたくなったの。……こういうの、一目惚れって言うのかな?

 任務を果たそうにも船が直るまで待たなきゃだし、やりとげたらあたし消えちゃうかもしれない。だったら少しぐらいこの世界を楽しんでもいいよねって、そんな軽い気持ちだった」


 毎日楽しそうだったリアが、そんなことを思っていたなんて。気付けなかった自分が不甲斐なかった。


「だけど、この世界のこと知っていくほど、ミサキと仲良くなっていくほど、わからなくなってきた。あたしは本当に正しいのかって」


 話しながらリアは小さく震えていた。思わず抱き寄せると、胸にそっと頭を寄せてくる。


「ミサキに全部話したのも、止めてほしいって思ってたからなんだよ。ミサキのお願いを聞くためなら、どんなことだって出来ちゃいそうだもん」


 私だってリアのためなら、どんなことだって出来てしまいそうだった。未来の世界がどうだなんて話はやめて、全部忘れて、二人で幸せに暮らそうよ。そう言って彼女の心が救われるなら、今すぐにでもそうしたかった。


「でもそれじゃだめ。これはあたしが自分の意志で決めることだから」


 気持ちが落ち着いてきたのか、震えのおさまったリアは改めて私に向き合ってきた。


「あたしさ、ミサキに過去を変えたくないかって聞いたよね。覚えてる?」


「うん、夜中にベランダで星を見てた時だね」


 今にして思えば、あの頃からリアは自分の使命に疑問を抱いていたのだろう。


「あの時ミサキは、答えは自分で見つけるものだって言ってた。だからあたし、たくさん悩んだりしたけど、決めたんだ。あたしだけの答え」


 リアは静かに、けれど力強く、彼女の答えを告げた。 


「壊したくない、この世界を。守りたい、大好きな人といられる、この時代を。ごめんなさい……さよなら」


 そう言ってリアは持っていた装置を投げ捨てる。それは一瞬キラリと光って、すぐに夜の海へと消えていった。


 私はリアに声をかけたかったけれど、何を言えばいいのかわからなかった。

 二人で海を見つめていると、やがてリアがぽつりと言葉をこぼした。


「あたし達のせいで、人類滅んじゃうかもね」

 

 リアの選択は今を生きる私達を守った。その先にあるのは破滅しかないとしても。


「それでも、あたしはミサキに出会えてよかった」


 次に私にそう告げたリアの顔は晴れやかだった。




 私とリアが出会ったことは、人類の未来を考えれば最悪の事態なのかもしれない。

 リアのした選択は間違いだっただろうか。けれど私達は皆、何かを守るために何かを犠牲にしてきたんじゃないか。全てを救いたい、そんな願いの前では人は余りにも無力だ。

 私達に出来るのは、選んだ道の正しさを祈り、進み続けることだけ。

 リアは自分の信じる道を選び、進んだ。選ばれなかった未来を背負って生きることを決めた。ならそんな彼女に伝えるべき言葉はただ一つ。


「私も、リアに出会えてよかった」


 リアの選択の先にある世界が、少しでも多くの希望に満ちていますように。そんな願いを込めて、私はリアの手を取った。


「帰ろう、私達の未来に」

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