第9話元姫としてやるべき事


 体が言うことを聞かない――


 深い眠りにも似た感覚に陥ったミルクは、ただ音だけを聞いていた。


 モンスターによる羽音に、毒液によって岩が溶解していく音……。

 聞きたくもない音が次から次へと脳裏に響き渡る。


(後何分だろう……。私はあと何分で彼を助けに行けるの……?)


 先程彼に頼んだ時間は十分。それが現実的にどれほど厳しいものかは、幾度となくダンジョンに足を踏み入れてきたミルクには嫌になるほど理解できるものだった。


(時間の流れが遅い、まだ10秒程度なのかもしれない……)


 そんな悪い想像ばかりが脳裏を駆け巡る中、ミルクは彼の事だけに集中する。


(リクくん……。大丈夫だよね……)


 数え切れないほどの冒険による努力きずにより、幸い痛みには慣れている。なんなら、人体を溶かすことの出来ない【ギフトビー】の攻撃は驚異ですら無いとまで思える。もちろん装備、アイテムなどがあれば、今の五倍は楽なのだが――


(全く……私はなんて格好でダンジョンにいるのよ……)


 布切れ一枚の自分の姿を思い返したミルクは、冒険者の名が廃る……。と、己に向けて自嘲する。


(それでも私なら、まだ・・なんとかなる……)


 経験は裏切らない――


 それを一番知ることが出来るのは、ダンジョンという未知と異常事態イレギュラーの具現化したこの場なのではないだろうか。


 だからこそ今は彼を凌がせる事に集中すればいい――


 この先例えどんなに辛くても、私がいればどうにかなるかもしれない。力がなく、強くなくても、知識は彼よりある。まだダンジョンの事、第6エリアここの事も話せていない。私は彼に何も出来ていない……。


 チア国の姫……いや元姫として……。


 そして仲間として――


 私はまだ彼に何かを伝えられる――


 まだ若く、何も知らない彼の命の火をここで消させては行けない。彼の罪がいかなるものであろうとも、彼には『優しさ』があるのだから――


 そう心中で熱を込めるミルクだが、勝手に自分の過去と先程のリクの姿を重ねてしまう。


(……っ!)


 数年前国から追放されたことは心の奥に閉まい、誰にも明かしていない。

 民の事を一番に考える優しい姫に憧れ続けたミルクが、心の奥底からそれを成し遂げ、あらゆる種族から慕われ、その後身内にドン底まで叩き落とされた過去――


 苦しい――


 一番信じていた身内に潰された――


 それは彼女に大きな傷を負わせることになったが、それと同時にミルクはそれを受け入れていた節もあった。


 私が悪い。私の力――


 絶対に当たらないその神の力が――


 ミルクは己を卑下し続けた。

 ずっとずっと彼女は苦しみ、自分を貶し、弱く惨めな姫だと。


(……だめ! 強く気持ちを持たないと! 私が折れては彼も苦しめてしまう)


 数年前のあの痛苦を無理やり飲み込んだミルクは、頭を透明クリアにし、リクの為に状況整理を試みる。

 

(……今回の達成条件クエストクリアは二人で生き残る事。それを達成するには彼の防衛が必須……。どうにか持ちこたえて……)


 こればかりは願うことしか出来ないミルクは、己の不甲斐なさに頭の中で表情を歪める。

 ダンジョンに潜る回数が幾ら多いとはいえど、防具無しでダンジョンに潜るのが初めてであるミルクには、大幅な感覚のズレが生じていた。

 いつもならばという経験が仇となってしまったのだ。


(…………)


 冒険者の基本として欠かしてはいけない臨機応変に対応する力。それを欠如させていた訳では無いが、一週間の牢屋生活でまともな食事も取っていなかったミルクは、お世辞にも万全な状態とは言えなかった。


(それに……この【ギフトビー】の射出の速度が早すぎる――)

 

 違和感――


 ダンジョンに置いて、違和感を放置する事は許されない。

 自分の感覚。経験を積むのは頭だけではなく体も同じこと、頭での整理が出来ていなくても体が違和感を覚える。そんなことはよくある事だ。

 

(やっぱり私がどうにかしないと……)


 動けるようになった後の立ち回りを考えろ! と、自分にムチを打ったミルクが、今まで出会ったモンスターを走馬灯のように思い返した時だった――



「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」



 今一番聞きたくないリクのそんな叫びが広間ルームに響き渡ってしまった――

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