小説投稿サイトの退会ボタンを押そうとしたらタイムパトロールのエルフ美少女に「退会しないで」とお願いされたので、交換条件で「付き合って」と言ってみた。

黒猫虎

短編



       1



 その女は突然クローゼットから現れた。



「早まっちゃダメーー!」



 その時俺は小説投稿サイト【ヨミカキ】の退会ボタンをクリックする寸前だった。


 退会理由?

 読まれないからに決まってるじゃん(涙)


 魂込めた作品が全然読まれない俺って才能ないんだーー!

 高校生で書籍化作家になるなんてとうてい不可能な夢なんだーーッ!(号泣)



(俺はこの退会ボタンを絶対に押す)



 そう強く決意したその時、突然その女が現れたのだ。



「右手をマウスから離してゆっくりと両手を上げなさいッ!」


「俺のマウスは凶器か? というかアンタ何だ。突然俺の部屋に入ってきて!?」





       2



 少々自己紹介させてもらうと、俺は「高校在学中に書籍化作家デビュー」を目指す現役丶丶高校生小説家である。


 ――いや、だった丶丶丶

 もう作家はやめるから過去形だ。


 しかし現在進行形で「小説投稿サイトを退会するな」と説得を受けている……



「あなたの小説というより、あなたの小説に影響を受けた作家が書いた小説が重要なの」



 信じられないことに、俺の部屋にスーパーな美少女がいる。

 それも俺が小説異世界転生モノを書くときに妄想していた理想のエルフ美少女丶丶丶丶丶丶丶丶丶そのもの……。


 耳は細長く尖り頭髪は透き通るような金色。顔面偏差値はめちゃくちゃ高くテレビで見てきたどの芸能人も顔面真っ青で回れ右するに違いないスーパー美少女。



「金髪エルフ娘は『もう古い』。時代は銀髪エルフ」



 ――ソレ(俺の感性の古さ)はさておき。



 俺は今、夢にまでみたファンタジー金髪エルフ美少女に「退会しないよう」説得を受けている。

 ……これは現実か? 頬をつねりたいが今は事情があってムリだ。

 もちろん退会の意思は固い。

 美少女の説得などでオトコが1度決めたコトを曲げるワケにはいかない。



 だが彼女の言葉を無視できない大きな問題が3つ発生していた。



 1つ目はこの女が俺の部屋のクローゼットから突然現れたコト。

 

 ずっとクローゼットに隠れていたのか?

 泥棒するような人物には見えないが実はそうなのか。



 2つ目は尖った耳。


 本物モノホンなのか?

 もし本物なら本物のエルフ、つまり異世界人の可能性があるコトになる。

 それともタダのコスプレなのか。



 3つ目は彼女の衣装いしょう

 未来を先取りしたかのようなコスプレ風衣装が体にフィットし過ぎていて、あちらこちらの悩ましい女体曲線にょたいきょくせんに目が釘付けだ。


 

 

「――ねえさっきからちゃんと聞いてる!?」


「むぐぐ、むぐぐ!」


「『むぐぐ』だけじゃ何言ってるか分かんないんですけど!?」



 もう1つ問題があった。

 俺が猿ぐつわされて縛られていることだ。





       3



「ヒドいよな。猿ぐつわしておいて『何言ってるか分かんない』って」


「緊急措置だったの。ごめんなさい」



 猿ぐつわは外してもらえたが、両腕をまだ後ろ手に縛られていて身動きは取れない。


 とりあえず彼女の言い分は大方理解出来たと思う。

 その内容をまとめると、こうだ。



 a.彼女は近未来(西暦2500年)の日本から来たタイムパトロール隊員。


 b.将来、世界を致命的な危機が襲う。(内容は極秘)


 c.bの危機を回避できるたった1本のルートを発見。(それが俺のいる世界線)


 d.俺が小説投稿サイト【ヨミカキ】を1度でも退会すると、唯一のルートも途絶えてしまう。


 e.彼女は今世界のピンチを救った。←イマココ




「……ソレを俺が素直に信じるとでも?」


「そうね。クローゼットを見てみて」



 そういえばアンタ、クローゼットにいつから隠れていたんだ?


