第20話英雄魔道士と後継者
「…………ん」
目を開けるとそこは暗く、視点を何処にも合わすことが出来ない。
何と無く自由の効かない自分の体に違和感を感じながらも、俺はハッキリと意識を覚醒させようと固く目を瞑る。
空気が薄い。何処だここ……。俺は一体…………。
頭の中にガバッと流れ込む情報にパンクしそうになりながらも、俺は冷静になれと深呼吸をし、状況をゆっくり整理する。
「さっきまでミルクとダンジョンにいて……その後サンドゴーレムと戦ってて――んん?」
ダンジョンという言葉で全ての記憶が取り戻される――
あの地獄のような場所。
希望を見せたと思えば即座に冒険者を欺く、野生の監獄。
「そうか、俺あいつと戦ってた時……」
俺はダンジョンで傷だらけの体にムチを打ちながらミルクを助けるために戦っていた事を思い出し、
「俺は……死んだのか…………?」
思い返される死――
あっという間の出来事で正直死を実感した気分ではないが、あれは間違いなく死その物だった。
「意識が途切れるのと同時に、目の前が真っ暗になって……」
赤眼と交わしたあの一瞬をフラッシュバックさせ、俺の背中が危険を察したかの様に泡立つ。
冷たい。暗い。 怖い。
そんな幼稚な単語が頭の中につらつらと並べられ、つい苦笑いを浮かべてしまう。
「んで結局、何が現実で何が夢なんだよ……。まじ分かんねぇ……」
度重なる非現実に俺が顔を引き攣らせ、もう嫌だと深く嘆息をつきながら眠ろうとしたその時だった――
「あ゛あ゛あ゛っ!! 私の可愛い下僕ぅぅぅん!!!!」
「…………」
カチッとスイッチが押されたのと同時に視界が真っ白になるほどの光を浴びせられた俺は、反射的に目を細める。
なんか聞いた事ある声なんだよなぁ……。
「んーー! 可愛い、可愛いよぉぉおッッッ! 食べちゃいたい!! ぺろぺろっ!」
光に馴れた俺の眼は伝えてくる。
壁にかかった多種多様のムチ、手錠のような物に、赤い蝋燭……。
ここは紛れもなく。
拷問場だった――
「お……お前は! あの時のっ!」
「え!?覚えててくれたの? あー好き! 好き好きよ! やっぱりあなたを選んで良かったぁ!」
「黙れくそビッチ! 近づいてくんなっ!」
目をハートにさせながら胸を揺らすくそビッチに、俺は絶対に魅了されんぞと慌てて目を瞑る。
黒い布を大事なところに纏っているだけの服に、流石の俺も屈しそうになったぜっ!
「南無南無南無南無南無南無南無南無……」
「ちょ、怖いからそれやめて?」
俺がこんな奴に発情する訳には行かねぇ! と無我夢中でお経を唱えていると、くそビッチは俺の頬をゆっくりと撫で、耳元に口を近づけたと思えば色気のある声色で囁いた。
「あなた死んだのよ? 分かっているの? それを助けたのは私、もっと感謝してくれてもいいんじゃなぁい?」
「あん?」
さっぱり意味が分からん。
そもそもこいつが助けてくれたとか信用ならんし……。
俺の燻げな表情を見て何かを悟ったのか、頬を撫でるのを辞めたくそビッチは少し距離を取り、椅子にゆっくり腰掛けた。
「私があなたをこの世界に呼んだの――」
「……ちゃんと説明してくれ」
別に今更トンデモ発言されたところで大したことでは驚かねぇ、なんてったって俺は化け物と戦った人間だからな。
もう何もかも受け止めてやろうと変に冷静になった俺は、声を荒らげることなく黙って耳を傾ける。
「私には血の繋がった兄妹が7人いるの。みんな魔法使いで凄い腕の持ち主達だったわ……でもある日、皆魔法に溺れた――」
「溺れた?」
俺の疑問にうんと頷いた後、近くに立てかけてあった紫色の杖を手に取り、意気揚々と杖を前に突き出し、自慢げに口を開きはじめた。
