第17話英雄魔道士の一撃


「はぁ、はぁっ!」

『ゴオァァァァッッッ!』


 走る。

 

 それはリクの限界をかけた挑戦でもあった。

 

「くっ、肺がっ……!」

 

 乾いた空気が体に取り込まれる度に、リクは反射的に足を止めそうになる。

 日頃まともに運動していなかった弊害だろう。桁外れに低下したその体力は、詠唱への重荷になっていた。


 四回目の詠唱――


 【サンドゴーレム】の攻撃はリクでも幸い容易にかわすことが出来ていた。

 その体躯故の行動の遅さなのか、砂で出来た剛腕の軌道は読みやすく、リクは無傷で逃げ回れている。

 ただ詠唱が整わない。

 滑舌の問題は勿論。他には、走り続けているせいで呼吸が上手く出来ずに詠唱が途切れしまったり、【サンドゴーレム】の砂が目に入り詠唱を読めなくなるという問題が発生していた。


「また最初からか……」


 四度目となる冒頭部に舌打ちをしながら、リクは手帳と【サンドゴーレム】を同時に見入る。


 並行詠唱――


 それは上位魔道士になってやっと身につくものと言われている。

 状況の判断と共に詠唱を完成させる。

 詠唱の暗記はマスト。そこから追加されるのは魔力を安定させる精神力、詠唱を動きながら行う集中力……。


 冒険者にすら達していない今のリクには、当たり前のように全てが欠如していた。


『ゴォォ……』

「舐めた目しやがって」


 そんな仮装の冒険者リクの事情など知らないとばかりに、【サンドゴーレム】は細やかに動くリクに対し、余裕を見せるようにゆっくりと視線を落とした、


 その直後だった。


「っ……!!」


 その姿を見てすぐさま背中を泡立てたのはミルクただ一人だけ。

 今も壁に背中を預けるミルクは、すぐに手放しそうになる意識を何とか持ちこたえさせながら、深く呼吸をし、血圧を上げないように冷静に戦場をじっと見ていたのだが、


 そんな努力も無駄にさせるのがダンジョン。


 脅威を感じた敵の動きに、血圧を上げ興奮するように口を開いたミルクは、左肩から比例するように溢れ出す血を無視して、焼けた喉を限界まで震わせる。


「リクッごほっごほっ! ……早く……離れッ……!」

「……?」


 ダラダラと流れ出る血液を右手で抑えながら無理やり立ち上がろうとして失敗する。それを何度か繰り返した後にミルクは涙を流すことしか出来なかった。

 その姿を見て何かを察したリクは、再度【サンドゴーレム】に目線をやり、


 言葉を失った――


『ゴォ、ゴォ……ゴォォォァァァッッッ!』

「――!!」


 それはまるで、一撃で仕留めてやるとばかりの行動モーション――


 【サンドゴーレム】の特徴である全力フルパワーを行使させては行けない。 

 それを唯一知っているミルクはリクに向け、涙という形で最大の警鐘を鳴らし続ける。


「っざけんなよクソダンジョンがッッッ!」


 緩慢な動きで右腕を引いた【サンドゴーレム】は、左手を突き出し標準を作る。

 そしてその深く引かれた右腕が三分の一程の大きさに収縮し、


 結晶化した――


「あんなの食らったら、マジで死んじまうっ!」

『ゴォォォォォォッッッ!!!』


 砂から岩石へと姿を変えたその右腕で相手を潰す感覚を知っているのか、【サンドゴーレム】は狂気に満ちたように赤眼を輝かせる。

 それと同時に放たれた右腕はあっという間に伸び、間一髪バックステップでかわしたリクの目の前に振るわれ、地面を壮大に抉った。


(……っ! 速いっ!)


 それは収縮による速度上昇。

 面積が小さくなり抵抗が少なくなったその岩腕ロックアームは、先程とは比べ物にならないほどの速度で獲物を狙う。


「……くっそ! 魔法を使うしかねぇ!」


 今使用可能な魔法は、またしてもハナクソショットのみ。グレードアップしたダブルハナクソショットを行使したところでどうこうなるものでも無いだろう。

 右手の手帳に全てがかかっている。

 この岩腕ロックアームのラッシュにきっと追いつかなくなり、あっという間にぺちゃんこにされる未来はそう遠くない。

 チャンスは多くて二回。出来ることなら後一発で決めたい。


(そんでもって、アイスやファイアの火力が分からないからコイツを抑え込める保証がない、となると…………)


 加速魔法、アウトバーン。


 最後に記されているそれに全てをかける。

 

(噛んだとしても《キスキズヒール》みたいに俺色に染まるかも知んねぇしな!)


 己の滑舌も味方にしろ! と再度目に光を宿した仮装の冒険者は、更なる高みに手を伸ばした――

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

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