 ま、まさか結構前から!?

 それはヤバいんだが。

 思春期の男子高校生をナメるなよ(?)



 クローゼットの中は――



 な、なんじゃこりゃー!?

 クローゼットの中は近未来的なメカメカしい機械でぎっしり埋まっていた。



「これは?」


 もしか、ここにあった俺の服は全滅?


「もちろんわたしの乗ってきた Time Machine よ」



「タイムマッシーン」の発音が妙によい。

 しかし俺の服が全然見当たらない。

 やはり全め――あっ、あそこの床に落ちている布切れは俺の……?


 こ、の、アマ……



「中も見て?」と得意気にしてくるこの女への怒りがフツフツと沸いてくきた。




 でも、おお。

 機器とか未来っぽくてすげぇな。





       4



「ということは、俺は書籍化できないということか?」


「そ、それはそうなんだけど」



 畜生チクショウ

 ハッキリと夢を絶たれてしまった俺。

 やはり【ヨミカキ】退会は避けられないようだ。



「退会するしかないな」


「ち、違うの。確かに書籍化はムリかもしれない。でもあなたの小説を読んだ作家の作品が、更に世界を救う科学者たちに解決の糸口を与えるの。あなたの小説が必須のキーなのッ」


「でも俺は無名なままなんだろう?」


「それは違うわ。西暦2500年の未来では、あなたの書いた作品を全て書籍化して世界図書館に収蔵すると決定している」



 500年先の未来で書籍化か。



「それって俺に何かメリットあるの?」



 疑問をそのままぶつけてみる。



「メリット? そ、そうね。西暦2500年にはあなたの銅像を建てると約束する。それから全未来人があなたに感謝するでしょう。あなたの生まれた日も全世界の祝日にする。わたしの権限でそのくらいは約束できる」



 おま、それを俺が喜ぶと本気で思ってんの?



「全然嬉しくないんだが。お金とかは貰えたりするとかはないの?」


「お金は……ごめんなさい。未来人が過去に影響を与えることは出来ないの」


「いや矛盾! アンタの今していることと矛盾があるでしょ」


「今回のコレは超法規的措置丶丶丶丶丶丶により許されているわ。コレ以外は通常の時間旅行法に従う必要があるわ」



 未来使えねえ。


 ていうか「超法規的措置」って初めてリアルで聞けたわ。

 それだけは得した気分。



「ふーん。まあ世界が救われれば俺の子孫も助かるか」


「あなたは恋愛も結婚もしないし子どもは作らないはず……あ、これ言っちゃだめな情報だったカモ」



 急にあたふたし始める金髪エルフ。


 おい。

 やっぱり世界滅ぼしてやろうか。





       5



「ところでアンタの耳が細長くて尖っているのは、やっぱりエルフだから?」



 ちな、俺の腕はまだ後ろ手にされたままだ。



「……そうよ。クォーターだけど」


「す、すげえ。それは人種改良? それとも進化?」


「西暦2500年には異世界との往来おうらい、それから血の交流が一部解禁されてるの」


「へえ。未来では異世界と繋がっちゃうんだ。そんなスゴすぎる情報話しちゃってもいいのか?」


「いい。あとで記憶消すから」



 おい。

 俺の扱いヒドイな。



「それにしても『恋愛結婚しない、子ども作らない』って話を本人にするってヒドくない? 生きていく自信無くなったんだけど」


「ご、ごめんなさい。あとでその記憶も消すわ」


「ああ。そうしてくれ」





       6



「じゃあさっさと俺の記憶を消して未来に帰れよ」



 俺は半分キレぎみに、このf○ckinク○金髪パツキンエルフ美少女に言ってやった。



「待って――ダメみたい。あなたはこの後【ヨミカキ】をまたすぐに退会しようとするという計算結果が出てるわ」



 確かに俺なら、この記憶が消されても同じ行動を起こすだろう。



「あなたが自発的に【ヨミカキ】の退会をしなくなるまでは未来に帰れないわ」


「勘弁してくれ」





       7



 でもよく考えたら女子(?)とこんなに話すの久しぶりだな。

 1ヵ月前に握手会に行って以来(?)だ。


 それにこの状況のお陰かかなり対等(?)にしゃべれているし。

 メイドカフェやアイドルなんか目じゃないくらいの美少女さんだし。



 せっかくだからもう少し『お話』してもいいかな。



「なあ。アンタの名前と歳は?」


「マリエクラウド・北条ほうじょう、17歳よ」



 17歳ってほぼ俺と同じじゃね?