「私の名前はマーリンサイン! サイン一族は魔力にずば抜けた力があるの! これでも私、かつて魔王を討伐した魔道士なんだからね? ねぇ聞いてる? え、何その目! そんなゴミを見るような目で見るのやめてっ! 私凄い人なんだからっ!!!」
「いやだってお前変態じゃん……どうせ年中発情期パターンのやつだろお前」
「そうだけどっ! 反論出来ないけどもっ 毎日毎日エッチな妄想しかしてないけどもっ!!」
マーリンが涙目で私英雄! すごい人! と訴えかけてくるも、俺の心には響かない。
なぜならこいつのせいで変な異世界に飛ばされ、死んで、挙句に拷問怖すぎるというトラウマ植え付けられたのだから――
「もういいからちゃんと話聞いてっ! まずあなたにはこれからダンジョンに戻ってもらうから!」
「は? 俺死んだんじゃねぇの?」
「私を舐めないで! それくらいならどうにかできる! まぁ死因の少し前にしか戻せないから、あなたが詠唱を失敗する前のところからスタートだけどね……」
「もう何が何だか……」
チーターか何かかこいつ。
さらっと神様レベルの発言をする変態に半信半疑極まりないが、もうこの際信じざる負えない。
「もうなんかそこら辺よく分からんからノータッチで……。てかその言い草だと俺魔法に殺されたの? 俺ちゃんと魔法使ってたから多分サンドゴーレムに殺されたんだと思うんだけど……」
先程マーリンが言った、死因の少し前に戻すと言う言葉と、詠唱を失敗する前に戻すという言葉からそう推測した俺は、どういう事だ? と質問を重ねる。
「あなた詠唱飛ばし読みしたでしょ」
「……分からん」
「魔法は甘く見ちゃいけないんだよ? いつだって牙を向けてくるんだからね? 詠唱には一つ一つ意味がある、そのパーツが無くなれば壊れるの……。まぁ次から気をつけて? 私がいくら戻せるからって死にたくないでしょ?」
「……まぁ死にたくないけども、ってかそもそもお前が俺を呼び出さなければこんなことになってねぇだろうがよ!」
「…………」
「無視すんな!」
下手くそな口笛で誤魔化すマーリンに舌打ちした俺は、とりあえず魔法は怖い! って事ね、と諦めるように嘆息を着いた。
ちなみに俺、さらっと壁に貼り付けられてるけどそこはスルーで頼む。通りで体が動かせないわけだわ。
拷問する気満々で笑えるぜ。
「じゃあ俺は何したら元の世界に帰してくれんだ? そこだけ教えてくれ。俺は帰って彼女を作らなきゃならんのだよ! 本当はミルクと……」
ゴニョゴニョと尻すぼみさせた俺は、ミルクの事を考えふと気づく。
ダンジョンに戻れるならまた会えるのでは? と。
直後脳裏に思い返されたボロボロのミルクの姿を思い出し、俺はがむしゃらに暴れまくる。
「おい、ダンジョンに戻すって事は今ミルクどうなってんだよ! あの世界は現実なんだろ!? 早く戻せ! ミルクが死んじまう!」
ガタガタと手と足をばたつかせる俺を見たマーリンは、やれやれ……と笑みを浮かべ、胸を張った。
「安心して? 時は止めてあるから」
「え、お前本当に凄いな……」
最早異次元なマーリンに、それならいいか……。と暴れるのを辞め、じゃあ何で俺はこの世界に呼ばれたんだよと言葉を漏らす。
するとマーリンは、それはね……。と少し下を向いた後ゆっくりと口を開いた。
「さっきも言ったでしょ? 魔法に溺れた兄妹がいるって」
「あ、あぁ……」
「その人たちを倒して欲しいの……」
「お前がやれ」
「むっ! いじわる!」
頬を膨らませてむくれるマーリンはそのたわわな双豊の間に杖を挟み込ませ、上目遣いでとんでもない言い訳を口にした。
「だって私死んでるんだもん」
「は?」
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