第24話概念の打破

「いってえええええええッッッ!!」

『ゴガァァ!』


 血に染った右手をぶらぶらと振ったリクは、涙ながらに声を荒らげる。


「お前どこもかしくも硬すぎな!?」

『ゴガァァ……』

「ゴガァァじゃねぇから!」


 数としては五回。


 風と共に拳を五回も振るった右手の感覚は既に無くなり、背中の傷からは血が滲み溢れ、脇腹はメトロノームの様に呼吸をする度に痛みが走った。

 

(そんでもってあと3回……か)


 リクの体に纏う風。先程まで体を覆うほどあった風は今では三個となり、心許ないものとなっている。

 そんな常に劣化して行くリクに対し、【ゴーレムナイト】は傷一つ付かず、何一つとして変化していなかった。


「まぁでも……予想通り首元が硬いよなぁ……」


 二回目で拳を振るった場所は【ゴーレムナイト】の首元。体の芯に生命の糸があると考えた場合、一番無防備なのは首。その隙を逃さず殴った結果、右手の感覚を失うものとなったのだ。

 その後からはそれを基準に身体を殴ったが、やはり首元が桁違いに硬いことをリクは感じ取っていた。


「三回であの首を砕き切る方法……」


 速度だけでは凌駕出来ない……と唇を噛んだリクは、間髪入れず襲ってくる【ゴーレムナイト】の一閃を顔面スレスレで回避する。 

 それはもう回避と言うよりたまたまというものに近いのだが……。


「なぁマーリンさんよぉ……どうしたらいいんですかねぇ、1回死んでやり直すかぁ?」

『ゴガァァッッッ!』


 問いかけても【ゴーレムナイト】の返事しか貰えないリクは苦笑しながら、脚に力を入れた。


「先入観を打破して……か。まぁ死んだら死んだ、一か八かだ!」

『ゴガァッッッ!』


 それはマーリンの言葉を思い出しながら地を蹴ったリクが合図だった――


 風を使い、壁際まで一気に駆け抜けるリクと同時に、今度こそトドメを刺してやると言わんばかりの力で剣を構えながら疾走する【ゴーレムナイト】。

 

(かかった――)


 リクが目指した壁、そこは【サンドゴーレム】が地団駄を踏んでボロボロにした地面の側面。


 つまり――


「お前は獲物を狙う時地面をあまり意識しない。それに、方向転換する時に軸を回転させてたよな? 悪いがそんな時間、ねぇよ?」

『ゴガッッッ!?』


 壁際まで跳躍したリクとは裏腹に、罠とも知らずに直進するよう地面を蹴った【ゴーレムナイト】はひび割れた地面に足を取られ、不格好のまま動けなくなる。それを見たリクは口を弓なりにしながら更なる風を上に向かって行使する。


(決める――)


 リクが不敵な笑みを浮かべながら次の攻撃を仕掛けようとしてる中、一切行動が出来ない【ゴーレムナイト】は、しまったと蒼眼を輝かせながら足に力を入れ、無理やり引き抜こうとする――


 数秒後。


 どうにか【ゴーレムナイト】は地面から硬い足を抜き、怒りのままに土剣サンドソードを構えながら頭上を仰ぐ。


 が、


『ゴガ…………?』


 そこにあった冒険者の姿は、これから倒される敗者ではなく、これから狩る勝者だった――


「じゃあな」

『ゴガッッッ!?』


 天井から垂直に加速するリクと一角の針ギフトニードルは、上を呆然と見入る【ゴーレムナイト】の喉から貫通し、岩の欠片がパラパラと散る中、生命の糸をプツリと切断――


『ゴガァァァァァァッッッ――!』


 その後は言うまでもなく断末魔をあげた【ゴーレムナイト】は、ガタッと膝から崩れ落ち絶命、リクもそれと同時に体と一角の針ギフトニードルを地面に落とす。


「いっ……!」


 ドサッと地面に体を転がすリクの全身に猛烈な痛みが走る中、役目を果たしたかのようにビキッと言う音と共に一角の針ギフトニードルは真っ二つに割れた。


「は……はは……俺の勝ちだぜ……ざまぁねぇ……お前もありがとな……」


 そう言って一角の針ギフトニードルを手放したリクは仰向けのまま目を瞑る。


 概念の打破――

 天井は足をつける場所じゃない。本当にそうなのか。

 視点の変更――

 足場が悪い地面が敵なのは自分だけなのか。

 敵は本当に敵なのか――

 かつて襲った化け物の遺品はもう味方なんじゃないのか。


 それらを詰め合わせた最高の一撃――


 残り一回となっていた風を天井で使ったリクは、重力という味方と共に弾丸のように垂直落下し、結果、岩石と化していた首周りを無理やり貫通。マーリンの言葉とリクの行動力が勝利へと導いたのだ――


「早く……早くミルクを治療しねぇと……」


 体の至る所に激痛を走らせながらもジリジリと匍匐前進でミルクの元へ近づくリク。

 遠くにいるミルクが、死人の様に壁に寄りかかる姿を見て目を背けたくなるが、諦めるな、俺。と無理やり鼓舞させながら距離を詰める。


「ごめん、遅くなった……もう大丈夫だぞ……」


 どうにかしてたどり着いたミルクの手を握りながら、魔法を使おうとした直後、


「あ……れ…………?」


 魔力の限界、体力の限界のダブルパンチを食らったリクは、そんな溢れ出た言葉と共に手の力を失い、プツリと簡単に意識を手放した――



 背後で【ゴーレムナイト】の修復が始まり、元の姿へ戻ろうとしているのも知らずに――



 


 

 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る