 てことは、女子高生JKじゃん。



「へぇ、カッコかわいい名前。それに17歳、俺の1つ年上センパイか。未来は17歳でもう働けるのか?」


「ふふふん。17歳で働けるのはわたしが特別だから。この歳でタイムパトロール隊員になれたのは、わたしが史上初なんだよ」



 得意げな笑顔が眩しい。



「でもどうして【ヨミカキ】を退会したらいけないんだ? 俺がサイト登録したのは高校在学中に書籍化作家になる為だけなんだ」


「書籍化されること――それだけが作品の良し悪しではないわ。書籍化されなくとも人の心の中に残り続ける名作ってたくさんある。あなたの作品も同じ。それに世界を救う鍵となるのよ。これって凄いことだと思わない?」



 ピンとこない。

 そんな凄い作品なら今すぐ認められて書籍化されてもいいハズなのに……



「ふーん。じゃあ退会しなければいいんだな? わかったよ。投稿はしないけど」


「ま、待って! 投稿はこのまま続けて欲しいの。あなたが投稿すればするほど世界の助かる確率が上がっていくと計算結果が出ているわ!」



 カッチーン。



「ふざけんなよ。書籍化しないと分かっているのに書き続けろって!?」



 もう俺この女に全ギレでもいいよね?





       8



「交換条件思い付いた」



 怒りで染まりかけた俺の脳ミソに、稲妻が落ちるかのように天啓てんけいが降ってきた。



「えっ、えっ。どんな条件? まさか――」



 金髪エルフ美少女が、俺の視線から身を守るかのように両腕でみずからの体を抱きしめ軽蔑けいべつの目で見てくる。

 ふん。そっちが俺を怒らせたからだかんな!


 条件はコレだッ。



「彼女になって」



 彼女は悩む素振りもなく即答した。



「えっ、ごめんなさい」





       9



 こ、この女即答かよ。

 カワイイ顔してムカつくッ!



「アンタよく考えろよ。世界の未来がかかってるんだぞ。俺は世界の未来なんかどうでもいいと思ってる男なんだぞ」



 もしかしたら第三者から見たら俺って相当クズなんだろうか。

 でもこんなチャンス2度とないかもしれん。

 だって俺このままだと恋愛や結婚に縁が無いらしいし。

 エルフ美少女も現代にはいないワケだし。



「えっ、でも。お付き合いなんてしたら《子ども》出来ちゃうかも知れないじゃない。そしたら歴史に影響が出ちゃう」



 えっ、そっちの心配?

 俺がキモいとかじゃなくって?



「ちょっと待て。俺がそんな子作りとかすぐ出来そうな陽キャに見えるか? せいぜい、手をつないだりするくらいしか要求しねーから」


「そ、そうなんだ。ふーん。奥手クンなんだね」


「ああ。安心したか? 俺と付き合ってくれるか?」


「しょ、しょうがないわね。いいわよ。世界を救うためだもの」



 マジか。

 初カノがこんな金髪エルフ美少女??

 ライトノベル展開キタコレ!!?





       10



 最初に言っておく。

 この章は激甘なので読み飛ばすことをオススメするぜ……。



「ま、マリエクラウドさん。これからよろしくね」


「う、うん」



 お付き合いすることが決まった2人は、俺の部屋のベッドの上で、正座して向かい合っていた。



   モジ

     モジ


   ドキ

     ドキ



 何とも言えない甘ったるい空気が2人の間を流れる。

 こういう展開の時、どうしたらいいんだ?



