第8話双針


『ギギギギッッ!!』


 そいつは、唯一ある細道ロードに突如として現れた――


 リクの体の約半分程の大きさ。地球ではまず見ない規格外な蜂は、甲冑とも言える表皮と双針ダブルニードルヘッドに付けていた。

 聞くだけで耳を抑えたくなるほどの羽音を鳴らして飛び回る【ギフトビー】は、隙を見せれば己の毒針の餌食にしてやるとばかりに、口元から紫色の毒液を吐き出す。

 所々に散布した毒液は異様なまでの異臭と、とてつもない酸性力を持っていた。


「ミルクっ! 大丈夫か!」


 飛び回るモンスターに最大の注意を払いつつ、リクはミルクの腕を引っ張り、広間ルームの中央に座らせる。

 目測になってしまうが、リクの予測だとこの広間ルームの一辺は約百メートル。正方形とも取れるこの広間ルームでの一番の弱点はその狭さでは無く、高さにあった――


「くっそ、俺の知識と力量じゃどうしようも出来ない! どうしたらいい!」


 左肩を貫かれ、毒が回り始めたミルクの顔は、もう既に先程の彼女では無くなっていた。

 未だに直径十センチほどの針が突き刺さった左肩は小刻みに震え、傷口からは毒液と血液が入り交じりながら滴り落ちている。


「大丈夫……、このモンスターの毒は体を痺れさせる効果があるだけ……10分もしたら効果は切れるから……」


 心配しないでとばかりに作り笑いを見せたミルクは、言う事の聞かなくなっていく右手を無理やり上げ、これを使って十分耐えて……と、小さな声で呟いた――


 直後――


 ミルクの右手に収束していくように集まる白いオーブは、どんどんと姿を形成し、一瞬にして黄金の弓へと姿を変えた。

 

 神具の特性【永遠の主オリジナルルーカー


 それはいかなる時でも己の手に召喚できる、神に与えられた恩恵であり呪いである。

 そんな神と獲物ミルク結合リンクする一部始終を見ていた【ギフトビー】は、直感で危険を感じとったのか、ギギギギッッと威嚇の鳴き声をあげながら広間ルームに向かって速度をあげる。

 

「す、ずけぇ……。って、そんなこと言ってる場合じゃねぇか、アイツが中に侵入してきちまう」


 リクの心配の声を他所に、ミルクは弓をゆっくりと床に置き、矢を手渡す。


「私の弓は私しか使えない……それでもこの矢は使えるから……せめてもの武器に使っ……てっ……」

「ミルクッ!」


 リクに矢を手渡した直後、手を鉛のように床に落としたミルクは、完全に動けなくなっていた。


 【ギフトビー】特有の狩猟スタイル――

 

 敵を己の毒で動けなくした後、その頭部にあるニードルでトドメを刺す。

 その適格性、安全性は他のモンスターでも容易にできるものでは無い。


 しかし、逆手に取ればそれは弱点になりゆる――


 【ギフトビー】の安全性故の単調さ、火力不足。ましてや異常回復魔法やポーションなどがあれば簡単に対処出来てしまう。


「くっそ……入ってきちまった……」


 いよいよ侵入してきた敵に、リクは一歩後ずさりながら矢を持つ手に力を込める。

 今のリク達には何一つ打破できる装備は揃っていない。この状況を突破するためには、【ギフトビー】による毒液の回避、鋭利なそのニードルからミルクを守るのは絶対条件であろう。

 それにミルクが動けなくなった今、リクがもし毒液の対処に失敗したら想像もしたくない結末は明らかである――


(そんでもってこの矢だけだもんな……)


 鎧通しの矢じりを見入ったリクは己の魔法ちからに舌打ちをしつつ、今ばかりは考えている暇はない! と、下半身に力を入れる。

 魔法リストに載っている三つの魔法。

 そのうち一つを除けばこの場で使えるものは無い――

 一人行動用に、対人用……。今回ばかりは脱出魔法の効果に笑みを浮かべることなど微塵も出来なかった。

 そして唯一使えるものがハナクソショットなだけあって笑えてしまう。

 

『ギギッッッ!!』

「ふっ……!」


 という感じで、敵の突発的な毒液攻撃をかっこよく回避しようとしたリクだったが、


「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 初手攻撃でリクの体は毒液まみれになっていた――


 

 

 

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