第16話無詠唱魔法
「ごめ……ん、ごほっ……私……私…………!」
数多の汗を額に浮かべるミルクは、遂には
それは一人の少女――
儚い街の少女――
彼女は元姫では無く、ただ一人の女の子としてリクに甘えようとしていた――
「まだ……一緒に………ごほっごほっ!」
「ミルクッ!」
爆発を目の前で食らったミルクの喉は焼けていた。
話す度に激痛が気管を襲い、体の全身から血が溢れ出している感覚に陥る……。
今にでも意識を手放したい。
楽になりたい。
もう痛みを我慢したくない。
そんな言葉が泡のように溢れかえり、パンっと弾けた後、そこにはミルクの硬い意思だけが残った。
(私に……。ハーフエルフの私に…………一緒にいようって言ってくれたから……)
ハーフエルフは嫌われている――
エルフの国であるチア国だけその存在を認めてくれた。
エルフは高貴かつ純潔な
それが当たり前であり、規則だとされていたからだ。
現にミルクは、大都市であるカーリディアでまともな扱いをしてもらったことがない。
その半端な耳を見られては距離を置かれ、影では汚い、汚らわしいと罵られる。
そんな生活に嫌気なんてとっくの昔にさしていた。
だからいつ死んでもいいと思ってた。
今だって別に死は怖くない。
ただ――
隣に座って手を握り返しながら、今助けてやるから! と醜い傷口に顔を近づけてまで心配してくれる彼を、失いたくない。
それがミルクの意思だった――
味方がゼロとなった世界……。
一人ぼっちの世界……。
孤独に慣れてしまった世界……。
その世界を壊そうとしてくれる彼ともっと、もっと一緒にいたい。
それが姫として産まれた彼女の初めての甘え――
「やってやる! 大丈夫だ! 俺が絶対救ってやる!」
「あり……。あ……あ……ああぁ……っ!」
直後だった。
リクが傷口の中心部を探し、ミルクと対面する形となった時……。
それは起きてしまった。
ダンジョンを舐めるなと嘲笑うように、戦闘不能の冒険者達の前に……。
モンスターが産まれる前兆――
――
空間で白く輝くそれが現れてからは僅か数秒で奴らは姿を現す。
『ゴァァァッッッ!!』
――【サンドゴーレム】――
土で出来たその体躯は、リクとミルクを覆うほどの大きさ。全長二メートル越えのそいつは、雄叫びをあげるのと同時に剛腕を振り上げ、ほぼ全身茶色の姿に唯一ある赤眼というアクセントを煌めかせながらリクとミルクに狙いを定める。
「リク……くん…………逃げて……逃げて!」
「それは出来ない!」
雄叫びを聞いたのと同時に、リクは背後に現れた【サンドゴーレム】に気づき、蒼白の表情を浮かべた。
それでもリクの中に逃げるという選択肢は無い。
一人でも逃げれないのにミルクを連れて逃げるなんてもっての他だろう。そもそもこの狭い
(迎え撃つしかない――)
実は先程、リクは魔法を行使していた。そこで気づいたのは《キスキズヒール》の何点かの弱点。
まず広範囲に回復をさせる事が出来る分、
つまり脚の治療をしている時に、腹部への回復は見込めないという事である。
それに、どこまでが一つの部位として区切られているのか分からないが、大きく見ても左右の足、腹部、胸、左右の腕、頭の七つに別れているだろう……。ミルクの重症部分を治すとしたら三箇所以上……。
オマケに即効性の無いと来たものだから、この魔法で【サンドゴーレム】の攻撃を食らう前に回復させることは見込めない――
(時間がかかりすぎる……)
背後で苦しむミルクを前に、リクは心で舌打ちをした。
タイミングが悪すぎると【サンドゴーレム】を睨みつけたリクは、右手にある手帳を片手に目を落とす。
(やるしかないか……)
それはヒール以外の残りの記述。
手帳の一ページ目に記された、アイスとファイアという魔法。そして一番最後に記されたアウトバーンという魔法だ。
もう
リクは唾を飲んだ後、覚悟を決めたように目を瞑る。
「ミルク、ちょっとだけ一人にしちまうけど待っててくれ、すぐ迎えに来るから」
「やだっ……! 行かないで!」
背後のミルクにノールックで左手をミルクの右手に絡ませたリクの表情を、ミルクが視界に捉えることは出来なかった。
ただリクの左手だけが教えてくれた。
安心しろと――
直後リクは右手に持った手帳を開き、己の舌を信じ詠唱を開始し、駆け出した――
その姿はまるで弱き人々を助ける為に魔法を行使する魔道士……。
英雄魔道士そのものだった――
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