 そうだ。

 俺は恋愛経験はゼロだけど、ラノベの恋愛モノ読書量なら学内トップのオトコ

 ラノベの恋愛小説もいくつか書いている(全て妄想)


 これまで読んできた&書いた恋愛小説のキャラたちよ。

 俺に力を貸してくれッ。



「きっ、君のコトはこれから何て呼んだらいいかな?」


「あなたの好きな呼び方でいいよ」


「しゃ、じゃあ。マリピとかどう?」


「マリピ!? ぷっ……うん、かわいくていいかも」



 お。いい感じの会話になってきたぞ。

 そうだね、まずはお互いのヒミツの呼び名を決めたりするのがいいよね。


 ――ここで自然に手を握ってみたりして。



「あっ」



 手を握られてピクッとなるマリピ。

 うわ。なんてスベスベで柔らかいしっとりオテテなんだッ!?



「これまで付き合った経験は?」



 自然な会話を心がけるが、意識はほとんど右手に持ってかれてる俺。


 のちにマリピ本人から、この時の俺のセリフが「飲み屋のエロオヤジみたいでかなりキモかったけど我慢した」と告白ダメ出しされるのは別の話だ(涙)



「えっ、ない。お付き合いは初めてよ」


「ということは俺が初彼氏ってこと?」


「うん。初彼ピ」



「初彼ピ」の響きにゾクッとした悦びを感じてしまう俺。


「マリピ」と最後の音がお揃い「初彼ピ」。

 そして顔を真っ赤にするマリピ。

 おそらく俺も顔真っ赤である。


 マリピ、めっちゃかわいいじゃん。

 顔を赤く染める17歳金髪エルフ美少女。



「マリピは俺より年1つ上だけど、年上扱いされたい方?」



 何気ない会話を装いながら、顔はマリピに近づけていく。

 右手の指をマリピの指に絡ませていくのも忘れない。

 ちな、ラノベ主人公テクニックだ。



「年上扱いはイヤかな。今ぐらいの感じがいいな」



 マリピの顔も俺の方に近づいてくる。

 こ、これは……



 イタズラっ子のように微笑むマリピと自然と目が合ってしまった。

 それまで彼女の表情と様子を盗み見たり、部屋の隅を無意味に見てるだけだった俺の視線は彼女に絡め取られてしまう。


 もう逃げられない。

 マリピに捕まってしまった感覚におちいる。



 観念して視線を合わせていく。

 マリピの瞳が潤んでとてもキラキラしている。

 半開きのクチビルはとてもぷるぷるとしていて柔らかそうだ。


 犯罪級に美しいエロいと感じた。

 美しエロ過ぎるタイムパトロール女子を目の前に、不覚にも俺のノドが、ゴクッと音を鳴らしてしまう。

 カッコ悪い(汗)



「ど、どうする? チューする? チューしちゃう?」


「そういう情けない質問する彼ピには不許可です」



 挑発するように不敵に微笑むマリピ。

 くそ。そっちがその気なら俺だって。



「マリピ」

「あっ……♡」



 覚悟を決めた雰囲気で察したのだろう、マリピのまぶたが超長いまつげと共に閉じられていく。


 未来から来た金髪エルフ美少女の唇にゆっくりと俺の唇が着地タッチダウンしていく。



 未来と現在が繋がっドッキングした歴史的瞬間だった。



(うわっ、やらけーーッ、溶けるーーーッ、次回作に活かそう……)



 悲しいかな俺はどこまでも小説家脳だった。





       11



 俺の部屋のクローゼットからマリピが現れて数年が過ぎた。



 俺は「高校在学中に書籍化しそのままプロ作家デビュー」という夢をすっぱりあきらめ、現実路線を歩んでいた。


 高校卒業後は地元の大学に実家から通い、大学卒業後は地元の大手企業に就職。


 そして俺は今日から念願のひとり暮らしを始める――――




「もう。ひとり暮らしって何よ。ふたり暮らし、でしょ?」


「ゴメンゴメン。ふたり暮らしでした、そーでした」



 まだ親バレは出来ないからな。

 すまんマリピさん。


 俺の側に23歳になったマリエクラウド・北条ほうじょうさんがいる。


 しかし全然見た目変わんないな。

 出会った頃の17歳超絶美少女JK。

 エルフの血が入ってるからか?


