第6話 奈良散策*平城京跡

 秋篠寺を後にした私達は、もう一度西大寺駅の方へ向かっていた。

 秋篠川沿いの道をしばらく走ると『ポポロビル』と書かれた看板が見えて来た。その交差点を左折すると、真っ直ぐの道路が目の前に広がる。


 もうこの一体は平城宮跡で、信じられないくらい広大な敷地が広がっている。勿論、国営の公園だ。『南都710に移そう平城京』と中学の時に習うから奈良の中でもメジャーな場所だと思う。


 まさにその歴史の舞台となった場所が、開発されずに長い時間ずっと保持されていること自体が凄いなと思ってしまう。

 もし、私が不動産で働いていたら、西大寺駅に近い立地を考えれば、どれだけの高値で建て売り物件を販売することが出来るだろうなんて考えてしまいそうだ。


 そんなしょうもないことを考えて車に乗っていた私に、和樹が「なんか音楽かけへんか」と聞いてきた。


「このカーナビ、ブルートゥース繋がるから、スマホの音楽かけれるで。なんかかけようや」

「うん。じゃあね、、、これかな」


 私は、スマホを立ちあげると、大学時代に二人で良く聞いた『ミスチル』のベストアルバムを選択する。


 スピーカーから聞こえてくる曲を聞いて、和樹も私の方を向いて「ナイスやな」と言いつつ、サビの部分を口ずさんでいる。


 そう、あの当時聞いていた楽曲と私達の歴史は紐付いているのだ。

 だからすぐに、あの当時に思いがタイムスリップしてしまうのかもしれない。


 あー。この曲を聴きながらこの平城宮跡で和樹と話をしたんだっけ…。




「おい、お前のリズムがもたってるからタイト感がでーへんねん!」


 軽音楽部の中で最も大きなイベントが、『大コンサート』、略して『大コン』だ。毎年十一月に行われるこのイベントは、奈良市民文化会館の大ホールで行われるのだが、ステージ上の照明、そして迫力有る低音が出る大型スピーカーなど、素人の私達にとって、それは憧れのステージだった。


 ただ、そこに出演できるバンドは、毎年五組のみという狭き門だった。

 軽音楽部に所属するバンドはソロも含めて軽く三十はある。その中から選ばれる為には、相当な練習を積んで、予選会で皆を納得させねばならない。


 九月末に行われる大コン予選会に向けて、和樹と私、そして、ドラムの中村くん、ベースの斎藤くんの四名は、練習スタジオに週三回は通っていた。


 そして、予選会間近の土曜日。


 オールナイトで練習をしていた時、それは起こった。

 ギターの和樹がドラムの中村君に、怒りを言葉にして言い放ったのだ。


「おい、お前のリズムがもたってるからタイト感がでーへんねん!」

「はぁ!お前のギターがヘンテコ拍子になってるから俺がつられるんやろが」

「おいおい。お前、本気でそんなこと言ってるんか?もう、来週やで、予選会。この曲をやなー、完璧に仕上げれば何とかなるって俺は思ってるんや。ドラムがあかんともう全てアウトやろ?ほんま頼むで……」

「おい、もういっぺん言ってみろ!お前、彼女がそこにおるからって、いきってんのか?お前こそ録音したの聞いてみたらすぐにわかるわ。お前が悪いってよ!!」


 バンドメンバー全員も、なかなか一つになれない今の状況にイライラしていたのだと思う。

 だが、熱くなった和樹と中村君にリーダの斎藤君がクールダウンさせる。


「おい、もうよせ。二人とも、もっと良くなりたいから言ってるんやろ?お前ら、言葉は違えど言ってることは結局、同じことなんやで!?いい加減、頭冷やせ」


 それを聞いた和樹は、ギターを乱暴に置くとスタジオを飛び出した。

 和樹を追いかけるように階段を駆け下りた私に、入り口に止めていたバイクのエンジンが掛かる音が聞こえてきた。


「キュルキュルーーー」


「待って!!和樹!!私も行く!!」


 驚いて振り向いた和樹が、泣いているのが分かった。

 私は、何も言わずバイクの横に付けていたヘルメットを取りあごひもを止める。そして、後ろに跨がり、和樹の腰に手を回す。


 すると、バイクは急発進し、いきなりトップスピードになって風を切り裂いていった。


 どれだけ走ったか余り覚えてないが、あの夜、私達がたどり付いたのがここ平城京跡だったのだ。


 バイクを駐車場に止め、私達は石で出来たベンチに腰掛ける。

 もう午前二時近くになっていた。

 自動販売機でコーヒーと紅茶を買って、コーヒーを和樹に渡す。


「ごめん」


 小さな声で和樹は私に謝った。

 私は和樹の肩に頭を乗せ、「いいよ」とだけ言った。

 

 しばらくすると、今度は和樹が私の膝に頭を乗せてきた。

 私は、ずっと和樹の頭を優しく撫でていたのだが、後にも先にもこんなことをしたのは、これが初めてで、顔を真っ赤にしながらやっていたことを和樹は知らないだろう。


 そうか、この時、私が持っていたウォークマンで『ミスチル』の曲を再生して、イヤフォンの片方を私、そしてもう片方を和樹が使って、同じ曲を聴いたんだ。


 平城京跡を眺めているだけで、あの日、感じた和樹の温もりを思い出すことが出来るなんて……。

 あの時の二人は、言葉を多く交わした訳ではなかったけど、私は和樹の気持ちに少しだけ寄り添えたと感じていたな……。




 自動販売機だけがぼんやりと浮かぶ真っ暗なこの駐車場。

 結局、一時間ほど経った時、「あいつら待ってるやろうから、戻るか」という和樹の言葉で、私達はベンチから立ち上がった。


 単車に乗る際、和樹は、妙に吹っ切れた感じで、「中村には俺から謝るわ」と私に笑顔を向けた。

「うん。みんなで予選会頑張ろー!!」と私が大声で叫ぶと、和樹も「やったるで〜〜〜!!!」と力の限り叫んでいた。





 私達を乗せた車が、丁度、平城京跡の駐車場を通り過ぎる。


『あ、あの時の自動販売機、まだあるんだ……』

 

 なんだか、和樹にもあの時の事を聞いてみたいという衝動にかられる。いつもなら我慢してしまう私なのに、今日はなぜか言葉にすることが出来た。


「ねぇ、和樹。覚えてる?スタジオから二人で抜け出して、ここ来たよね」


 私は鮮明に覚えているが、和樹はどうなんだろう?


「おう。あの時やろ?スタジオで、俺が中村に毒づいた時やな……」


 和樹は懐かしそうな表情をしている。


「バンドメンバーに当たり散らした自分の事が凄く嫌になって、結局逃げ出してさ。ほんま、子どもやったよなぁ。でも、あの時、お前が付いてきてくれてすごく嬉しかったんやで。そして、どさくさに紛れて、ずっと夢見てた膝枕してもろて。しかも、頭も撫でてもろて、、、。なんだか、そん時は、もうずっと恥ずかしかったなって、、、。はっ!お前が今頃赤くなってどうすんねん!!」


 話を聞いていた私の顔が、真っ赤になったのを突っ込む和樹を今はスルーして、私はもう一度、和樹の頭を触ってみた。


 

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