第14話 秀頼の逆転勝利 始末 その十四
「殿」
幸村が聞いて来た。
「駿府の次はどこでしょうか?」
「いや、もう戦さはやらんよ」
「…………」
戦さの必要はもう無いだろう。やるとすれば、それは経済戦になるはずだ。秀忠殿は既に両手を上げたようなものだ。これ以上の戦は敗軍をさらに追い詰める事になる。それは武士道とは言えないだろう。
但し、経済戦でしっかりけじめを付ける。戦う土俵をこちらの有利になるように変えるのだ。包囲網は既に完成しているからな。
「幸村」
「はい」
「宗湛殿をお呼びしてくれ」
「分かりました」
「宗湛殿」
「はい」
「これからは全国展開をお願いします」
「…………」
銀行、郵便、輸送の三事業を全国に広げて欲しいとお願いした。江戸時代の三大商人と言われる近江、大阪、伊勢商人はいずれも大阪を中心に百キロ圏内で出ている。だが大阪への一極集中は長い目で見てあまり良くない。一部の商人だけに富が集中してしまう仕組みは、日本の将来にとってはマイナスだろう。だからこれからは全国を平均して発展させる方向で行くようにする。
「もうこれからの事業に敵も味方もありません。豊臣も徳川も無いのです」
「分かりました」
宗湛殿はそう言って、満足そうに頷いた。
さらに、和紙を使った新紙幣を考えてもらう。いつまでもおれが刷っている訳にはいかない。
翌年のうぐいすが鳴いている頃だった。
「殿」
「どうした」
「朝廷より勅使で御座います」
「――――!」
おれに幕府を開いて欲しいという事だった。征夷大将軍では無いが、幕府を開くのは可能だと。後水尾天皇は随分柔らかな頭を持つ方ではないか。
確かに武家の棟梁が幕府を開くのは何故なのか。別に征夷大将軍でなくとも良いのではないか。それに徳川幕府は既に消滅してしまっているに等しいのだ。
豊臣幕府はこうして開かれた。勿論多くの行政適任者が領内から広く選抜され、行なわれたのは言うまでもない。驚くことに農民の中からも、行政に興味と意欲を持った若者が名乗りを上げて来たのだ。農民の領内流入による人口爆発は、別次元の人材をも発掘する下地を創っていた。おれ秀頼の流動的な新しい行政に可能性を感じた若者達だった。
だが、
「トキ」
「なあに」
「もうおれの出番は無いような気がするよ」
「…………」
おれはもうやり尽くした感じになっていた。能力のある若者がどんどん出て来ているではないか。そろそろここらが潮時だ。
「幸村、一つ派手に宴会でも開くか」
「はっ?」
「いや、それは冗談なのだが、其方には世話になったな」
「…………」
そしておれは現代に帰る事にした。その後の日本がどう変わっているか気になるが、帰ってからゆっくり歴史の本でも読めばいい。
「トキ」
「なあに」
「頼む」
「本当に帰るの?」
「そうだ」
おれはリュックを背負った。
此処は懐かしいおれの部屋だ。どうやら出かけた時のままで、何も変わっていなかった。とりあえずコーヒーでも入れよう。お湯を沸かして、コーヒーに注ぐ。ドリップ式なのだが粉の香りもそのままだ。砂糖とミルクを入れかき混ぜる至福の時間。
一口飲んでから、床に下ろしてあった重いリュックをずりっと引き寄せる。中から船の様な形をしたインゴットを取り出し、テーブルの上に乗せた。一つだけと言ってもいいんだけど、あれだけ頑張ったのだから二つだ。このぐらいの事は許されるだろう。
……いや、やっぱり正直に言おう、持って帰って来たインゴットは全部で三つだ。あ、違った、勘違い、五つだった。
そして翌日。ここは東京の田中貴金属店だ。持ち帰ったインゴットを売ろうとやって来た。重いインゴットは二つだけ持って後の三つは部屋に隠して来た。リュックから鈍く金色に輝くインゴットを一つ取り出し、カウンターに置く。
「これを売りたいんですが」
「えっ、これは珍しいものですね。ちょっと調べさせて頂きますが、よろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
