第2話 襲撃者
大男はまだ捕まっていないので、今晩は安全のために私たちは警察署に置いてもらえることになった。
「あなたお身内は?ご両親とか」
指示された書類に記入していると、警察署の職員の女性に尋ねられた。
「私の両親はすでに他界しておりますが、義理の両親がおります」
「じゃあ、明日、今後はそちらに身を寄せられるか確認してもらえますか」
「はい……わかりました」
義理の両親は、夫という大事な息子を失ったことをこれから伝えられるのだ。
その絶望の中で、相談するのはとても心苦しいが、明日話してみようと思った。
警察署内には捜査本部が設けられて会議が始まっていた。
民間人の死者一名、警察官の負傷者六名という、この非常事態に、非番の警官たちも呼ばれ、他部署からも応援に来ているらしい。
大男は見つかっていない。
私たち親子は「もうお休みになってください」と言われて、仮眠室のようなところのひとつを与えられた。
息子は疲れていたのか、すぐに眠ってくれた。私もまた、いつの間にか眠りについていた。
ふと、夜中に何か騒ぐ声が聞こえた。
部屋を出て廊下の角から声のした方を見ると、警察署内のロビーで、あの大男がハンマーを振り回して暴れているのが見えた。
首から何かスマホのようなものを紐でぶら下げている。あれは、私のスマホだ。
私をおびき出そうとしているつもりなのだろうか。
もう、知らないふりはできない。現実を見ないといけない。
そうだ、あの大男の狙いは、初めから、私なのだ。
警察官たちが、銃を手にして威嚇している。
でも、実弾を撃つのを躊躇しているうちに、大男にハンマーで襲われてしまった。今度は犠牲者が出てしまっているように見えた。
そんなにまでして、こんなところにまで私を追ってきたの?あの大男は何者なの?
……誰かの雇った殺し屋なの?
私はもう、足を洗ったのに。
私は近くの婦人警官から銃を借りると、
「ちょちょっと、何して……」
慌てる彼女に銃の代わりに息子を預けて、体を回転させながら、大男に近づき、銃を撃った。弾が両足に命中して、大男がドーンと床に倒れ込んだ。
「これは。正当防衛ですよね?」
目を丸くする婦人警官に聞くと、
「え……ええ」
私は、過去にロタン・アップル(=腐った林檎)という秘密組織に所属してスパイ活動をしていた時期があった。
だけど、三年前に足を洗って、普通の人と結婚して子供を設けて、今は普通に暮らしていた。
幸せになりたかった。
でもあのような大男と戦えるのは結局私だ。
目を背けるわけにはいかない。私がどうにかしないといけないのだ。
再び立ち上がった大男の振り下ろすハンマーを避けながら、私は銃弾を撃ちこんでいく。
再び大男が倒れ込んだ。そして、もう立ち上がることはなかった。
急所は外した。
人を殺めた恐ろしい男でも、警官でもない私が殺すと、過剰防衛になる恐れがある、それが日本だ。
私は、息子のためにも、犯罪者にはならない。
隠れていた警官たちは、私に一斉に拍手した。でも中には私を警戒して、興奮した面持ちで私に銃を向ける警官もいた。
「銃を下ろせ」
私は銃を置いて、両手を上げた。
それから私は銃刀法違反や殺人未遂その他の現行犯で一旦拘束された。
でも、形式的なものであると言う説明を受けて、事情を聞かれた後に、すぐに帰された。
私は、正当防衛で不起訴処分になるだろうとは言われたが、事情聴取を受けるために、連日警察署に通うことにはなった。大男がなぜ私の夫や私を狙ったのか、動機がわからないということだった。
私はできる限り捜査に協力したが、動機の心当たりについては、話すことはできなかった。前の組織に関わる秘密は漏らすことが出来ない。
犯人である大男が捕まったので、夜は自宅に帰った。夫が庭で亡くなったことを思うと辛かったので、この家にはあまり長くはいたくない。
私がしばらくは警察署に通うことになるので、息子は義理の両親が自宅に泊まり込みで面倒を見てくれることになった。
私は警察署に行く度に、警官の噂話を盗み聞きしたり、机の上の資料を盗み見たりと情報収集をして、大男の居所を突き止めた。
大男は瀕死の状態だったが、病院ではなく、警察署内に拘束されて寝かされていることがわかった。それは、あの男が人間ではないという判断をされたという意味だった。
つまりは、人間ではない男への殺人未遂は成り立たないので、もう警察署に呼ばれることもないかもしれない。
私は事情聴取の後に、空き部屋に隠れて待機し、夜間の人出が少なくなった時間帯に、あの大男の枕元に立った。
この大男は生かしてはおけない。
生かすと言うべきか、動かすと言うべきか、わからないけれど。
まるで殺人マシーンのような感情のない殺人鬼だった。警察署で襲われた方たちは、大男にハンマーで殴られて亡くなってしまったそうだ。
あんな化け物を野放しにしておいたら、また何人もの犠牲者が出てしまう。
淀んだ瞳の大男に、誰の指示なのかと黒幕の名前を聞いたが、大男が答えることはなかった。
でも、私がある男の名前を口にすると、本当に一瞬だったが、男の虚ろな目が揺れた。
やはり、例の男なのね……。
それから、私は大男の首の裏の緊急停止ボタンを押して息の根を止めた。
スマホは大男が首から下げたままだったので取り返したが、中身のデータは当然抜かれただろう。
昔の機密文書はないが、このスマホには現在の私の友達のデータや家族のデータが入っている。私はみんなを守らなければならない。
例の男―
何かの情報が欲しいの?
それとも私への復讐?
私に自分の家族はいなかった。親の顔も知らない。天涯孤独だった。
だからこそ、命の危険のあるスパイ活動もできた。
けれどそれは過去のこと。スパイ活動をしていたあの頃とはもう違う。今の私には、家族や友達という守るべき存在ができてしまった。
私の夫もその両親も、友達も、私の過去の仕事については何も知らない。
もしも、私の過去の仕事のせいで、自分の息子である夫が殺されたと知ったら、理の両親もさすがに怒って、もう二度と私とは会ってはくれなくなるのかもしれない。
それから家に帰ると、すでに0時を回っていた。
家に入ると、違和感があった。
良く知る……年寄りの匂い。
義理の両親と息子は2階で寝ているが、リビングに、果たして金扇がいた。
勝手にソファに座って足を組みながら、5人の手下に囲まれている。
さすがに私も多勢に無勢で勝ち目がないと思った。
「取引をしよう」
凶悪な笑いを浮かべて金歯を光らせ、金扇が言った。
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