 そういえばあの後マリピが俺の学校に転校してきたりするイベントもあったんだよな。

 女子高校生姿のマリピはホントかわえかった……





「まだ未来に帰らなくてもいいのか?」


「うん。今帰ったら、彼ピが【ヨミカキ】退会して世界が滅ぶという計算結果がでているからね」



 そ、そうなのか。

 流石さすがにもう退会しようとは思ってないつもりなんだがな。


 でもマリピが未来に帰る日が1日でも遅いことを心の底より願っている。





       12



 それからまた数年後、俺とマリピはおごそかなチャペルにいた。



「本当にこのまま式をあげてもいいんだな?」


「うん。憧れだったもの、この時代の結婚式。白のウェディングドレス」



 マリピは未来人だから俺と籍を入れることは出来ない。

 だけど結婚式だけならげてもいいんじゃないか。


 ――そうプロポーズすると、マリピは涙を流さんばかりに喜んでくれた。


 今俺の目の前にはウェディングドレス姿の金髪エルフ美少女マリピが目を潤ませ頬を染め、心の底から嬉しそうに微笑んでくれている。



「本当にキレイだよマリピ……俺は永遠にマリピだけを愛する」


「もう。わたしもよ、彼ピ。いや、今日からはシュキピに進化ね」


「なんだそれ」



 俺とマリピは思わず笑った。



「マリピ……」

「シュキピ……」



 ゴーン

  ゴーン

    ゴーン


 

 ふたりの為にカリヨンの鐘ウェディングベルが3度鳴り響いた。





       13



 最近、仕事と新婚生活は共に順調で趣味の執筆活動も筆のノリがいい。

 心身共に充実している感がある。


 ――やっぱりマリピの応援のお陰だな。



 心の中でひとりノロケていると【ヨミカキ】の新着メッセージの知らせが目に飛び込んできた。

 一体なんだ――――



「お、お、おい。マリピ。書籍化の打診が来てるんだけど、コレどうしたらいいんだ?」



 ヤバいヤバい、ヤバいッ。

 俺もしか歴史を変えちまったんじゃ?

 書籍化を断ればまだ大丈夫か?


 ――まだマリピといれるよな??



「シュキピ、おめでとう! 計算結果も……うん大丈夫。この話受けても大丈夫だよ」


「でもコレって、未来を変えたことになるんじゃないのか?」


「全然大丈夫。未来の力を使ったとしたら大問題だけど、これは100%あなたの実力。シュキピの努力が運命を変えたのよ。シュキピもこれで書籍化作家の仲間入りね」


(俺の100%実力? いやマリピの応援のお陰だと思う……)


「だけど仕事は辞めちゃだめよ。兼業プロ作家として今の仕事も続けなさい。分かった?」


「ああ。もちろんだよ」


「それにしても、流石さすがわたしのシュキピね。今日はお祝いだからあなたの好きなカニクリカニクリームコロッケにしましょう!」



 ルン♪ とキッチンに向かうマリピ。



 でも本当に、俺が書籍化作家?

 一度はあきらめた、書籍化……作家に??



 ゆっくりとよろこびの波が俺を襲ってきた。




「やったーーー!!」




「もうシュキピご近所迷惑でしょ!? 程ほどに喜びなさいッ」





       14



「お、おい。赤ちゃん出来ちゃったけど、これは歴史を変えちゃったのか」



 かなり気をつけていたつもりだったのに、マリピのお腹に新たな命が宿ってしまった。



「大丈夫よ。シュキピとの間にできた愛しい命。歴史に影響があっても絶対産むわ」



 マリピとの間に子どもができたのは正直かなり嬉しい。

 でも、この子どもは世間に――いや世界に許されるのだろうか。



「だから大丈夫だってば。ただ、この時代じゃなくて未来の子どもになると思うけど……それなら歴史に影響は出ないハズ……」



 マリピが気になることを言った。


 えっ。未来の子ども、だって……?





