第7話心を通わせる努力を忘れたその日
――ダンジョン三階層第六エリア
ゴツゴツとした岩壁に囲まれた小さな
「ここが、ダンジョンなのか……?」
目を開けると広がる、ダンジョンという名の未知に、俺は心を躍らせると同時にどこか恐怖を覚えていた。
唯一ある
「ミルクさんミルクさん! 起きて! 怖いから早く起きてっ!!」
「……ん……んん…………」
やだ怖いっ! と、身を震わせながら必死にミルクの肩を揺らすと、ミルクはゆっくりと意識を覚醒させ、目を固く瞑ったあと、その美しい紅色の眼を開いた。
「本当に、第6エリアなの……ここ…………」
地面に触れ、以外にも冷静に立ち上がったミルクは、ダンジョンに来てしまったと直ぐに肌で感じとり、小さくため息をついたあと目を再び瞑った。
「……?」
正直、また大声で泣いてあーだこーだ言い始めると思っていたのだが、冷静に物事を考えようとする姿に、俺は牢屋の前にいた時の姿と被せてしまう。
こいつは二重人格なのだろうか……。
あんなに最初の時は泣き散らかしていた奴が、今では呼吸を整えて物事を整理しようとしているだと!?と、この短時間でのキャラ変ぶりに驚いていると、おもむろにミルクは口を開いた。
「ごめんね……逃がしてあげられなくて……」
「ん……どゆこと?」
暗い顔で呟いたミルクは、申し訳なさそうに目を逸らした後、言葉を続けた。
「口が臭いのも嘘……あなたなら怒って出ていくと思ったから……」
「おいちょっと待て、本当にどういうことだ?」
全く話の意図が掴めない俺は、困惑の表情を浮かべながらミルクを凝視する。
それに伴いミルクは、チラッとこちらを見た後、ダンジョンの恐ろしさをあなたが知らなさそうだったから、どうにかしてでも逃がしたかったと語った――
「……てことは、あそこの部屋に入ってからは全部……演技だったのか?」
「うん……私は一応冒険者だし、ダンジョンの事はある程度わかる。それに、私の武器は神具である
そう言って冒険者とは思えないほど綺麗な手で壁を触ったミルクは、それでも絶対にあなたを助けるから、と、強い眼差しでこちらを見つめる。
そんな優しさの塊のミルクに対し、呆然と立ち尽くしたままの俺は意味がわからないと頭の整理を試みる――
ん? てことは? つまるところミルクは、ダンジョンを軽く見てる俺を怒らせて出ていかせて、自分一人でダンジョンに行こうとしてた……と?
俺はそんな優しい子に暴言を吐いていたのか?
突如として女神のように見えるミルクの後ろ姿を見つめた俺は、困惑と怒りがごちゃ混ぜになっていた――
「嘘つけ……」
「ん? なんか言った?」
勝手にしゃしゃって勝手に勘違いしてブチ切れた俺を、怒ることなく助ける?
分からない――
俺には人の優しさが分からない――
子供の頃から優しさにはなにか裏があると分かっていた――
どうせコイツもそうだ、俺を助けて何か……何かをッッッ!
俺は、空耳かな? と、気にせず床や壁を触ったり、
激昂した――
「おいっ! お前は……お前は何が目的だっ! 見ず知らずの奴に優しくする意味がわからない! 俺なんか助ける価値なんてないし、お前が自らを犠牲にしてまで俺とダンジョンを突破する必要なんてないだろっ!」
「なんでそんなことを言うの?」
「うるさい……! そうやって……そうやって偽善者ぶるなよっ!!」
俺はこういうやつだ――
素直に相手の優しさに対し感謝も言えない礼儀知らずなクズ。
知ってる……俺が一番そんなこと分かってんだよっ!!!
怒りをぶつける先がなくなった俺は、なりふり構わず目を丸くするミルクに激昂し続ける。
「どうだ分かったろ! 俺はこんなやつだ! 俺と一緒にダンジョンを脱出なんてしたって足を引っ張るだけだ! お前の邪魔になるだけなんだぞ! だからさっさと俺の前から消えろっ!」
「じゃあなんであなたは今、私の心配をしてくれているの?」
「そんなの……! そんなの俺はして――」
「したよ? 今あなたは、自分が足を引っ張るって言ったでしょ? それって私が助かる確率が下がるからって事じゃないの? あなたの性格なんてこんな短時間では分からない。それでもあなたの今の一言は『優しさ』に値する。こんな状況で普通は私を見放したりしない。人の事を考えない者は媚を売ってでも私と一緒に脱出をめざしたはず。分かった? あなたは自分を卑下しすぎ……あなたはもっと素晴らしい人だよきっと――」
そう言って優しく笑ったミルクは、俺の手を握り、大丈夫だから、一緒に逃げよ? とだけ言って、ずっと俺の手を握り続けてくれた。
「お前は…………」
手から伝わる暖かさ。人の優しさ、温もり、友情、愛情、信頼――
そんなものどこの世界にもないと思っていた――
それは違ったのかもしれない。
俺が一方的に逃げていただけ――
自分から得ようとする努力、得たいという願望。それを失っていただけなのかもしれない――
あぁ……。
母さん……。
あの言葉は本当だったのかな……。
この一瞬で俺の人間不信は治らないとは思うけどさ……。
俺。
初めて人を信用してみる努力をしてみるよ。
それに、何故か心が、いや細胞が、こいつを――
知らぬ間に俺はミルクの手を握り返し、知らぬ間に俺は……。
「俺と一緒にずっといてくれ……」
と、ミルクの肩に頭を預けていた。
こうして人を頼ったのは何年ぶりだろう。
母さんが死んだあの日からだからもう十年ほどだろうか……。
「うん、大丈夫。私が一人であなたを助けるんじゃない。一緒に逃げて、一緒に助け合って助かるの……私達ならきっと出来る――」
そう言った後、そう言えば今更だけどあなたの名前は? と、笑いながら俺に問いかけるミルクに対し、確かにまだ言ってなかったなと笑った俺は、簡潔に自己紹介をした。
何故だろう。何故ただ自分の名前を教えるだけなのに、こんなに幸せな気持ちになるのだろう――
不思議な感覚に頭をぼーっとさせる俺を他所に、ミルクはあんまり聞かない名前だなぁと首を傾げる。
「おかしな名前だけどいい名前ね!」
「それ絶対褒めてねぇだろ……まぁ俺からしてみたら、ミルクっていう名前、凄い良いと思うけどな……」
そんな俺の言葉に、ほんとに思ってるー? と怪しむミルクは、ほんとだったら嬉しいなぁ……と、頬を膨らまし、目を細める。
あかん! 可愛いッッッ!
いじらしい表情で笑うミルクに、自ずと笑みが零れてしまうではないか!
しかし、目が胸にオートエイムしてしまうのをギリギリのところで避け、ガバッとミルクを視野から外した時だった――
「いっっっ!!」
ドッ。という鈍い音。それと共に、声を上げるのはミルク。
「おいっ!」
一瞬でミルクの左肩を貫いた紫色の針は、その綺麗なワインレッドの髪の毛と同じ液体を
三階層に現れるモンスター。
ギフトビー襲来――
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