検査の結果純度の高い金であることが分かったようだ。
「このインゴットを買われた時の領収書とか御座いますか?」
「領収書……、あの、えっと」
「あっ、無ければ結構です。では今日の金相場で計算しますと……」
なんとそのインゴットの値段は二千二百万であった。但し領収書や身分証明書の他にいろいろ厄介な問題が出て来た。一番の問題は税金だ。簡単に言えば売却益から五十万円を差し引いた額となる。五年以上の長期の保有後ではさらにその半分が税金だ。
という事はだよ、このインゴットを何年前に幾らで手に入れたのかという事が大きな問題となる。売却益が税金額の算定する際に基準となる額だからな。
おれはこのインゴットをただで手に入れた。という事は手数料とか五十万とかの細かい事を抜きにして、約二千万の半分で、一千万もの税金を払う必要が有るという事だ。五年以上前の入手ならそのまた半分になるのだが、そんな事は証明できない。何しろ金額がでかいから下手な言い訳はしない方が良いだろう。今日はインゴットを一つ売るだけにした。
そしてついに百万円の帯封付の札が二十二束出て来ると、一度には掴み切れない。すぐリュックに入れ、店の外に出る。
「トキ、すごい事になったな」
「そうね」
「この後残り四個のインゴットを売ると、全部で一億一千万円になる。但しその半分は税金だ」
おれはすぐ金の使い道を考えた。
「新しいパソコンを買うか」
「…………」
億の金が手に入ると言うのに、なんとも情けない発想しか思い浮かばない。それよりも問題なのは税務署でどう説明するのかという事だ。戦国時代に転生して秀吉のインゴットを持ち帰ってきましたと言ったらどうなるんだ?
「いや、その前に、トキ」
「えっ」
おれは書店を探して飛び込んだ。あの変えた日本のその後はどうなったんだ。考えてみれば部屋は全く変わっていなかった。不思議ではないか。すぐ歴史の本で調べる。
「なにっ」
「どうしたの?」
「変わって無いじゃないか」
どの本を見ても日本の歴史は全く変わっていなかった。大阪夏の陣では豊臣側が敗れて大阪城は落城。徳川の天下になっている。
「それはそうよ」
「えっ」
「だって別の世界なんだから」
「パラレルワールド!」
そうか、そう言う事だったのか。あのおれが変えた日本は、今のこの世界とは枝分かれした別の日本なんだ。それはまるで夢を見ていたようなものだった。
気が抜けたようにおれは自分のアパートに帰って来た。
だが、リュックから取り出した札束と、手元に引き寄せたインゴットの重みはリアルだ。
まあコーヒーでも飲みながら、一億の使い道をゆっくり考えるとするか。いや、一億ではないな、半分は税金だ。そうだよ、税務署が心配だ、なんて言ったら良いんだ。
税務署での想定問答集。
「インゴットを入手された経緯を説明して頂けますか」
「あの、戦国時代に転生して、秀吉のインゴットをもらって来ました」
「…………」
「そのインゴットはどうして入手されたんですか」
「あの、戦国時代に転生したので、秀吉のインゴットを持って来て――」
「……君ねえ、こっちは忙しいんだから、まじめにやってよね」
「えっと、戦国時代に転生って信じます?」
「はい、次の方」
「インゴットを売った利益のほぼ半分は税金なんですか?」
「そうです」
「なんで?」
「はい次の方」
「インゴットを貰った年代が証明できないんですが……」
「そうなると売り上げ金額が利益で、そのほぼ半分が税金という事になります」
「まあ仕方ないですね」
「証明できないという事ですが、どのように入手されたんですか?」
「あの、大阪城の地下からリュックに詰め、黙って持って来てしまったんです」
「…………」
結局インゴットを細かくして売る以外に、節税対策は無さそうです。
秀頼の逆転勝利 始末 @erawan
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