       15



 マリピがこの時間軸にやって来てからもう15年になる。

 俺31歳、マリピ32歳。

 マリピも少しだけ大人な見た目になったかな。

 女子大生JDくらいだ。


 ふたりの間にできたかわいい娘は3歳になった。

 娘の名前は個人情報保護の観点からヒミツにさせてくれ。

 今めっちゃかわいい時期。

 ママに似てめちゃくちゃ美人さんなのだ。

 もう少ししたら未来の保育園に通い始めることになるみたい。



「なあマリピ。いつまで俺の側にいてくれるんだ?」


「もちろん『わたしが未来に帰ったら、あなたが退会して世界が滅ぶ』という計算結果が出なくなるまでは帰らないわ」


「そ、そうか。まだ大丈夫丶丶丶丶丶そうか?」


「大丈夫よ。わたしが未来に帰ったら、まだ世界が滅んじゃうみたい」



 そう笑ってタブレット端末の計算結果を見せてくるマリピ。



 ――なあ。


 俺見ちゃったんだよ。


 おまえが『世界が滅ぶ』と書かれた計算結果のシールを貼り直しているのをさ。


 なあ。

 いつまでも俺の側にいてくれるよな?



 マリピ――





       16



 その時は唐突にやって来た。



「シュキピ。わたしは未来に帰らねばなりません」



 マリピが西暦2500年に帰らないといけないという決定がタイムパトロール隊でされてしまった。


 もちろん「帰らないで欲しい」と言いたい気持ちでいっぱいだ。

 しかし俺がそれをして1番困るのはマリピなのだ。



「この子は、わたしがしっかり育てます」


「パパー、バイバイ! またね!」



 すげーな俺の娘。

 タイムワープ最年少記録を大幅更新だってよ。



 ひとり残された部屋はもちろんのこと……空っぽのクローゼットがやたら広く感じる。



 その夜俺は寂しく泣いた。





       17



 マリピと娘に去られた俺ががらになるのは当然だろう。


 だが俺みたいな人間にも仕事や社会で求められる役目がある。

 そしてありがたいことに作家として次回作を期待されてもいた。


 俺はゆっくりと「生きる」ということを再開していった――






「――さんって独身なんですよね。今度お食事でもご一緒しませんか」



 かつて「一生恋愛・結婚なし」と診断された俺だが、ここ最近は妙齢の女性からご飯の誘いを受けることが多い。

 モテ期なのか?

 マリピと過ごした間に男が磨かれたというのだろうか。


 それにしても誰にも言っていないのに、マリピと別れたことを会社の女性陣に見抜かれているふしがある。



(女性って本当スルドいよな)



 女性の勘に驚きつつ、次の恋人を作る気には一切ならなかった。

 誰もマリピの見た目には敵わないからということではない。

 中には本当にいい娘もいて、その娘との未来を全く想像しなかったワケではない。

 でもマリピ以外の女性とそういう関係になる気が起きなかった。





 そんな俺が自然と打ち込んだモノ。


 それは「小説」だった。




 俺はこれまで以上、執筆活動に打ち込んだ。


 既にプロ作家の地位を得ていた俺だが、初心に帰って小説投稿サイト【ヨミカキ】に投稿を再開した。



 自然とマリピとの話を物語に書きたいと思った。


 タイトルもすぐに決まった。



  「未来からエルフ嫁がやって来た」



 物語の始まりはコミカルに、付き合うことになった場面では砂糖を吐きそうな甘々なおのろけシーン、そしてお色気シーンを盛り込んだ。


 未来にマリピが帰ってしまう場面ではハッピーエンドを望む読者から初めてのクレームも届いた。



 そして読者と討論レスバを繰り広げながら、賛否両論ながらも長い物語を書き終えた。



 最後はこう書いて物語を閉じた。



「西暦2500年の未来、愛するマリピと娘にこの物語が届きますように」




 この小説「未来からエルフ嫁がやって来た」は、出版社も見つかり無事に書籍化された。

 俺の作品の中でいちばん売れたワケではないが、ファンの間では1番に記憶に残る異色作として一定の評価をいただいた。





       18



 その夜俺はPCに向かってマウスを握り小説投稿サイト【ヨミカキ】の退会ボタンをクリックする寸前だった。


 退会理由?

