第11話 秀頼の逆転勝利 始末 その十一

 おれは先の戦で破壊された名古屋城の改修に伴い、ある行事を思いついた。


「幸村」

「はい」

「後水尾天皇に名古屋行幸をお願いするのだ」

「――――!」


 名古屋城下の若宮八幡社は、文武天皇の御代に創建された由緒正しい総鎮守だ。五月にはそこで若宮八幡社まつりを盛大に執り行う事が決まり、後水尾天皇の名古屋行幸をお願いしたいと申し出る。そして改修なった新しい名古屋城で饗応したいと。


「但しその行幸に掛かる莫大な費用を、朝廷から徳川幕府に要請してもらう」

「…………」

「もちろん幕府は出さないだろう。豊臣軍に落とされたばかりの名古屋城での饗応など、認める訳にはいかない」


 そこで豊臣家の出番だ。費用は全て豊臣家が出す。大掛かりな行幸が、豊臣家の支援の下行われると言う筋書きだ。名古屋城の落城などは豊臣家と徳川家の問題で、天皇の行幸とは何の関係もない。この話は全国の大名達に知れ渡るだろう。豊臣家を全国にアピールする絶好の機会になるはずだ。


「分かりました」


 幸村が深くうなずいた。


「それから宗湛殿をお呼びしてくれ」

「はっ」




 宗湛殿には先の戦で佐渡への軍移送が見事でしたと、礼を言った。

 その後、


「ところで今日は改まってお願いしたい事が御座います」

「さて、どのような事で御座いましょうか」

「名古屋城下にも銀行を建てて頂く事はむろんですが、そのほかに郵便を扱う組織を作って頂けないかと思っております」


 今度は何かと、子供のような目つきになっている宗湛殿。おれの言い出す目新しい案件をいつも面白がっているようだ。


「紙幣も運ぶのですが、書状などを効率的に運ぶ仕組みを全領土内に張り巡らしたいです」


 ランドセルを背負った早馬から伝書バトまで、考えらえるあらゆる方法で情報や書類を届ける組織網を作って欲しいとお願いした。さらに伝書バトでは、重要な機密事項の伝達には乱数表などを使った暗号文書にする。

 一方話は紙幣経済にも及んだ。


「宗湛殿」

「はい」

「紙幣と硬貨との一番の違いは何だとお考えですか?」

「はて」


 流石の宗湛殿もすぐには答えが出てこないようだ。何しろ紙幣などというものには今回初めて出会ったのだからな。

 

「それは限りが無いという事です」

「…………」

「硬貨の力は有限ですが、紙幣にはそれが無いのです」


 例えばここに百両の金貨があって、それに合わせて紙幣を印刷すると百枚の一両紙幣が出来る。金との交換を考えるとそうなる。やがてその紙幣が信用されるようになり、流通を始めてしまえば、もう重い金に変えようとする者は居なくなってしまう。すると次に何が起こるか。人口が増えて商業活動が活発になってくると、紙幣の需要が高まる。そこで必要な量の紙幣をさらに増刷するのだ。但し初めに有った金貨の量はそのままだ。紙幣の量だけが増えていく。

 信用が一人歩きを始めるのだ。そうなるともう誰も金貨は見ていない。紙幣の数字だけを見て暮らして行くようになる。それが新しい貨幣経済だ。年貢米など米本位制の経済は遅かれ早かれ終わる。

 勿論紙幣を刷るおれの責任は重大だ。インフレにならないように調整して、バランスを取りながら新券を発行して行かなければならない。これは宗湛殿とも連携して行く。宗湛殿にはそう説明した。


「豊臣はその最先端を行くのです。圧倒的な差をつけて徳川幕府を引き放す」

「はははっ」


 宗湛殿はいかにも嬉しそうに笑い出した。

 実際紙幣に馴染んできた農民達の中から、経済に目覚める者が必ず出て来るに違いない。そうなれば商人の比率は増えていくだろう。


「宗湛殿」

「はい」

「これまでは金貨や銀貨など重い硬貨を運んでいましたが、今は紙幣の束を銀行間などで運んでおります」

「…………」


 宗湛殿はおれの話す言葉を一言も聞き漏らすまいと聞き入っている。


「しかしこれからは紙幣の金額などの情報だけを運ぶ時代になります」

「…………」

「それだけ今進めている郵便事業が重要となる訳です。武力だけで世の中を抑える事は出来無くなるはずです」


 鎌倉幕府が開かれた十二世紀末には六百万人ほどだった人口が、戦国時代の終わる十六世紀末には千二百万人に達し、四百年間でほぼ倍増したことが分かっている。 爆発的な人口増の背景には、それだけの人間を養うだけ、十分な生産力が確保された事実がある。

 豊臣の目指す自由経済は、領内に流れてくる金銭を飛躍的に増やす事は確実だ。これによって徳川との圧倒的な兵力差を実現出来るだろう。




「幸村」

「はい」

「餅つき大会を開催するぞ」

「…………」


 幸村がまた始まったかと言う顔をした。


「今回は何をなさるのですか?」

「とにかく紅白の餅を山のように作れ」

「…………分かりました」





 例によって大勢の領民、子供達が集められ、その餅つき大会は開催されたのだが、その後、


「このように大量の餅が余ってしまいました」

「案ずるな。其れが目的だったのだ」

「…………」


 半数の餅は梅干しやシソの葉で赤く染めて置くように指示を出して置いた。





 行幸の当日である。

 秀頼は豪華な献上品と共に参内した。

 行幸の沿道では紅白の餅とお捻りが、集まった領民達に延々と名古屋まで配られた。そして護衛の兵はもちろん、餅やお捻りを配る兵士の背中にも、豊臣の家紋を染めた馬印がはためいていた。大阪から名古屋まで、後水尾天皇が行幸する沿道は豊臣の家紋で埋め尽くされたのだった。

 

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