第7話 奈良散策*法華寺

 車はゆっくりと直線道路を走っていく。

 当たり前だが、高いビルなんて一つもない。左手に建つ古い民家を見ると、奈良に来たな〜ってさらに思えてくる。


 最初は小さく見えていた『大極殿』が近くなって来るにつれ巨大さを醸し出している。まだ、建てられてそんなに経ってないこともあり、朱の色や金の色が下品な感じがする。正直言って、私好みでは無いが、百年位経てば良い感じになるのかもしれないな。


 和樹は、まだ『ミスチル』を口ずさんでいる。


 ギターボーカルだった和樹は、惚れ惚れするくらい歌が上手い。多分、軽音の中でも一、二位を争うレベルだったと思う。私はてっきり、プロを目指すのだろうと思っていたが、『音楽は趣味でいいんや。その代わり長くやっていけたらええな……』って、私に言ったっけ。


 今は、音楽とは全く違う仕事をしている和樹。

 そう言えば、今の仕事をなんで選んだのか?それを知りたいと思っていたのに、まだ聞けていないことを思い出した。

 和樹の第一希望だった会社で働く私が、和樹の今の仕事のことを聞けば嫌みになるんじゃないかと躊躇してしまったというのが正直なところだけど、今、冷静に思い返せば、そんな気の使い方は、勝者の戯れ言だった。

 どうして、あの時、素直に聞けなかったのだろう……。



 機嫌良く歌っていた和樹が、「法華寺はもうそこやで」と急に呟いた。

「早っ、ん?和樹ー!?法華寺って、前に来たことあったっけ?」


 直線道路が終わり、和樹と私を乗せた白いビッツは右に折れる。

 思い返してみても私にはその記憶が蘇らない。

 だから、和樹に聞いたのに、今度は完全にスルーされてしまった。

 あとで、とっちめてやろう。


 幸いにして、ガラガラだった無料駐車場に車を止めた私達は、早速法華寺に向かって歩き出す。



 まず、南門から、本堂を眺めると、デジャブのような感覚に陥った。


『ん?なんか、似てるな〜。あっ!そっか!!』


「あっ、和樹ー。なんか、さっきの秋篠寺に似てへん?」

「そうやな〜。新薬師寺とかも含めて、、結構似てんなー」


 やっぱり、和樹もそう思うんや。良かったと私は少し嬉しくなる。


 法華寺の本堂と秋篠寺の本堂を重ねるように見ていた私は、和樹がまた私のかなり先を歩いていることに気づく。


 『もう、いつも私を置いてけぼりにするんだから、、、』

 

 私は、受付がある赤門に向かって走り出した。

 

 「和樹!!和樹ってば、、もうっ、歩くの早いで」と言いながら近づいていく。

 その時、私の手が少し和樹の手に触れた。

 勿論、今まで七年間、私と和樹は手なんか繋いだことがない。


『触りたい。繋ぎたい……』


 心の何処かでそう思った。

 だけど、その同じ心のどこかで、『私達は友達だし』という声を囁いている。

 一体、なんなんだろう。

 何かに呪縛されたような私達の関係は……。


 和樹は一体何を考えているのだろうか?どんな思いなのだろうか?

 全てをさらけ出して聞いてみたい。

 そんな衝動に駆られるも、結局いつもの様に自分の心に蓋をしてしまう私……。


 和樹をチラッと見る。

 私より二十センチ程、背が高い和樹を少し見上げるようにして見た横顔は、とても凛々しく素敵に思えた。


『今日、私、、ほんまにどうしたんやろ?なんでこんなに和樹が格好良く思えるんだろう?これが奈良の魔法なん?』


 私は、これは魔法の力によるものだと本気で思ってしまう。

 まだ、今日のデート(私が勝手に思ってる)が始まってから二時間近くしか経ってないけど、最後はどんな気持ちになるのだろうか?