 そんなの嫁と娘が未来に帰ったからだよ(涙)



 もちろんあくまでフリ丶丶だ。

 マリピと娘が生きている未来を守らないといけないんだ。



 ――でも。



 でも、でも!!!




   さみしいぃぃぃいいんだよ!!!!!




  マリピがいなくて、




     そばにいてくれなくて、





         俺はとっても!!!!!




       さみしいぃいんだっ!!!!!!!




   さみしぃいよ…………ッ




  ッぅぇっ




 今の俺は「このボタンを押すなんてとんでもない」ことだと知っている。



 誰かの命がかかっているような、そんなよっぽどの理由でない限り押すべきではないと。





 どんなに読まれない作品だったとしても近い将来や遠い未来、もしかしたら今この瞬間に読まれて、その人にとってのかけがえのない作品になるかもしれない。


 小説投稿サイトで「退会ボタンを押す」という行為は、作品たちが持つ過去現在未来の読者を哀しませる行為であり、その作品の可能性を閉ざしてしまう行為に違いないのだ。




 だから俺はぜったいに退会ボタンを押さない。



 でも、退会するフリをすれば君が現れるかもしれない。



 だから。



 何度も。





 マリピ。






 ――――俺はまた、PCに向かってマウスを握り、【ヨミカキ】の退会ボタンをクリックするフリをする。




 そんな何千回目、何万回目の退会ボタンを押すフリを俺がした、その時だった。







 その女は突然クローゼットから現れた。










「早まっちゃダメーーーー!」


「えっ、マリ、ピ? どう、して」


「右手をマウスからゆっくりと離して、両手を上げなさいッ」



 あの時と同じセリフだがマリピの表情はあの時と違い、俺を愛おしそうに見つめてくれている。



「どう、して、戻って、これた、んだ?」


「ふふっ。あなたの――シュキピの書いた新作『未来からエルフ嫁がやって来た』が西暦2500年で大ベストセラーになったの。それで世論がわたしを後押ししてくれたワケ。おめでとう、シュキピは未来では印税ガッポガッポの億万長者よ」


「ま、マリピ」



 しかし久々に会ったマリピに、俺は素直に抱きついたり喜びを表現したり出来なかった。

 スーパー美少女すぎて遠い世界の人間に見えてしまったのだ。

 

 

 俺が内心そう躊躇ためらっているとマリピが俺に向かって飛び込んできた。



「シュキピッ!」

「ぐふぅっ!?」



 マリピが鳩尾みぞおちに思いきり頭から突っ込んできた衝撃に、俺は気を失いそうになりながら久々にマリピの存在を、香りを匂いを、体温を、超細い腰のくびれを、引き締まった美尻を、髪の毛のサラサラを味わった。


 ここでようやくマリピ――妻との再会を喜べる精神状態に俺はなれたのだと思う。



「マ……マ、マリピ!? マリピーー!!?」


「よしよし。もうシュキピはしょうがないなぁ」


「マリピ会いたかった、寂しかった、つらかった」


「はいはい、分かってますよ」



 俺のワケが分からない感情の爆発をマリピはただただ受けとめてくれた。




「もう俺、絶対にマリピのこ゛と゛離さ゛ない゛か゛ら゛ーー!」



「そだね、そだね。あっそういえばシュキピにグッドニュースよ」



「な゛に゛」



「今度の Time Machine は新型で、Time Tunnel を備えてるの」



「た゛、タ゛イ゛ム゛ト゛ン゛ネ゛ル゛? つ゛、つ゛ま゛り゛?」



「ふふっ。常に西暦2500年とできるようになったのよ! わたしと娘ちゃんだけね」



「や゛、や゛っ゛た゛ーー!!! マ゛リ゛ピ゛ーーー!!!!」





 俺はもう2度と、愛する妻と娘を離さないだろう。








 ~fin~







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