 私は、怖くもあり、また、ほんの少しだけ楽しみでもあった。



 受付で拝観料を支払い、私達はゆっくりと境内へ入って行く。

 境内には、秋篠寺同様、綺麗な砂利が敷きしめており、私達が歩く度にリズミカルな音が聞こえてくる。


 受付でもらったパンフを両手で開きながら本堂に入る。

 パンフには、国宝の十一面観音菩薩像は秘仏で、春と秋しか公開されていないと書かれてあった。そうか、だから、ここ、蓋が閉まってるんだ……。

 

 その代わり、『ご分身像』という模した仏像が私達を見つめている。

 分身とはいうものの、この像からも優しい慈愛の思いが伝わって来るようだ。一体、本物はどんなに凄いのだろう?秋の公開の際、また見に来たいなと思ってしまう。


 パンフを読んでいくと、法華寺は、全国の国分尼寺の総本山とあるから、どうやらここは尼寺らしい。


「んっ?あっ!!」


 パンフを見ていた私は、無意識に素っ頓狂な声を出していた。

 パンフの裏側に書かれている『お守り犬』の写真に見覚えがあったのだ。


 確か、あれは、三年生の時だったと思う。


- - - - - - -


「和樹、来週から、ゼミのグループ発表準備に行くんやろ?和樹は何すんの?」

「あー、俺!?え ——っと、、あのーー、ゼミのグループにすげぇ頼れる子がいるから、そいつに全てお任せしてるんで、わからんわ」


 なんだか言いにくそうな和樹を私はジリジリと追い詰める。


「えっと、その頼れる子ってのは、もしかして、女の子ちゃうやろな?それもむっちゃ可愛いとか?ん?正直に言ってごらん。ほら。あっ、待てッ!!!」


 急に走り出した和樹を追いかけたが、結局軽音楽部の部室に逃げ込まれ、それ以降、その話題は立ち消えになった。


 その一週間後、和樹のカバンと和樹のゼミの女の子に、同じようなお守りが付いているのを私は見逃さなかった。


「ほら、見てみて!このお守りの中にね〜、小さな犬が入ってるんだよ。可愛いよね〜〜」

「え〜〜、こんなに可愛いお守り、どこで買えるの?」

「うん。先週、ゼミ散策で行った法華寺で買えるよ。本当は、これよりも大きなお守り犬もあったんだけど、お守り袋に入るこっちの方が可愛いよね〜!」


- - - - - - -


法華寺、、、、、。

そうか、私は行ってないけど、和樹は行ったんだ。



「おい。さっきから、パンフを見ながら百面相すんのやめてくれるか?もう、俺、、、大笑いしてしまいそうで、たまらんのやけど。くっくっ、、お前っ、俺を殺す気か!!!」


 和樹は、涙目で必死に笑いを堪えている。

 その顔を見た私は、一気に大学時代のあの一コマから現実に戻ってくる。


 正直、ここでどんな顔していたのかもわからない。超恥ずかしい……。


「こらっ!私が可愛いからって、そんなにジロジロ見るもんじゃないっ!!」

「はいはい。お前は可愛いで。どこの誰よりもな」

「もう、、全然、魂籠もって無いし……」


 そういって、いつものように和樹を叩こうと思って近づいた時、和樹が私のパンフの写真を見ていきなり呟いた。


「あー、『お守り犬』かー。懐かしいな〜」



「和樹、前、ゼミの子とお揃いで付けてたやろ?」


 私は、少し嫌みっぽく言ってみる。


「はぁ〜!?何言うかと思たら、、、。もう、ったく……」


 和樹は心底ぐったりした表情で、私に顔を向ける。


「お前って、猫派なんやろ?」

「えっ?えっ???」


 私の顔には、「?」がずらっと並んでいる。そんな私を皆ながら和樹は、「はあっー」とため息をついた。


「あのさ、お前がどっかのクラスの女とテレビであった特集の話してた時、犬は余りに飼い主に依存するから、ツンデレで自由な猫の方が好きやって、お前、そりゃーたいそうに『私は猫の方が好き』って、力込めて言ってたで。ゼミ散策の時、折角お前に渡そうかと思って買ってたのに、渡す直前でそんなこと聞いたら渡せなくなったんや。、結局俺がカバンに付けたんや。わかったか!」


 えっ、そうなん?私に買ってくれたん?

 あの子とお揃いで買ったんじゃなかったんや……。



「ちょっと待っててな」


 和樹は、社務所に走って行くと、和尚さんと話をしている。


 そして、数分後、「お待ちー」と言いながら、戻って来た和樹は、おもむろに袋を差し出した。


「ほら。俺とお前の分や。これで、お揃いやな」


 私は、和樹から貰った『お守り犬』が入った袋を握ったまま、和樹の顔をずっと見つめていた。





 

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